11.菊丸の第6感
           



3年のクラス替えで初めてちゃんと出会った。

クラスの中で、ポツンと馴染まないように、目立たないようにしてるんだけど、
なぜだか俺の目には余計に気になって仕方がない存在だったな。

初めて声をかけた時だって、すごく迷惑そうだったね。
でも、だからって全く拒否しなかったのは、
相手の事を思いやる気持ちがあるからだって俺はそう思った。
だから、ちょっと強引だったけど、テニスコートに連れて行ったんだ・・・。

でも、それが裏目に出たんだなんて、今頃思い知る事になっちゃったな。


だって、ちゃんはテニスのできる子だった。



それも、あの不二が、ちゃんとミクスドを組みたいと思うほどに!




俺って、割合鈍感なんだって、大石がよく言う。
そりゃあ、気づかない事って、いろいろあるさ。

でもね、俺だって、人より先にわかっちゃう事、あるんだよね。

特に、不二のことはね・・・。

不二って、結構秘密主義なんだよ。
誰にも本心をなかなか言わないけど、
多分そうなんじゃないかなあ、って言うのはわかる。

なんでかな。

大石にしろ、不二にしろ、同じ青学でテニスをやってきたからかな。
それとも、ダブルスのパートナーとして、
相手の考えてる事を先読みしようとする事が当たり前だからかな。

とにかく、俺の第6感は当たってる。





       不二はちゃんが・・・好き。





    ********





 「英二、何ぼんやりしてるの?」

 「へっ?」

 「1時間目の英訳、やって来た?って聞いてるんだけど。」

不二が菊丸の肩をチョンチョンと突付いているのに、やっと気づいた菊丸は慌てた。

 「やっばーい。俺、ちょっとしかやって来てなかったんだ。
  今日、当たるかにゃ?」

振り向いた菊丸にが声をかけた。

 「菊丸君、私のでよかったら見る?」

 「えっ?いいの、ちゃん。」

 「うん。この章は全部訳しちゃってるから。」

 「すごいにゃあ。ちゃんって英語、得意なんだ?」

菊丸は感心したように言うと、の前の席に座ってノートを広げた。

 「残念。私も英語は苦手なの。」

 「そ、そうなの?」

 「うん。でもね、克服法ならあるよ。」

 「え〜、なになに。俺にも教えて!」

 「あのね、菊丸君って好きな子、いる?」

突然のの言葉に菊丸は目を丸くした。
その顔にはごめんごめんと笑いながら続けた。

 「えっと、好きな子っていうか、アイドルでもいいし、
  架空の人でもだれでもいいの。
  自分のお気に入りの人とか。

  でね、この英語の話は、その、自分の大好きな人が作ってくれたもの、とか、
  自分にプレゼントしてくれたものって思い込むの。」

 「うん、うん。」

 「ね。そうすると、好きな人に貰ったんだったら、
  なんて書いてあるか、ちゃんと知りたいでしょ?
  すごく読みたくなるよね?
  そう思えば、英訳もそんなに嫌じゃなくなる訳。」

 「へぇ〜。じゃあ、ちゃんも和訳する時は、
  誰か好きな人のことを思ってるんだ?」

菊丸はつい話の流れからにそう質問してしまった。
言ってしまってからしまったと思ったけど、
出てしまった言葉は戻らない。

こんなついでみたいに聞く言葉じゃなかったのに、と菊丸は思いながら、
それでも不二の表情が少し曇った事を見逃さなかった。

 「えっと、前はね、そんな事もしてたなっていう、他愛ない話。」

 「ふ〜ん、そっかあ。」

菊丸は適当に誤魔化しながら、のノートの写しに取り掛かった。

不二はと菊丸の会話をまるで聞いてなかったかのように教科書をめくっていた。







が青学テニス部で練習を始めてから数日が経った。

男テニレギュラーの練習風景はなんら変わりがないように見えた。
一時はレギュラーの面々も、紅1点のが入ったことにより浮き足立ったようにも見えたが、
テニスをしている時ののひたむきさに誰もが自分を戒める結果になっていたのだ。

 「はなかなかやりおるな。
  のう、手塚?」

顧問の竜崎スミレが傍らに立っている手塚に言った。

 「ええ。の練習姿勢はあいつらにとってかなりの刺激になったと思います。」

 「そうだねえ。全く、あいつらときたら、
  普段の練習ではあんまり可愛げが無いからねえ。
  特に不二は変わったね。
  試合ですら、本気を見せる事がないって言うのに、
  あれはどういう事だろうねえ。」

手塚は眉間のしわを更に深くするように目を細めた。

 「のせいでしょうか?」

 「まあ、ダブルスって言うのはお互いのテニスを高め合うようでなくてはならん、
  というのが私の持論でね。
  そういう意味では、あの二人のミクスドは楽しみだねぇ。
  は私の若い頃にそっくりでね、
  ま、多少の小競り合いはあった方が面白いんじゃよ。」

