氷帝栗須魔巣物語  2




忍足が教室に戻るとはもう窓際の前の席についていた。
それは今までと変わらない風景…のはずだったのに、
なぜかの後姿を追っている自分が違っていた。

 「全然普通やろ?」

心の中で呟いたつもりが忍足の席の近くにいた宍戸に聞かれたらしい。

 「何が普通なんだ?」

宍戸は振り返るとうさん臭そうに忍足を見ていた。

 「いや、なんでもないわ。」

そこへ忍足と仲のいい向日が教室に入ってきた。

 「なんや、岳人、忘れ物でも借りに来たんか?」

 「侑士には関係ねーよ。」

岳人はそう言うと、真っ直ぐの席へ近づく。
忍足の瞳は鋭く光った。

 「どういうこっちゃ。
  いつの間に岳人の奴、と知り合いなん?」

岳人に気づいたが笑っている。
その光景に忍足はまたなんともいえない気分になった。

 「ああ?は跡部の彼女のダチだろ。」

 「それだけやろ?」

 「ああ、まあ、そうだけどな。」

 「今朝、長太郎がと仲よう歩いとったんを見たんや。
  あの長太郎がやで?
  宍戸、お前知っとったか?」

 「…まあな。」

 「なんや、それ。」

忍足は改めて宍戸の顔を凝視した。
宍戸は忍足の視線だけの威圧に、
言い逃れできないと思ったのか、ため息をつきながら言葉を続けた。

 「はたまにと一緒に部室に来てたんだ。
  差し入れとか言って手作りのお菓子とか持ってくるもんだから、
  なんかジローとか長太郎とかがバカみたいに喜んじゃって。
  お前、全然知らなかったろ?」

 「ああ、はちょくちょく見かけた気はするんやけど、
  はなぁ…。」

 「ま、忍足はの事、あんまり眼中になかったんだろうけど。
  岳人とか長太郎が、お前や跡部とが会わないように苦心してたしな。」

 「どういう意味や?」

 「だからな、みんな狙いってことだぜ。
  跡部はそのうちとくっついたから問題なかったが、
  みんなはお前がに関心をもつと困るんだろうよ。
  ライバルは少ないに越した事ないからな。

  そのうち、がいくらの親友たって、
  そうそう部室には遊びに来ないだろうって日吉が言い出してさ。

  レギュラーの誰かの事が好きなんじゃないかって。

  で、クリスマスまでにそれぞれ告白してみて
  はっきりさせようって事になってるらしいぜ。」

 「なってるらしい…って、宍戸はどうなんや?」

 「ああ、俺か?
  俺は、なんつうか、あいつの事は昔から知ってるだけで、
  そういう仲じゃないしな。
  けど、あいつ泣かすような事があったら
  激ダサと言われても、間に入るけどな。」

 「はあ、さよか。」

忍足はため息をついた。

今まで仲間だと思っていたレギュラー陣も一皮向けばただの男。
テニス部を引退した3年が彼女作りに専念したとしても不思議ではないが、
こうも自分の知らない所で、レギュラーのほとんど全員がに好意を寄せていた、
という事実がどうも気に入らなかった。

 「で、まさか今になってあいつの事、
  気になり出した、ってわけじゃねーだろうな?」

宍戸の言葉に忍足は首を振った。

 「そんなんとちゃうで。
  ただ、みんなが仲ええのに、
  俺だけ仲間はずれはおもろないなぁ、思ただけや。」

そう言って立ち上がる忍足に宍戸は焦った表情を見せる。

 「おいおい、だからってあいつにちょっかい出すのはやめろよな。」

 「宍戸、勘違いせぇへんでほしいわ。
  今日は俺、と日直なだけや。」

口元に不適な笑いを乗せたまま、忍足は岳人とのそばに近寄って行った。
その様子を見ながら、宍戸は心の中で舌打ちをしていた。

 (どこが気にしてないってんだよ。
  まるっきり攻めのポーズにしか見えないぜ、忍足…。)
  






