15.自分らしく 1
やがて立海大との練習試合の日が来た。
は練習用のラケットをじっと見つめたまま、
ここ数日悶々と考えてきた事を漠然と思い返していた。
幸村が自分のために選んでくれたラケットは
思い出のいっぱい詰まったの宝物であった。
今までどんな試合もと共にあり、
どんな試合も負けた事がなかった。
それなのに今はそのラケットを奪われ、
立海大との試合にわざと負けなければ、そのラケットは戻ってこないかもしれない。
一時は幸村への想いと共にラケットをしまい込んでいた自分が、
不二と出会って、その同じラケットで不二と共に更なる高みへと歩もうと決めたばかりなのに、
そのラケットを失い、はどうしていいかわからなかった。
けれどそれを相談する人も思いつかなくて。
でも、わざと負けるような試合だけはしたくなくて…。
はテニスコートから離れたベンチに座って、手元に残っているラケットのガットを指先ではじいていた。
*******
「不二〜。
ちゃん見かけなかった?」
「…英二も探してるんだ?」
「そりゃあね。
大丈夫とは思うけど、ちゃんの母校と対戦だから、
緊張してるかにゃ、と思ってさ。」
「それは大丈夫と思うけど…。」
「ん?」
「いや、僕の思い違いならいいんだけど。
なんだか最近元気なかったような気がしたから…。」
少し考え込むような不二に、菊丸はふいっと視線をはずして、
ぶっきらぼうに答えた。
「不二がさ、そう思うんだったら、
ちゃんに直に聞けばいいんだよ。」
「…。」
「なんかさ、不二らしくないじゃん。」
「そうかな。」
「そうだよ。」
「だけど、さん、僕の事避けてない?」
「じゃあ、不二は避けられてるってわかったらもうちゃんとは話もしないんだ?
避けられてる理由を聞こうとは思わないんだね?
だったらさ、ちゃんとミクスド組むのも辞めたら?
そうしたら、俺がちゃんとミクスドやるよ。」
菊丸の幾分強張ってる横顔は、普段の菊丸からは想像できないほど大人びていた。
「不二がちゃんをテニス部に引っ張り込んだんだよね?
不二はさ、自分の興味本位、好奇心を満たすために彼女を選んだの?
テニスが出来ればそれだけでいいの?
コートの中だけでお互いがお互いの足を引っ張らないように立ち回れればそれでいいの?
試合に勝てる相手だったら誰でもよかった?」
「英二!それ以上侮辱するような事言ったら…。」
「なにそれ?
侮辱って何だよ?
強くなれれば誰と組んだってよかったんじゃ…、」
「英二!!!」
不二は思わず菊丸の胸倉を掴んでいた。
菊丸はそれでも全然臆することなく言葉を続けた。
「テニスってさ、やなスポーツだよねん?」
菊丸がふっと笑ったので不二は胸倉を掴んでた手を離した。
親友が自分を怒らせるためだけに酷い言葉を発してる訳ではないと、
ちゃんと頭では分かってはいたのだ。
「相手の打ちにくい所、届かない所、返せない球を考えて打つんだからさ。
だけど、だからこそ、ダブルスではさ、
自分のコート内のパートナーには優しくしないとさ、
なんか、人間的にどうよ?って俺、思っちゃう。
俺はさ、大石とはゴールデンペアって呼ばれるくらい、
コートの中ですごく息の合ったコンビだけど、
それはコートの中だけで培わされてきたもんじゃあないよ?
納得するまで話したり、ぶつかったり、励ましあったり、いろいろやったもん。」
菊丸は一気に喋るとふーっとため息をついた。
「不二はさ、遠慮しすぎじゃない?
俺、前にも言ったよね?
何もしないで後悔だけはしたくないって。
不二が動かないんだったら、俺がちゃんを守るよ?」
「…英二、守るってどういう意味?」
「あのさ、不二。
ちゃんが心無い人たちに、今、なんて言われてるか知らないだろ?」
********
テニスコート内では後輩たちが試合の準備のために集まりだしていた。
その様子をベンチに座って見てはいたものの、それは単に視界に入ってるだけで、
の背後に立っている人物に声をかけられるまで、
は彼が近づいてくる気配にも全く気づかないでいた…。
「試合前だというのに、お前らしくないな?」
が振り返ると、そこには立海大の制服姿の真田が立っていた。
真田は驚いているの隣へと静かに座った。
「…なんで真田君がいるの?」
「悪いか?お前の試合が久々に見れるんだぞ?
