気になる 気にする 君がいる 2
幸村はに教えて貰った通りの道順を歩いていた。
が病院に向かった事を聞くと
幸村は驚くほどあっさりと部長の肩書きやら責任やらを放棄してしまった。
真田のぼやきも丸井や仁王たちの冷やかしも全く無視をした。
たいした事ではないからとにも釘を刺されたが
それでも気付いてしまった感情と
抑えきれない不安はどうにもしようがない。
気になったのはそれがだから。
単なる後輩でも部活仲間でもなく
幸村の可愛い存在だったから。
やがて商店街の中程で幸村は店先を覗きながら歩いているを見つけた。
走り寄りたい衝動を押さえ込んで
幸村はしばらく素の顔のを眺めていた。
そしてその愛らしい視線がやがてゆっくりと幸村に止まるまで
自分でも信じられない程辛抱強く待っていた。
どうしてもに自分を見つけてもらいたかった。
「幸村先輩?」
小さな唇から零れる自分の名前を聞きながら
幸村は胸の中に湧き上がる熱いものを楽しんでいた。
今まで気にもしていなかったその感情が
幸村の五感全てに行き渡るような心持ちに思わず深呼吸をした。
「、病院に行っていたんだって?」
「えっ?」
「から聞いたよ。
で、肩の具合はどうだったの?」
は困ったような表情を浮かべながらも
真一文字に引き締めた口元を緩めた。
「ご心配お掛けしました。
でも骨に異常はないそうです。
しばらくは養生して無理をしないようにって。」
「そうか。」
「あの、幸村先輩は何でここに?」
きょとんと見上げるに幸村はにっこりと笑いかけた。
「さぁ? 自分でも分からない。」
「はい?」
「がコートにいなくて。
俺に無断で休んだと思ったらに問い詰めてた。」
「そ、それはすみませんでした。」
「で、病院に行ってるって聞いたら無性に会いたくなった。」
「ええっ?」
「それで思ったんだ。
とデートしたいなって。」
デートと言う言葉に反応して顔が赤くなるも
幸村の言っている意味が分からなくては戸惑う表情のまま
それでも視線は幸村から外す事はない。
幸村はこの真っ直ぐな自分を追いかけている後輩の目が
とてもきれいだといつも思っていた。
訳の分からない事を言っている先輩なのに
一生懸命幸村の言動を受け止めようとしている様が
今まで以上に酷く愛おしい存在のように思えて幸村は目を細めた。
どんな時でもはしっかりと自分を見ていてくれる。
たとえ冷徹非道な試合をしようとも
はいつも冷静に幸村の事を見てくれていた。
立海大の伝統を引っ張る部長として
悲願達成のためには情け容赦ない試合をし続けた。
強いと言う言葉と同じくらい、酷いという言葉を受けた。
でも幸村は気にしなかった。
相手の五感を奪う位だから
自分の感情に欠落したものがあっても
仕方ないくらいに思っていた。
外野に冷たい男だと思われても
が自分の後姿から視線を外さない限り
自分は大丈夫だと無意識に思っていた気もする。
だから今も真っ直ぐにに見つめられているのはほっとする。
「俺、とデートしたい。」
「デ、デートですか?」
「うん。」
「先輩、気は確かですか?」
「うーん、正気じゃないように見える?」
ある意味の返答は幸村同様恋愛風味は皆無なのだが
でも逸らされない瞳に幸村は自信が湧いてくる。
「いえ、いつも通りに見えますけど。」
「そうか、いつも通りか。」
「はい、多分。」
「じゃあ、今からいつも通りは止めにしよう?」
「えっ? せ、先輩?」
の鞄を取り上げると幸村はもう片方の手での手を握り締めた。
僅かに走る動揺の色に幸村は満足そうに笑った。
「今から先輩って呼ぶの禁止。」
「でも・・・。」
「デートだって言っただろ、?」
名前で呼べばの顔は見る見る赤くなっていく。
それを可愛いなぁと思う幸村は
もう何だか楽しくて楽しくて仕方がない。
「俺、の事が好きなんだ。
今まで深く考えた事なかったけど
普通にの事、いつも気にしてるなって。
に言われて初めて気がついたよ。
俺にもそんな人間的な感情があるんだなって。」
「そんな事・・・。」
「だって今までそうだったろう?
