13.あふれる想い
それからというもの、不二は妙な気分に悩まされていた。
別に話しかければは不二を無視をするわけでもなく、冷たくなった訳でもないのだが、
部活以外ではどうも距離を置かれてるような節があった。
ミクスドのパートナーとしてクラスメートという立場より密接なはずが、
教室内ではなぜか挨拶以上の会話が思うようには成立しなくなっていたのだ。
ところが部活でも、は次第に不二以外のレギュラーと打つ事が多くなった。
それは乾の練習メニューにあることだから不思議な事ではなかったのだが、
不二にはどうしてもそれが自分の知らない所で画策されたように思えてならなかった。
といる時間の少なさが、目に見えないところでじわじわと不二の心を苦しめていた。
その日、は小鷹や大石とお弁当を食べると、
さすがに二人の邪魔をするのも悪いだろうと思い、
残りの昼休みの時間をひとり屋上で過ごすことにした。
フェンスにもたれながらは携帯を取り出した。
−、元気?
ミクスドの調子はどう?
その後不二君とはうまく
いってるのかな。真田が
聞いたらショックだろう
な。私もびっくりしたけ
ど。
幸村は元気だよ。
のミクスドが楽しみみ
たい。
そのうち会いたいね。
より−
立海大のに、は青学の天才と言われる不二とミクスドの練習をしてること、
その不二のテニスが素敵で、ハードな練習でも毎日が充実している、とメールを出していた。
が、それが元で不二ファンに目をつけられていることや
そのために不二となるべく一緒にいないようにしてる事はさすがに打ち明けられないでいた。
不二の事が好きなのに、その気持ちを押さえ込んでる今の状態は、
立海大にいる頃となんら変わりがない事には苦笑していた。
メールに返信を打つかどうか悩んだ後、
どんよりと曇った空をぼんやり見つめながらはポケットに携帯をしまった。
と、ふいに屋上の扉が開いた。
扉を開けた人物はゆっくりとのそばに近づいてきた。
は思いがけない人物にとまどいを隠せないでいた。
「ふ、不二君、どうしたの?」
不二はなんだか疲れてような顔をしていたが、
それでも心なしかの姿を見つけると嬉しそうに笑みを浮かべた。
「教室が蒸し暑く感じてね、
ちょっと風に当たりたいなあって思って…。
さんこそ、ひとり?」
「あ、うん。」
毎日教室や部活で会うものの、こうして二人で面と向かって話すのは久しぶりだった。
不二の気を悪くさせないように細心の注意を払って避けてきたのだから…。
けれど、屋上には今と不二の2人しかいない。
は不二の目を真っ直ぐに見つめると、
普段とは違う不二の様子に、
つい放っては置けない気持ちの方が強く働きかけていた。
「ねえ、不二君、どこか具合でも悪いんじゃないの?
朝練もなんだか調子悪かったよね…。」
「悪いってほどじゃないけど、
さんに優しくされたらなんか弱音吐きそうだな…。」
そう言うと不二はしんどそうにフェンスにもたれた。
は一瞬どうしようかと迷ったが、不二の額にそっと自分の手を当てた。
「…やっぱり。
不二君、熱があるんじゃない!
だめだよ、こんな所に来ちゃ…。
ね、保健室に行こう。」
はそう言うと不二の手を取って階段に向かった。
なぜか不二はのされるままに保健室まで黙ってついて行った。
保健室に着くとは不二をベッドに寝かせた。
保健医は職員室にいるらしく、とりあえずは体温計を探した。
「体温計はどこだろう?
ああ、もう勝手が違うからわからないわ…。
とりあえず熱を測ってるうちに私、保健の先生を呼んでくるからね。」
不二に背を向けたまま、薬品棚の中を覗き込んでるがそう言うと、
ベッドの中から不二がを呼んだ。
「ここんところ眠れなかったから、少し寝るよ。
そうすればよくなると思うから…。
だから、僕が寝るまでそばにいてくれないかな?」
は不二の弱々しい言葉に胸の内が熱くなっていく思いだったが、
つとめて平静を装うと、振り返ってそっと不二の顔を覗き込んだ。
不二は静かに目を閉じてを待っているようだった。
「…わかった。少しだけいるから。」
「よかった…。今日は優しくしてくれるんだ。」
不二のかすれた、ため息交じりの声に、は苦笑していた。
「病気の人を放ってはおけないでしょ?
パートナーはお互いの健康状態も気にかけてるものよ?」
そう言ってが不二の額に手を当てると、
不二は、冷たくて気持ちいい、とかすかに呟いた。
しばらくそうしてると、不二の規則正しい寝息が聞こえてきた。
サラサラの明るめの髪がの手に優しくまとわりついている。
は手をそっと額からどけると、
きれいな不二の寝顔に見とれていた。
少しだけ青白い不二の顔はとてもきれいだった。
―こんなに近くにいてもなんだかとても遠い…。
だけど、不二君の弱ってる姿を見ることができて私、嬉しいんだ。
だってそうでしょ?
