気になる 気にする 君がいる 1
「あれ?」
赤也と柳のラリーを見ながら幸村はふと声に出してしばし考え込む。
何かが足りないと思っていたものが思いつかない。
足りないと感じたものが漠然としすぎて
そうたいした事ではないのかもしれない、と頭を振ってみた。
でもやっぱり何となく違う気がして
また視線は隣の女子コートを彷徨う。
毎日見ている光景。
女子のコート内の練習はぬるくてかったるい。
だからたまに活を入れに幸村は隣コートにちょっかいを出しに行くのだが
最初こそキャーキャーと嬉しそうな歓声で迎えられたのも
今は幸村を見るや、一様に迷惑そうな表情が見て取れる。
男子ほどきつい事を要求する訳ではないと思うのに
しばし幸村の熱血指導はオーバーヒートする事がある。
コントロールを要求するコーナーへの缶当て練習は
それが思ったように当たるまでしつこくやらせてしまう。
笑顔と優しい声音で「はい、もう1回!」とリコールする幸村は
たとえ相手が1年生だろうが3年生だろうが、
思ったフォームにならなければ何度でも要求していく。
全国レベルの幸村が指導してくれるのだから
誰も文句は言わないけれど、
そのしごきが翌日の女子部には弊害となって現われてしまうのだから
程々にしてして欲しい、と誰しもが心の中で思ってしまう。
そんな時必ず幸村に噛み付いてくるのは部長のだ。
「なんだ、がいないんだ。」
幸村は求める答えが見つかって苦笑した。
朝練にいないとなると単なる寝坊か、
幸村は鼻で笑うと、もう些細な違和感に興味をなくした。
「今日、のやつ、休みか?」
午後の練習が始まるや、丸井がラケットで肩を叩きながら
ベンチで靴紐を直している赤也に声を掛けた。
丸井も女子テニス部にそれ程関心がある訳ではない。
でも赤也と同じ2年生のが
一生懸命頑張ってるのを偉いなと日頃から思っていた。
体格的にはかなり小さいだったが
負けず嫌いな性格は赤也と似ている。
いつだったか丸井の妙技綱渡りを冗談で教えたら
赤也にはできなかったのにはあっさりと覚えてしまった。
そんな事があったから丸井は何となく
の事を妹のように可愛がっていた。
「ッスか?
学校には来てましたよ?」
「朝練にもいなかったぜ?」
「そうッスか?
別にいつも通り五月蠅いくらいでしたけど。」
赤也は興味なさ気に伸びをすると女子部の方を見やった。
いくら男子部より弱小と言えど
2年生のが部長になっているのが赤也には悔しかった。
力量はあくまで自分の方が上だと思ってはいるが
女子部の中でリーダーシップを取っているが
同学年の赤也に対して時々お姉さんぶった忠告をするものだから
の事はどちらかと言えば苦手だった。
だから二人の会話に幸村が入って来た時、
何となく幸村にまで心配されるが
まるで幸村たちと同学年のような扱いに
赤也はぽかんと開いた口が塞がらない気持ちだった。
「がどうかしたの?」
「ああ、別にたいした事じゃねーんだけど
あいつがいないと何かぴりっとしないな、っつうか。」
「ああ、朝練で見かけなかったから
寝坊かなって思ってたよ。」
「が寝坊?
