氷帝栗須魔巣物語 1
11月の文化祭も終わり12月になると、
あとは終業式を迎えるだけの穏やかな日々。
3年生は部活も引退していたし、ほとんどが内部進学のため、
何をすると言う事もなくただただ毎日が平々凡々と過ぎて行くだけのようだった。
しいて言えば、高校生活も後残すところ2ヶ月余りであるという事が、
一部の者の感傷をくすぐるようではあった。
彼氏・彼女のいる者にとっては、
クリスマス・正月・バレンタインへと忙しい行事が目白押しなわけで、
で、反対に彼氏・彼女のいない者にとっては、
これらの行事が高校生としての最後のイベントであるという事に、
多少の焦りも見受けられていた。
が、忍足にとっては、もうどうでもいい事であった。
誕生日にはファンからの贈り物が抱えきれないほど届いていたし、
クリスマスだってバレンタインだって、
本人がたとえ望まないにしても、
多くの女の子たちからプレゼントをもらう事は間違いないことであった。
それはそれで嬉しい事ではあったし、
その中から適当に彼女を作れば、
イベント時に一人でいるような事はまずなかった。
いい意味でも悪い意味でも、忍足の周りには彼を慕う女の子たちは一杯いたからだ。
それは氷帝学園テニス部のレギュラー全員に言える事だったし、
忍足もそれを不満と思ったことはなかった。
それなのに、朝の光景は自分でもどうしてそうなのかわからなかったが、、
忍足の胸の奥に、ちくちくと後に引く痛みを残していた…。
その日の朝、校門をくぐり抜けると、
忍足の先を歩く長太郎の姿を見つけた。
鳳長太郎は3年が抜けた今、部長として氷帝のテニス部を受け継いでいた。
多分、丁度朝練が終わったのであろう事は容易に想像できたのだが、
その長太郎と肩を並べて歩く長髪の女の子に忍足は驚いた。
長太郎が長身なのでその女の子は小さくて華奢に見えたが、
ぴんと伸ばした背筋に、今時の子には珍しく、
ゆるく編んだ三つ編みが歩くたびに緩やかにはねている。
二人はとても楽しげに話しているのだが、
忍足にはどうも腑に落ちない。
「あれは、うちのクラスのやないか?
なんで長太郎と…?」
とは忍足は3年になって初めて一緒のクラスになった。
同じクラスになっても、テニス部とはなんの関わりもなかったし、
席も近くになった事もなく、
おとなしくて地味な感じのとはあまり話した記憶もない。
優等生で、誰ともそつなく話をしている感じに好感は持てたが、
といって、今まであまり興味を持ってを見ていなかった事に忍足は気づいた。
淡いブルーの色味がかった眼鏡に、ゆるく編まれた三つ編みがトレードマークで、
この1年一度もそのスタイルを変えたことはなかったなあと、
変な事は覚えていた。
ところが、およそ恋愛などと言うものに縁はないだろうと勝手に思っていたその女の子が、
どうして長太郎と親しげに話しているのかが飲み込めず、
忍足はの笑顔に動揺するのであった。
**********
「あ、先輩、おはようございます。」
「え〜と、鳳君だっけ?おはよう。
今日も早くから練習だったんだ?」
「ええ。一応部長ですし、朝早いのは全然苦にならないんです。
先輩こそ早くないですか?」
「教室行く前にね、図書館に寄ろうと思って。」
「そう言えば先輩。24日の書庫整理に出るんですか?」
「24日?ああ、そうそう、友達に変わってって頼まれちゃったし、
私、その日は別に用事もないし。」
「ええ?24日といえばイブですよ。
彼氏とデートの約束とかしてないんですか?」
「イブねぇ。
まだ約束はしてないわ。」
はそう言って笑った。
長太郎とは図書委員会で一緒だったので、
今までも何度か長太郎と一緒に書庫整理をしていた仲だった。
「そうですか。
でも先輩なら彼氏がいて当たり前ですよね。」
長太郎がため息をついた。
「あれ?鳳君には彼女、いないの?
