恋のキューピッド 4









 「僕が嘘をついてる?

  それとも越前?」


衝撃的な言葉には立ち竦むしかなかった。


不二が嘘を付いていないなら越前が嘘をついた事になる。

彼が不二の電話に出て電源を切った事になる。

 「リョーマが? そんな事を?」

不二の瞳に悲しい色が浮かんだ。

 「君は越前がそんな事はしそうにない、って思ったんだね?」

 「えっ? で、でも。」

 「いいんだ、君と越前の付き合いがどれ程長いのかなんて
  僕は知らない、いや、知りたくもなかった。
  僕が何を言っても君には届かないかもしれないけど
  越前にだって君の知らない面はあるんじゃないかな?」

不二が何を言ってるのかにはよく分からなかった。

けれどが越前の肩を持てば確実に
不二が嘘をついたと言っているようなものである。

 「不二君、あの・・・。」

 「ああ、ごめん。
  僕がこんな事言ったら僕の方が悪者になってしまうばかりだね。」

小さくため息をつくと不二は意を決したようにに向き直った。

 「きっとね、越前も僕と同じ気持ちなんだと分かってはいるんだけどね、
  どうしたって僕よりも1歩も2歩も先に行かれてる気がするから
  僕としても余裕がなかったって言うか。
  君が越前の事を呼び捨てにするのが気に食わなかったって
  要はそれだけの事なんだけど・・・。」

ごめん、と不二はまたに謝った。

 「僕、気になる子には意地悪したくなるタイプみたいだ。」

 「えっ?」

 「さんにはストレートじゃないと通じないみたいだね。
  僕はさんが好きなんだけど。」

 「ええっ?うそ?」

 「嘘じゃないよ。
  言っただろ?  僕は、君には嘘は言わない。」

 「あっ、ご、ごめん。
  そんなつもりじゃ・・・。」

真っ赤になって慌ててるに向かって不二は柔らかい笑みを見せた。

 「好きだからモーニングコールしたかった。
  越前が君の寝顔を見てるなんて許せないし。
  例え君が越前の好意に気付いてないとしても
  それに甘えてる越前が憎たらしかったしね。」

