14.澱み
不二と舞の姿が目に焼きついて仕方なかった。
不二が例え誰を好きであろうとも、
一緒にテニスができればそれだけでいいと思った。
幸村の時だって上手くやれていたんだから。
それなのに…!?
の動揺は果てしなく尾を引いていた。
「ちゃん、どうかした?」
菊丸の声には我に返った。
「ううん、なんでもない。」
は藤色のグリップテープをぎゅうっと握り締めると、
菊丸と共にコートへ向かった。
***********
先に帰る不二を見送った後、舞はしばらくの練習風景を見ていた。
がどれだけ自分より優れたテニスプレーヤーであるか、わからない訳ではなかった。
そして不二が、そののテニスに引き付けられてしまっている事も、わからない訳ではなかった。
ただ、ただ悔しかった。
後に生まれてしまって、ひたすら不二の後を追ってきた自分が、
到底たどり着けない所にがいる事が恨めしかった。
そしてそののラケットのグリップテープが、
自分の欲しかった不二のテープである事が、
舞の理性を失わせつつあった…。
翌日の朝、が朝練のために早く登校すると、
コート脇に舞が立っていた。
「おはようございます、先輩。」
「おはよう、如月さん。早いのね。」
「ええ、先輩にお話がありまして。
ここではちょっと…。」
そう言うと舞はラケットを持っているのを確認してを校舎裏に誘い出した。
「今度の土曜日、うちの学校で立海大の女子テニス部と練習試合するって知ってます?」
舞は唐突に切り出した。
「えっ?それ、本当?」
「ええ、先輩が青学のテニス部に来た関係で、
先方も快く承諾したそうですよ。」
「?」
「先輩ってすごいですね。
小鷹部長も一目置いてるし、竜崎先生にも目をかけてもらってるし。
未だに立海大も先輩目当てに試合を申し込んでくる程なんて…。」
はなんと返答してよいものやらわからなくて舞を見つめる。
と、舞は無表情で言葉を続けた。
「でも、中には先輩が立海大のスパイだって思ってる人も多いみたいですね。」
は舞の口から飛び出した言葉に耳を疑った。
「そんなこと…。」
「あるはずがない、ですか?
でも、周りの人はそうは思わないんじゃないでしょうか?
関東大会の前に敵地視察として、練習試合を計画。
そこで内情を知る者と接触。
全国3連覇を賭けてとなると、王者と言えども
背に腹はかえられない、とか。」
「如月さん、立海大はそんな学校じゃないわ。
そんな事しなくても実力のあるチームだから。」
はきっぱりと言い切った。
と、舞が怪しげに笑った。
「そうですよね?言い過ぎたようです。
でも、これで先輩が青学ではなく、
やはり立海大側の人間だという事が良くわかりました。」
そう言うと舞はに背を向けた。
「先輩が悪いんですからね?
私がどんな思いをしてここにいるかわからないでしょうね。
…私の話はこれで終わりです。
後は不二先輩のファンクラブの人たちが先輩に用があるみたいなので、
私は失礼させていただきます。」
「き、如月さん?」
舞の後姿を呆然と見送るの背後に数人の女子生徒たちが回りこんでいた。
********
朝練に少し遅れて来たを待っていたのは手塚と小鷹だった。
「どうした?今朝は遅いな。」
「手塚部長、すみません。」
「待ってたわよ、さん。
ねえ、ビッグニュースなの。
あの立海大テニス部女子がうちとの練習試合をO.K.してくれたのよ!
これもさんのおかげかな。」
嬉しそうに話す小鷹の顔をは困ったように見つめた。
「あ、びっくりさせちゃったかしら?
でもね、関東大会の優勝校がうちと試合してくれるなんて思ってもみなかったから
ちょっと嬉しくて…。
向こうの部長、今は原さんなんだけど、もちろんさんならわかるわよね?」
「え、ええ。」
「でね、さんが一緒なら、是非お手合わせしたいって。
で、手塚君にも竜崎先生にももう承諾してもらってるんだけど、
さんに女子の練習試合に参加してもらいたいの。
事後承諾みたいで悪いんだけど、ね、お願い!」
小鷹が必死になって拝み倒す格好には苦笑しながら答えた。
「小鷹さんの頼みじゃ断れる訳ないじゃないですか。」
「よかった〜。
立海大の女テニと対等に渡り合えるかどうか不安なんだけど、
後輩たちにもいいプレーは見せてあげたいし、
いい刺激になると思うのよね。」
そう言ってはしゃぐ小鷹を見るにつけ、の心は重く沈む一方であったのだが…。
(いいプレーを後輩たちに…。)
小鷹のあくまでも部のためになる事をしてあげたいという気持ちに
は頭の下がる思いであった。
それなのに、自分のしようとしてることは…。
はロッカーから練習用のラケットを出すとコートに向かった。
そこにはいつものように菊丸と不二が笑顔で待っていた。
「おっはよー、ちゃん。」
「おはよう、菊丸君、不二君。」
「おはよう。昨日はありがとう。」
不二の言葉には一瞬何のこと?という顔をしたが、
すぐに昨日の事を思い出して、ぎこちない返事になってしまった。
「あっ、ううん、たいしたことしてないし。
えっと、今日はもう平気なの?」
「うん、大丈夫。
酷くなる前に保健室に連れて行ってもらえたのがよかったみたい。
英二じゃ、気が利かないしさ。」
「なんだと、不二。」
ふざけて飛びつく菊丸をかわしてる不二を見ながら、
は無理に笑おうとした。
と、不二がの手にしてるラケットに気づいた。
「ラケット、いつものはどうしたの?」
は心の中で冷や汗をかきながら、努めて平静に答えようと明るく答えた。
「少しね、ガットが緩んできたみたいだから、そのうち直してもらおうと思って。
それまでこれで我慢しようかなって。」
「そう。」
「ねえねえ、ちゃん、今度立海大と練習試合するんだって?