青学でちゃんとやっていけてるのか、これでも心配して来たんだぞ?」
ぶっきらぼうに答えながら帽子を目深にかぶり直す時、
それは真田が照れている証拠。
が、いつもいつも自分の事をこうして心配してくれる真田に、
もまたその優しさに胸が一杯になるのだった。
「ごめんね、真田君…。」
「謝る必要はない。
俺はしたい事をしてる。
ただそれだけだ。だから気にするな。」
「うん。」
真田とこうしてベンチに座ってると、立海大のコートが思い出される。
でも今はもう、思い出す事全てが懐かしいだけで、
吹っ切れている自分に今更ながらに自分でも驚いている。
何も迷う事はない。
いつだって結果は後からついてくるだけのことであって、
自分のテニスをやるだけ…。
「真田君、私、頑張るから。」
押し黙ったままの真田には微笑みかけた。
「、お前本当に青学がいいのか?」
唐突に真田が切り出した。
「実はな、先程青学の生徒達の話を聞いてしまったんだが…。
お前、あまりここでは歓迎されてないんじゃないか?」
は困ったように肩をすぼめた。
「真田君、何を聞いたの?」
「いや、小耳にはさんだだけだが…。
何、こういう事はどこにでもあるんだな。」
「えっ?」
「女というのは時として醜いものだな。
大概が嫉妬から来るものだろうが、どうしてこういう酷い噂話が
堂々と広がるんだか…。」
真田はため息をついて見せた。
は真田の言葉に腑に落ちないものがあった。
だって…。
「それにしてもお前が立海大のスパイとして青学テニス部に入ったとは…。
俺たちも相当バカにされたものだな。
そういう事をしなくとも立海大の勝利に微塵の不安要素もない。
が、しかし、荒唐無稽な噂にしろ、なぜこういう噂話が放って置かれているのだ?
のパートナーは何をしているんだ!」
憤然と眉間に皺を寄せる真田の横顔を見ながら、
がおずおずと切り出す。
「…ねえ、真田君。
立海大でもこういう事はあったの?
例えば幸村君の彼女だったが被害にあったとか…。」
いくら思い起こしてもそういう類の話は立海大ではなかった。
そういえば、立海大のテニス部にだってそれなりにファンクラブはあったのに。
「あるわけないだろう。
幸村がお前たちを守っていたんだから!」
真田の当然と言わんばかりの態度には真田をまじまじと見つめ返した。
とても冗談とは思えない…。
しばらくしてようやくが呟いた。
「そっかあ、私、守られていたんだ…。知らなかった。」
「幸村はそういう陰口を絶対許さなかったからな。
も大事だったが、お前の事も大事にしていたんだ。
たとえコートの中だけでのパートナーだとしても、
お前に気遣いや気苦労をさせるわけにはいかないと。」
は黙って手元のラケットを見つめた。
「私、幸村君のパートナーとしては失格だね?」
「なぜ、そう思う?」
「だって、私はパートナーとして、幸村君と同等の立場でいるつもりだった。
それなのに、知らない所で守られ、幸村君の保護の下にテニスをしてたんだね。」
「でも今の状況が、お前にとっていいとは思えんが?」
「…うん、確かに悲しくなったり辛くなったり、
テニスとは関係ないところで悩んだり…。
でも、それは自分が弱いから迷う事で、
もっと強くならなきゃって思う。」
しっかりとした口調で話すを真田は安心したように見守っていた。
「そうか。は以前のではもうないんだな。」
「そんなにすぐには変わらないよ。
だけど、私に手を差し伸べてくれた不二君には迷惑かけられないって思うだけ。」
「…それだけ、不二の事が好きなんだな?」
「…。真田君には敵わないね。
私、また報われない恋をしてるかも。」
は自嘲気味に笑みを漏らした。
「でも、今は彼のパートナーとしてふさわしくなりたい。
ちゃんと自分の足で立って、彼と同等の立場になりたい。
そうしたら、告白できるかな…。」
「俺はまた失恋か…。」
「真田君…。」
「いや、気にするな。
だがな、3度目はない。
今度、お前が泣くような事があったら、
俺は絶対黙ってはいないからな?
…いい試合をしろ。」
「うん、ありがとう。」
はラケットを握り締めると見送る真田を一度も振り返らずに、
女子テニス部の部室へと向かった。
は女子テニス部の部長である小鷹を見つけると、
きっぱりとした強い瞳で彼女を呼び止めた。
「小鷹さん、お願いがあるんだけど。
今日の試合のオーダーなんだけど…。」
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☆あとがき☆
真田、いい奴すぎる〜!(笑)
ごめんね、こんな役で…。
この連載では不二が思いのほか消極的ですが、
ま、次回に期待して…。(えっ?期待できるのか?)
なかなか進展しなくて気をもんでくださる読者が、
果たしているのかどうかも怪しいのですが。(苦笑)
2005.8.15.