 「リョ、リョーマの好意って?」

 「それはさんが越前に確かめてみるしかないんじゃないかな?
  僕は先に宣戦布告した訳だから
  越前にもチャンスをあげなきゃね。」

呆然としてるを残して不二はくるりと背を向けた。

 「ふ、不二君、あの・・・。」

 「何?」

は不二に好きです、と伝えるべきなのか、
今、答えれば両思いになれるのか、と逡巡したが
なんだかそれを口に出すにはそぐわない様な空気に迷っていた。

不二が自分の事を好きだと言ってくれたのに
真っ直ぐにその気持ちに応えられないのは
不二の言葉を越前よりも信じ切れなかった事が災いしていた。

そのまま口を閉ざしてしまったに気付くと
不二は振り返る事無く最後にもう一言だけに向かって言った。

 「僕の言葉が信じられると思ったら
  その時に聞くよ。」

淡々とした口調がずしりとを打ちのめした。


不二の姿が見えなくなっても
は不二の後を追う事ができなかった。

好きな人に置いてきぼりを食わされて
胸が締め付けられるようだったけど
越前に確かめなければ、と挫けそうになる自分をやっと奮い立たせた。

今ならまだHRまでに時間がある。

は中等部を目指して走り出した。







     *******





 「リョーマ君、早くしないとHR始まっちゃう。」

同級生の竜崎乃に急かされて越前が部室を出ると
乃の後方から走り寄って来るに気付いて
越前は乃を通り越しての方へと歩き出していた。

 「リョーマ君?」

 「悪い、竜崎。先、行ってて。」

越前の声に乃はまじまじと近づいて来るを見ていた。

高等部の制服がとても大人っぽく見えた。

乃に気付いた相手が会釈をするものだから
乃も自然と頭を下げたが、越前の雰囲気が
どこかいつもと違う事に気付いてしまった。

乃は伏目がちに黙って部室を後にした。


 「どうしたの、?」

なかなか息を整えられないに越前が痺れを切らした。

 「今の、竜崎さん?」

は膝に手をつきながら深く深呼吸する。

そして振り乱れた髪を掬い上げるようにしながら身を起こすと
越前の訝しげな眼にかち合った。

 「何で竜崎の事、知ってんの?」

 「ううん、何となく、そうかなって。
  可愛い子だね?」

越前はそれには答えなかった。

 「で、何しに来たの?」

越前を真っ直ぐに見つめるの表情は
今まで見た事のないものだと越前は思った。

昨日まで見知った幼馴染は
まるで越前の知らない他人のように思えて
越前は焦る気持ちを隠す事もできなかった。

 「不二先輩に何か言われたんだ?」

 「不二君、今朝、電話したって言ったの。
  でも私の電話には着信履歴が残ってなかった。
  どうしてだろう、って。」

 「不二先輩は俺のせいだって言ったんだ?」

は瞬きもしないで越前を見つめた。

 「不二君は、自分の言葉とリョーマの言葉と
  どっちを信じるか、って言っただけ。」

 「ふーん、じゃあ、良かったじゃん。」

 「良くないわ。
  私、リョーマが携帯の電源切ったなんて
  そんな事するはずないって、そう思った。」

 「えっ?」

 「ねえ、何で嘘をついたの?
  不二君との事、応援してくれるって言ったじゃない。」

込み上げてくる涙がはらりと落ちると
は越前から視線を落としてしまった。

越前は急に取り返しのつかない事をしてしまったのかと
思わずの肩を両手で掴むと俯いているの顔を覗き込んだ。

 「ごめん、
  でも、俺が本当の事言ったら、
  俺のものでいてくれた?」

 「リョーマ?」

 「俺、の事、好きなんだ。
  ずっとずっと大事に思ってた。
  だから不二先輩に取られたくなかった。
  悪あがきだって思ったけど、それでも
  が俺から離れて行ってしまうのは我慢できなかった。」

 「リョーマの事、嫌いになんて、なるはずないじゃない。」

 「でもには俺を選んでもらいたかった。」

 「私、リョーマの事、好きだよ?」

 「うん、分かってる。」

ぶっきら棒に吐き捨てるように越前は答えた。

 「の好きと俺の好きは同じじゃないって事も。」

越前の言葉には返す言葉が見当たらなかった。

それは歴然とした事実だった。

越前は大事な家族の一員だ。

今までもこれからも。

きっと何があっても、普段は特別その存在を感じなくても
離れる事無くその隣で同じ空気を吸う存在だと思う。

きっと欠けてしまえば寂しくなる。

けれどそれは不二に対する好きの気持ちとは一緒ではない。

 「リョーマ・・・。」

 「あーあ、相手が不二先輩じゃなかったら  
  引き下がらないんだけど。」

 「リョーマ!」

 「まあいいんじゃない?
  ぼうっとしてるにはちょうどいいかもね。」

の頬を両手で軽くきゅっとつねって、
まるで夢のような出来事が
ちゃんと現実である事を教えてくれるかのようだったけど
痛いものは痛いからは思わず自分の手で両頬を隠した。

 「リョーマの意地悪!」

 「言っとくけど、不二先輩だって
  俺と似たようなもんだからね?」

そう言い残して越前は中等部の校舎の方へ走り去ってしまった。


  




       ********






あれからは不二に話しかける事ができなかった。

不二はいつも通りに見えたけど
モーニングコールもなかったし昼食を誘われる事もなかった。

不二の姿を目で追えば
ふっと視線が合って笑い掛けてくれる事はあったけど
不二の方から話しかけてはもらえなかった。

好きだと言ってくれたのに。

何となく腑に落ちない思いで居心地が悪い。

恐らくはから言い出さなければ何も進展しないと分かってはいたけど
どうしてもきっかけが見つからなかった。

そんなもどかしいの様子に菊丸もやきもきしていた。

何で不二が助け舟を出してやらないのか
不二に何か言ってやろうかと思ったけど
素直に菊丸の言葉に従うとは思えなかった。

それはもう長年の付き合いから憶測するだけだけど。


だからおせっかいだとは思ったけど
見ていられない状況を我慢して見る事が苦手な菊丸は
仕方なく不二が教室にいない時を見計らってに声を掛けた。

 「さん。」

 「何?」

 「不二が告白したと思ったんだけど違った?」

菊丸の言葉が予想できなかったらしく
の驚きようは半端じゃなかった。

 「ふ、不二君が言ったの?」

咳き込むように問い返すに菊丸は苦笑した。

 「言わないけど。
  さんも不二の事、好きなんだよね?」

 「えっ、何で?」

 「だって分かるよ、そんなの。」

いとも簡単にそう言われて
自分はそんなに顔に出ていたかと恥ずかしくなった。

 「何を悩んでるのかな?
  悩む必要なんてないんじゃない?
  さんの返事、不二は待ってるんだと思うよ?」

待ってる、と言われても、はいそうですか、と
動けないのがなのだ。

心強い味方だと思っていた越前にはもう頭を下げたって協力はしてもらえない。

いじいじとが俯いてしまうと頭上から大きなため息が降って来た。

 「あのさ、今度の土曜日に校内試合あるからさ、
  テニス見においでよ?」

 「試合?」

 「うん。さんが見に来れば
  不二の方からきっと声掛けてくれると思うからさ。
  俺がお膳立てできるのはこれ位だけどさ。
  後はさんが頑張ってよね。」

顔を上げれば菊丸はもう自分の席へと行ってしまっていた。

はいよいよ覚悟を決めるしかないと自分に言い聞かせるのだった。











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