誰かと付き合いたいなんて思った事なかったし、
そう思わせる女子に出会ってなかったと思うよ?
だけど君はいつもちゃんと俺の事を見ていてくれた。
練習で暴走する時はちゃんと意見してくれる。
でも試合の時はどんな試合でも絶対俺のやり方に非難はしない。
呆れてる訳じゃなくて見守ってくれてる気がした。
後輩なのに年下だなんてそんな感じしなかったな。
だから気付かないうちにの事、俺の側にいるのが
当たり前のように思ってたんだね。」
「あ、あの、先輩、私、そんなに凄くないです。
先輩が凄すぎる人だから目が離せなかっただけで・・・。
ほんとに、私、何も考えてないし、先輩の事も分かってる訳じゃないし。
ただ、女子部の部長として私も頑張らないと、って思ってるだけで。」
「ほんとに?
今日だってそうだ。
金井総合病院に行ったんだってね?
それを聞いたら俺が心配するって思って隠したんだね?」
「そ、それは、あの病院なら腕が確かだって聞いたからで。」
「うん、いい病院だよ?
でも一人で行かせる場所でもないな。
今度何かあったらちゃんと俺に言ってからにして欲しいね。」
は幸村の横顔を見上げた。
いつも凛としていてカッコいい先輩。
でも内面は何を考えているのか分かりにくくて
気まぐれに女子部の相手をする幸村を
それでもマメな人だなって思っていた。
ただ、テニスの事になると周りが分からなくなる位熱中する幸村は
女子部の相手をしてもその目にはラケットを持つ後輩という括りしかなくて
どんなに頑張っても恋愛対象には見えないんだろうな、と思っていた。
だからこうしての事を心配したり気にかけたり、
挙句の果てに好きだ、等と言う言葉が自分に対して向けられるのは
とても信じがたいような感じだった。
ふっと視線が合うと幸村はクスリと笑った。
「何だか信じられないって顔してる。」
「び、びっくりですよ。
とっても信じられない感じですもん。」
「まあ、それは俺も同じなんだけどね。
でももう分かったから、それをないものにはしたくないだけなんだ。
はこんな俺と付き合えない?」
「えっ!?
えっと、いえ、そんな事は・・・。」
「じゃあ、いいんだよね?」
ぎゅっと手を握り締められながら念押しされると
はどう返事していいか悩んでしまって
真っ赤になりながら下を向いてしまう。
幸村は仕方ないか、と笑い出す。
「いいよ、じっくり考えてくれて。
唐突過ぎたと自分でも思うし。
でも、俺の性格からして
返事貰うまで静観してるなんてできないから。」
「えっ?」
「うん、じゃあ、そうだな。
クリスマスなんだから、
イルミネーションでもぶらぶら見て
どこかでケーキでも食べる?」
「でも?」
一旦学校へ戻ろうと思っていたから
は返事を躊躇してしまう。
と言って二人でコートに戻れば
みんなに冷やかされるのは避けて通れないだろうと思う。
そうこうするうちに先の方には商店街の大きなツリーが見えて来た。
夕暮れの闇の中に煌めく電飾が
まるで二人を待ち構えてるようで面映い。
「だって、俺、練習サボっちゃったからさ。
今更学校戻っても真田に文句言われるだけだよ。」
「それはまずくないですか?」
「まずいだろうね。
明日、二人して怒られるかも。」
「え〜、それは嫌です。」
「でも仕方ないよ。
も共犯だろ?」
「共犯は酷いです。」
「ふふっ、大丈夫。ちゃんと俺の彼女だって言うから。」
ね?と楽しそうに片目を瞑られては
はもう何も言えない。
幸村は初めて二人で過ごすクリスマスの記念に
に似合いそうな物はないかと辺りを見回すと
の手を改めてしっかりと握り締めるのだった。
The end
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☆あとがき☆
メリークリスマスです。
2010.12.25.