それはないんじゃねーの?」
丸井は訝しげに首を振った。
「じゃあ、具合でも悪かったのかな?」
「それは絶対ないッス!」
今度は赤也が猛然と否定した。
は隣のクラスだったし、
の仲の良い友達が赤也のクラスにいたから
赤也は割と普段のの姿を知っている。
今日だって全然普通に喋っていたのを見かけている。
だから赤也は幸村や丸井の中ののイメージを
ほんの少し変えたい気分で言葉を続けた。
「あいつ、結構もてるから
男が出来たんじゃねーッスか?」
「男?」
「そーッス。
女子なんて男が出来れば部活なんてそっちのけッスよ。
案外他校の奴と付き合ってたりしてんじゃねーッスかね。」
断定はしなかったけど結構調子に乗ってそんな風に言ったら
幸村の眉間に皺が寄るのを赤也はあれっと思った。
「が?」
「いや、多分そんなとこじゃねーかなって。」
「そう、それは知らなかったな。」
赤也は焦った。
幸村が不機嫌そうに呟くのを不思議に思ったけど
まさかそのまま幸村が女子コートの方へ向かうとは思わなかった。
それは丸井も感じたらしい。
「幸村?」
「ちょっと確かめて来る。」
「はぁ?どこ行くんだよ?」
丸井の声には返事もせず
幸村はそのまま女子コートの中へずんずんと歩いて行ってしまった。
「何?」
幸村の突然の訪問に副部長のは面食らった。
ラケットを持っていない所を見ると
女子部の練習を茶化しに来た訳でもなさそうで
となると何の話だと言わんばかりには身構えた。
「がいないみたいだけど?」
唐突に切り出された話が後輩のの事だと分かって
はますます驚きの眼で幸村を見上げた。
「ちゃん?
そうね、今日は休むって連絡あったけど?」
「そうか、欠席連絡はあったんだ。
何で休むって?」
「えっ?」
まさか幸村が突っ込んで来るとは思わなかったから
は思わず、さぁ?と受け流してしまった。
ところがそんな曖昧な返事は許さないとばかりに
幸村は鋭い視線でを凝視してくる。
「赤也がは男が出来たから
練習サボってるかも、なんて言うからさ。
そうなのかなって思って聞きに来た。」
口調は優しいのにでもその視線は誤魔化しなんて通用しないから、
と暗に仄めかしているようで背すじがひやりと騒ぐ。
「そ、それは違うと思うけど。」
「じゃあ、何?」
「何って、用があるから休むって・・・。」
「そんな答えで納得すると思う?」
コートのあちらこちらで、幸村と佇む副部長の姿を
不思議そうに見つめる後輩たちの視線には肩を竦めた。
ここで事を荒げる訳には行かない。
「ちょっとね、体調が悪いみたいで。」
「そんな風には赤也は言ってなかったよ?」
「もう、何でそこまで突っ込むのよ?
ちゃんに口止めされてるんだから言う訳には行かないの。」
「なんだ、やっぱりちゃんとした理由があるんじゃないか。」
幸村の勝ち誇ったような顔には呆れたようにため息をついた。
どだい、幸村に正面切って隠し事を貫き通す器量など持ち合わせてないのだ。
「何でそこまで知りたいの?」
「が隠すからだろ?
初めからちゃんと言えば、ああ、そうかで済む問題だよ。」
そういう風には思えないけど、と口篭ると幸村はむっとした。
「女子部の部長が不在なんておかしいだろ?
それも俺に断りもなく。
いないならいないで俺に何かあってしかるべきだろう?」
「いや、でも。」
「で、はどうしたんだい?」
畳み掛ける質問にそれでも何でここまで問い詰められるのか
は不思議でならない。
それでも湧き上がった疑問と好奇心は抑えられなくて
幸村の表情を覗うように見上げてしまう。
「あのさ、何でそんなに気になるの?」
「部長だからに決まってるだろ?」
「違う違う。
部長なら男子部の練習を気にしなさいよ?」
「真田がいる。
練習内容なら柳に一任してある。
文句あるのかい?」
「で、でも幸村、
もし私がいなくても気に掛けた?」
こんな聞き方をしたらもの凄く語弊があると気付いて
の瞳は驚きで大きく見開かれたまま。
それに対峙している幸村もはっと息を呑む表情で
とっさに眉が曇る。
「どういう意味?」
「ご、ごめん、別に意味ないから。
ほんとに、幸村に気に掛けてもらいたいとかそういうんじゃなくて。」
「俺が?」
「・・・。」
「を特別視してるって事?」
そう言ってる本人は額に手を当てて考え込んでしまう始末。
それを目の当たりにしたは思わず苦笑した。
「幸村、それって、今、自覚した?」
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