俺、応援に行くからね?」
「えっ?やだ、恥ずかしいからやめてね。」
「やっだよー。絶対応援しちゃうもんね。
ちゃんが青学に移ってから初めての試合だろ?
でも、ちゃんが向こうでは一番強かったんだから、
全然楽勝だねん。」
「…そんなことないよ。」
は菊丸の言葉に胸の奥がチクリと痛むのがわかった。
期待されれば期待されるほど、その痛みは増すような気がしていた。
********
「このラケットは預かっておくわ。」
不二ファンと名乗る彼女はの抵抗も空しく、
のラケットを奪い取っていた。
「あなたたちは一体何がしたいの?」
は彼女たちを冷ややかに見つめていた。
「あら、私たちはあなたにテニスを辞めろって言ってるわけじゃないわ。
ただね、これ以上、私たちの不二君を独り占めしないでって頼んでるだけよ。」
これが人に物を頼む言い方なのだろうか、と心のどこかで思いながらも、
は彼女たちの手から手へ渡されていくラケットが心配でならなかった。
「だからね、今度の立海大との練習試合ではあなたは負ければいいだけよ。」
「そうすれば不二君もあなたに愛想をつかすと思うわけ。
簡単な事でしょう?」
彼女たちのリーダーと思しき子が薄ら笑いを浮かべながらに詰め寄った。
「このラケット、無事に取り戻したいでしょう?
それとも今ここでズタズタに切り裂いてもいいのよ。
このラケットに思い入れがないんなら、私たちが処分してあげるって言ってるだけなんだから。」
は口元をぎゅっと結んだまま、応える気になれないでいた。
「不二君はミクスドなんてもったいないのよ。
彼はれっきとしたシングルスプレーヤーなんだから。
あなたに彼のテニススタイルを変える権利はないのよ。」
「そうよ。不二君はシングルスでこそ真価を発揮するタイプなのよ。
ミクスドの練習が不二君のためになってると思うの?
あなたが不二君をだめにしてるのがわからないの?」
立ち去る彼女たちの言葉がをその場に釘付けにしていた。
彼は シングルスプレーヤー
私が 彼を だめにする ?
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「ちゃん?」
「えっ?あっ、ごめん。」
「もう、聞いてなかったの?
それで、ちゃんは立海大との練習試合、シングルスででるんだろ?」
菊丸のクリッとした大きな瞳があまりにも間近にあって、はびっくりしてしまった。
「シングルス?」
「だってほら、女子の中でちゃんとダブルス組める子はいないじゃん。」
「えっと、まだ決まってないと思うけど…。」
「絶対シングルスだよん!楽しみだなあ。
相手は関東の強豪、立海大だし、
わくわくするような試合が見れそうだね。
な、不二もそう思うだろ?」
菊丸に振られて不二がの顔をじっと見つめながら答えた。
「そうだね。僕も興味あるかな。
お互い手の内を知ってる奴と戦うのって、ある意味スリルがあるよね。
手を抜けないって言うか…。
この練習試合、青学の女テニにとってはとてもいい勉強になるだろうしね。」
は自分のラケットのガットをいじりながら、不二の言葉を聞いていた。
の中で答えは出ているはずなのに、
にはいまだそれを決断する勇気がなかった…。
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☆あとがき☆
連載なのに更新していなくてすみません。
話の展開上、最初から設定されていたある物の存在が
今の学校では使用されてない事を知り、悶々としてしまったんです。
で、内容の変更と共に無理が出始め、筆が進まなくなって…。(笑)
そこまで考えなくても、と言ってくれる人もいたのですが、
やはり私の学生の頃とは違うと、気になっちゃって〜。
連載ってむずかしいの一言です。
2005.5.15.