氷帝学園のテニス部ってすごくモテルって聞いてるけど。」
「あれは今の3年生だけですよ。
俺なんか全然。」
「鳳君は優しいし、誰にでも好かれると思うけどなあ。」
「そうだ、先輩。
24日は部活は自主練なんですよ。
だから午前中は部活やって、午後は先輩のお手伝いしますよ。」
「え〜?それは悪いよ。
テニス部部長をこき使ったりしたら恨まれるもの。」
「いいんです。俺が手伝いたいだけですから。
その代わり、書庫整理終わったら、少し俺に時間くれませんか?」
「えっ?」
「クリスマスイブなんですから、
独り者の俺にも少しくらい幸せな気分を味わわせて下さいよ。
それじゃあ!」
そう言うと、長太郎はの返事も聞かずに先に昇降口の方へと走り去って言った。
はちょっと困ったように首をかしげながら、長太郎の後姿を見送っていた。
その一部始終を後ろから見ていた忍足は、に声を掛けるかどうか迷っていた。
長太郎と何を話していたのかがすごく気になるが、
といっていきなりその話題を振るのも、
普段と親しく話した事のない忍足には話すきっかけがなかった。
はそのまま昇降口を通り過ぎると図書館へ向かった。
忍足はに声を掛ける事は諦め、
なんとなくの後を追うように図書館へとゆっくり歩いた。
図書館に入るとが誰かのそばに立っている姿がチラリと目に入った。
忍足はゆっくりと窓側の書架の方へ身を隠すと、
本を探す振りをしながら、の背後へと近づいて行った。
と、そこで忍足はまたしても不思議な光景を目の当たりにする事になる。
なぜならそこには忍足のよく知っている顔があったからだ。
**********
「跡部君、おはよう。」
「ああ、か。」
「先に借りちゃってごめんね。
でもこの本、本当に面白かったわ。
跡部君がこういう本も読むんだって思ったら
何倍も楽しめたけど。」
「けっ、言いたいこと言いやがるな。
そういや、24日はほんとにいいのか?」
「ええ、大丈夫。
の頼みごとが跡部君がらみなんだもの、
断れないわね。」
「お前だって何か考えてるんじゃねーのか?
女っていうのはイベント事が好きだしな。」
「私?あんまり考えてないよ。
誕生日だって勇気でなかったし。」
「俺が間入ってもいいんだぜ。
ま、あいつは嫌がるだろうな。」
「うん、お気持ちだけいただくね。」
は本を跡部の前に置くと、はにかんだように笑いながら図書館から出て行った。
忍足はしばらく考えていたが、
今そこへ来たかのような振りをしながら跡部に話しかけた。
「なんや景ちゃん、朝早うからこんなとこおるなんて意外やな。」
「忍足、お前いつからそこにいたんだ?
つうか、その呼び方はやめろって言ってんだろうが。」
「今来たとこやで。
それにしても今出ていったん、うちのクラスの子やろ?
跡部もクリスマス前にお盛んなことやなあ。」
「お前な、変な勘ぐりはやめろよ。
はの友達ってだけだぜ。」
「へえ、それは知らんかったな。」
「お前、眼鏡に度を入れたほうがいいぜ。
の事、なんにも見てなさ過ぎだな。
ああ、お前ほんとに馬鹿だな。
ま、馬鹿につける薬はあいにく持ってないがな。」
跡部はニヤリと笑ったが、忍足は何も言い返せなかった。
忍足は同じクラスなのにの事をほとんど知らない。
別にそれはたいしたことではないと思う反面、
こうして自分の知らない所でテニス部のメンバーが
と親しそうに話してる姿を見るのはどうも気にくわない。
気にくわないと言えば、
教室内で忍足と偶然に目が合うとはいつも先に視線をはずしていたような気がする。
そうだ、あの視線。
それなのに、長太郎にも跡部にも、
自分には決して見せた事のない笑顔で話しているのが気にくわなかったのだ。
「なんや、アホらし。」
忍足はそう吐き捨てると跡部を残したまま、図書館を後にした。
「あん?そう言いながら、導火線に火は付いたんじゃねーのか?」
跡部は忍足の背中に向かって呟いていた。
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☆あとがき☆
クリスマスに向けてちょっと氷帝物にチャレンジ。
題材はもちろん、忍足のCD「て〜つなご。」。
♪思えばこの3年間 仲間たちと騒ぐ日々だった♪
そんな忍足がハッピークリスマスを迎えられるといいです。
結末がわかるだけに、過程を楽しめたらいいなあと、
大胆にも思ったわけで。
(あまりにも無謀すぎる気もします…。)
2004.12.5.