パートナーなんだもの、不二君の事、もっと知りたいよ。
幸村君は自分の弱ってる部分は私には決して見せてはくれなかった。
人に見せたくない部分はだけには見せていたのに…。
ねえ、不二君。
私のこの想いをあなたにぶつけたら、
不二君は受け止めてくれるのかな。
私、不二君に拒まれたらと思うと、怖くて打ち明けられないよ。―
突然の中に不二への想いが溢れ出てきた。
今はまだ打ち明けられないけど、
でも不二を好きと思う気持ちは大きすぎて、
は衝動的に不二の唇にそっとキスをしていた。
―私ね、今は不二君のことが好きだよ。
幸村君の時と同じくらい、ううん、それ以上に。
不二君とずっとテニスができるなら、
今のままでも私は平気…。
たとえ、不二君が他の誰かを好きになっても。―
そしてはそのまま保健室を後にした。
6時間目が終わると、菊丸が不二の鞄を持って保健室にやって来た。
「ふっじ〜、具合どう?」
「ああ、英二か。
よく眠れたからもう大丈夫。」
「でも、手塚が部活出なくていいってさ。
それにしても俺、全然気づかなくてごめんな。
不二って、ポーカーフェイス、上手すぎなんだよ。」
「そうかな…。
でも自分でもたいした事ないって思ってたから。」
「ま、不二らしいけどにゃ。」
「でもね、さんは気づいてくれたんだ。
…それが嬉しかったな。」
不二がポツリと言った言葉に、菊丸は自分でもどうしていいかわからない、
もやもやする気分に飲み込まれないように必死だった。
「…ちゃんは誰にでも優しいから。」
「うん、そうだね。
でも…。」
菊丸は全神経が不二の言葉の意味することを拾おうとするかのように
研ぎ澄まされていく感じに思わず身震いした。
「な、何?」
「相手の体調を思い量ることも
パートナーとしては当然の事って言われた。」
「へっ?
あ、そ、そうだにゃ。
それは当たり前じゃん。」
「当たり前か…。」
「な、なんか、あったの?…ちゃんと?」
菊丸はドキマギしながら不二の様子を伺ったが、
不二は相変わらず表情は崩さす淡々としていた。
「わからないんだ、全然。
近くて遠い、そんな感じ。」
「…。」
「僕はね、さんとミクスドができればいいなって思った。
彼女とテニスをする事がこんなにすごい事だとは思ってなかったんだ。
ダブルスなんて僕の柄じゃないって思ってたしね。
でも、彼女とテニスをしていくとどんどん深みにはまっていくんだ。
テニスだけじゃなくて、彼女の全てを知りたいって。
だけど、彼女の中にはいまだに幸村君がいる。
僕は僕のテニスが彼を超えられるのか、不安なんだ。
彼女といるとその不安を思い知らされるようで、
だけど、それを救ってくれるのも彼女だけしかいない気がして…。
笑っちゃうだろ?
青学の天才って言われてきた僕が、こんなに女々しいだから。」
不二が菊丸に弱音を吐くなんて、今まで一度だってあっただろうか?
菊丸は大きくため息をついた。
「不二。
俺、笑わないよ。
心のバランスが取れないくらいちゃんのことを想ってるってことなんだよ、それって。
不二はね、ちゃんに『心を奪われる』くらい恋しちゃったんだにゃ。
俺だって、ちゃんのこと、すっごく好きだけど、
やっぱ、不二には敵わないかも。」
菊丸はエヘヘ、と照れ隠しに笑うと背伸びをした。
「俺から言える事はひとつだけ。
何もしないで後悔するくらいなら、
何かやって後悔する方がましって事だけにゃ。」
「英二…。」
「ありがとうなんて言うなよ?
俺だって諦めたわけじゃないんだし。
とりあえず、今日は不二の代わりに俺がちゃんと打つからねん!」
菊丸はそう言うと、自分の鞄を小脇に抱えて足早に保健室を出て行った。
しばらくして、不二は自分の鞄を手にすると、
昇降口からゆっくりと校門へ向かった。
テニスコートのそばを通り過ぎようとした所で、
不二の腕は不意に誰かに抱きつかれていた。
「周…ちゃんvv」
「舞ちゃん?」
「どうしたの、周ちゃん。部活は?」
「ああ、体調がいまひとつだから、
大事をとって今日はお休み。」
「ふ〜ん、珍しい事もあるもんね?」
「そう…かな?」
「ねえ、それより、今度の休み、一緒にスポーツショップに行ってほしんだけど。」
「何を買うの?」
「あのね、周ちゃんとお揃いのグリップテープにしたいの。
ほらあの珍しい色の。
あの色がどうしても欲しいんだ。」
「ああ、あれ。
あの色はもう売ってないよ。
期間限定の特殊なバージョンだったから…。」
「え〜?そうなの?
絶対あの色にしようって決めてたのに〜。
じゃあ、じゃあ、周ちゃんの残ってるテープ、私に頂戴!」
「残念。あれはもう全部使っちゃったんだ。
舞ちゃんには他の色を選んであげるよ。」
それを聞くと舞は心底がっかりした風だった。
と、そこへ部室から出てきたが通りかかった。
「あっ、不二君…。」
はさっきの保健室での事を思い出し、頬が火照るのを感じ、
思わず立ち止まってしまった。
けれど、傍らにいる舞の両腕が不二の左腕に絡められているのを見ると、
その場から逃げ出したい衝動に駆られた。
「さっきは…。」
不二の言葉をさえぎるようにが言った。
「ごめん。私、急いでるの。」
はラケットを胸に抱いたまま、コートへと走り去った。
そのラケットのグリップテープに舞の視線が突き刺さっている事など、
も不二もこの時はまだ知る由もなかった。
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☆あとがき☆
お待たせしました、久々の連載。
うわあ、どうなるんだろう?
…って自分で言うのもなんですが。(笑)
UPするたびに段々難しくなっていくな。
はたして完結できるのか?
ま、2005年は始まったばかりですから、
おいおい考える事にします。
2005.1.7.