そう言うと、困惑している手塚を他所に、竜崎先生は豪快に笑いながらコートを離れた。










 「ちゃん、休憩しようよ!
  俺、ドリンク運んできたよ。」

菊丸がコーン当てをしているに声をかけた。

 「ありがとう、菊丸君。今行くね?」

の笑顔に菊丸もふわっと笑う。

 「英二。僕の分もあるのかい?」

突然後ろから不二に声をかけられ、菊丸は予想していたとはいえ、
ため息をついた。

 「不二ってさ、この頃ちゃんにべったりだね?」

 「ふーん、英二がそんな事言うとは思わなかったな。
  ダブルスのパートナーなんだもの、いつも一緒にいて当たり前でしょ。」

 「そ、そうだけど、ミクスドのオーダーはまだ決定じゃないにゃ。
  不二は、い・ち・お・う!!なんだかんね。」

菊丸は精一杯の抗議をした。
ちょうどその時、が二人の元へやってきた。

 「お疲れさん。」

不二がにドリンクを渡した。

 「うん。不二君もお疲れ様。」

 「ずるいにゃ、不二ってば。」

 「どうしたの、菊丸君?
  菊丸君もお疲れ様。」

ニッコリ笑うに菊丸の機嫌もいっぺんに吹き飛ぶ。

 「そういえばさ、ちゃんのラケットってちょっと小さめだよね。
  俺、前から思ってたけど、女子って割合ラケット面が大きいのを選ぶ子が多いのにさ。」

そう言いながら、菊丸がのラケットを手にした。
使い込まれたそのラケットは小ぶりながら安定した重みがあった。

 「へえ〜、軽いのかと思ったらそうでもないんだね。」

 「うん。私にはこれがいいだろうって・・・。」

は言葉を切った。

 「もう随分グリップテープを交換してないみたいだね?」

さりげなく不二が菊丸の手の中のラケットを取り上げた。
見ると、白いグリップテープはところどころ擦り切れていた。

 「このグリップテープ、巻き方が上手いけど、さんがしてるの?」

不二の言葉に菊丸もを見つめた。

 「ううん。それは幸村君がいつもやってくれていて・・・。」

菊丸ははっとした。

   ―幸村って誰だっけ?
    ああ、そうだった。前の学校でちゃんが組んでたパートナーだっけ。
    病気でテニスができなくなったとかって・・・。

    ちゃんって、そういえば、幸村って奴のことはどう思っているんだろう?―

菊丸がぼんやり考えてると不二の声がした。

 「そうだ、僕のグリップテープが余ってるんだけど、
  これ、巻き直してあげてもいいかな?」

は一瞬考え込むような目をした。

 「不二君にそんなことしてもらっていいのかな。」

 「だって前もミクスドのパートナーの幸村君がしてくれてたんでしょ?
  今は僕がさんのパートナーなんだから、このくらいさせてよ。
  それに・・・。」

 「?」

 「僕の方が数段、巻き方が上手いって思うから。」

不二がクスクス笑った。

 「不二君って、自信家だよねえ。」

もつられて笑ってしまった。

菊丸は不二の顔を見ていた。
いつものように不二はのん気に笑っているけど、
菊丸にはそうは思えなかった。





     ********
 




     不二も、わかってるんだ・・・!?

     



だって、幸村君が巻いてくれた白いグリップテープ。
あんなに擦り切れてしまっても変えようとしなかったちゃんの気持ち・・・。

幸村君はちゃんにとって、ただの、テニスのパートナーじゃ無かったってこと。

多分、ちゃんは幸村君が好きだったんだね。


      今でも・・・?


それは俺にもわからない。

けど、ちゃんとミクスドをするには絶対越えなきゃいけない壁だってことはわかる。




俺だってちゃんのこと、好きなんだ。

でも、俺の越えなきゃいけない壁はふたつになってしまう・・・。



こういう時、気づかなけりゃよかったって思う。




     ********




 「菊丸君?」

 「えっ?な、何?」

 「ううん。なんだか元気なさそうだったから。」

 「へへ。なんでもないにゃ。」

 「そうだ、少し私とラリーやらない?」

 「へっ?」

 「軽く打つくらいなら乾君も大目に見てくれると思うし、
  ほら、菊丸君、私と打ちたいって前から言ってたし。」

 「やった!じゃ、そういうわけだから、不二、邪魔しないでね。」

菊丸とは連れ立ってコートに向かった。
不二はそのままの後姿を見つめていた。



 

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☆あとがき☆
 今回は菊丸の思いを書いてみました。
 菊丸はね、不二の一番身近な友達だって思うんです。
 動物的な直感で相手を思いやってしまう、そんな男の子だと思うんです。
 なんだか切なくなるなぁ〜。(自分で描いててよく言うわ、私。)


2004.11.9