 「なあ、岳人。お取り込み中悪いんやけど、
  返してもらうで。」

 「お、忍足!どういう意味だよ。」

 「なーに、今日は俺ら日直なんで。」

そう言いながら忍足は岳人との間に割り込んで、
の机に片手を付くとの顔を覗きこむようにして微笑んだ。

 「あ、忍足君。ごめん、忘れてた!
  に、日誌取りに行くんだよね?
  私、取って来るから…。
  あの、向日君、ごめんね。」

は忍足の出現に余程驚いたのか、唐突に席を立つと慌てて教室を後にした。
と、忍足は岳人にニヤッと笑いかけると、の後を追った。



 「、待ってぇや。」

と肩を並べて歩き出している忍足には訝しげな視線を向けながらも、
職員室へと向かう歩幅は緩めようとはしない。

 「お、忍足君、なんでついて来るの?」

 「うん?俺も日直やから。」

 「私が取って来るからいいよ。」

 「ええねん。初めてと日直やれるんだし、
  初めてしゃべった。」

 「…。」

 「もうすぐ2学期も終わりやん。
  それなのに未だろくに喋った事ないクラスメートがおるゆうのは
  情けないやろ?」

忍足のもっともらしい言い訳にはなんて答えていいのかわからず、
困惑した表情のまま職員室に着いた。

ドアを開けて1歩中へ入ると、あまりの暖気のための眼鏡はあっという間に曇った。

 「やだ、曇っちゃった。」

は苦笑しながら眼鏡をはずす。

 「こういう時 眼鏡は不便やな〜。」

続いて入る忍足の眼鏡も曇ったようで、は思わず忍足を見上げる。

眼鏡をはずしたままお互いに視線が合ってしまったのだが、
にはぼんやりとしか見えない忍足の顔。
反対に伊達眼鏡の忍足の方は、
眼鏡を取ったの顔を至近距離で見ていた。

シャープな眼鏡の印象が強かった分、
自分を見上げてるの顔はふんわりと優しく、
一目惚れという事が実際あるなら、
それは今この瞬間ではないだろうか、と思うほどだった。

 「自分、眼鏡はずした方がかわいいで?」

自分の動揺を隠すように、
そう言いながら忍足はの眼鏡を取り上げる。

 「ちょ、忍足君、私、眼鏡ないと見えないんだけど。」

 「ここで待っとき。俺が日誌、取って来たる。」

ポカンとしてるを残し、忍足は担任の机の上にある日誌を取りに行き、
の所へ戻ってくると、日誌を手渡した。

 「眼鏡は?」

 「そのままの方が絶対かわいいって。」

 「あ、あのさ、忍足君にそんな事言われても…。」

 「何?」

 「困る!その…眼鏡ないと黒板の字が見えないもの!」

が必死で訴えるその表情もかわいくて、
今まで視線を合わせてくれなかった分、
この方がどんなにか嬉しいだろうと忍足は考えていた。

 「今日は一日、そのままでええよ。
  これはしばらく預かっとくわ。」

忍足はそう言っての眼鏡を制服の胸ポケットにしまった。

 「そんな無茶苦茶な。
  授業のノートが取れないし、
  それに、眼鏡ないとなんだかすごく恥ずかしいから、
  だから、お願い。」

 「ノートは俺が後で見せたるって。
  はよ、行くで。」

忍足はそのままさっさと教室に戻る。
は困った顔のまま忍足の後をついて教室に戻った。


授業が終わるたびには忍足の方へ視線を投げかけるが、
どんなに怒った表情できつく睨んでも、
忍足は首を横に振る。

ただ、忍足としてはがたとえぼんやりとしか見えてないにしても、
自分の方へ視線を向けてくれる、その事だけが素直に嬉しかった。

昼休みになると意を決したようには忍足の席まで来ると、
素顔を見られるのが恥ずかしいのか、俯いたまま手を差し出す。

 「ね、忍足君。いい加減返して!」

 「そやなぁ。そない言うんやったら、
  お昼、付き合うてくれるん?」

 「えっ?」

 「お昼、一緒に食べてくれたら返すんやけどな。」

 「…でも。私、今日は学食に行くんだけど…。」

 「ほな、一緒に行こか。」

忍足はニッコリ笑って立ち上がった。







氷帝学園の学食はガラス張りのおしゃれなカフェテリアという感じだった。
クリスマスも近いという事で、学食の真ん中には大きなクリスマスツリーがすでに飾られていた。
そのせいか、学食内はカップルが多く、
一足早いクリスマスの雰囲気を楽しんでいた。

 「なんで忍足がいるの?」

のために先に席を取っていたらしいジローが不満そうに忍足を見上げた。

 「それはこっちの台詞や。
  なんでジローがいるんや?」





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☆あとがき☆
 この連載、クリスマスまでに終わるのか、
 かなり不安です。(^^;)

 それもこれも、R&Dのせいですから…。
2004.12.12.