恋のキューピッド 5
「あれっ、リョーマ?」
玄関でばったりテニスウェア姿のリョーマとかち合った。
「、出かけるの?」
「うん。
リョーマは?試合?
珍しいね、こんなにゆっくり出るなんて。」
休みの日に遠征試合があるのは珍しい事ではなかったけど
そういう日にはいつも朝早く出かけるのが常だったから
今日ももう出掛けているのかと思っていた。
は眩しそうにリョーマを見上げる。
いつも思うけど、テニスバックを肩に担いでいる姿は
とてもかっこいいと思う。
それは自分が好きな人もテニスをしているせいかもしれない。
「今日は青学で試合なんだよね。
そっちこそ、どこに出かけるの?」
「えっ? うん、私もちょっと学校に用事があって。」
「へぇ。」
リョーマはの私服姿をじっと見つめてきた。
いつもより何倍も気合を入れてる様にリョーマの眉間に皺が寄る。
「な、何よ?
どっか変?」
「別に。
それより途中まで一緒に行く?」
越前はラケットバックを担ぎ直すとと連れ立って歩き出した。
そう言えばここの所一緒に出歩く事もなかった。
「ね、リョーマは将来プロになるの?」
「何で?」
「だって、南次郎おじさんが果たせなかった事
リョーマが叶えるんでしょ?」
「あの人、果たせなかったんじゃなくて
途中で止めただけだから。
できるのにしなかっただけだから。」
「そうなの?」
「ま、どっちにしたって俺は親父を超えるけどね。」
「リョーマならできるよ。
私、応援するからね。」
の言葉にリョーマは投げやりな視線を寄越した。
「それ、本気で言ってる?」
「えっ?もちろんだよ。」
「親父越える前に、手塚部長や不二先輩を超えなきゃいけないんだからね。」
「そ、そういう事になるのかな?」
「俺が不二先輩と対戦しても応援してくれるの?」
越前の言葉にはっと息を呑むを
越前は呆れた表情ではっきりと分かるようにため息をついた。
「別に俺はいいけどね。」
黙り込むの手を取ると越前は中等部を通り越して
高等部の正門を目指して歩き出した。
「ちょっと、リョーマ、どこに行くの?」
「、不二先輩の試合見に来たんだろ?」
「えっ?」
「誤魔化す事ないじゃん。
今日は中等部と高等部の対抗試合なんだから。」
「うそ? えっ?
ま、待って!?」
越前の手を引っ張るもびくともしない。
は悪あがきのように駄々を捏ねてテニスコートに連れて行かれるのを
必死で思い止まらせようとした。
けれど越前は痛いくらい手を引っ張る。
その手を振り解こうにも越前の真剣な眼差しに
本気でをテニスコートまで引き摺って行きそうだ。
覚悟をして不二の応援に来たつもりだったのに
越前に手を取られてコートに来たなんて不二に見られたら
今度こそ不二に愛想を尽かれそうで嫌だった。
それなのに!?
「越前、何やってるの?」
「ちーッス。」
「さん、とても嫌がってるみたいだけど?」
「不二君!?」
「、往生際が悪いから。
不二先輩の前でハッキリさせようかと思って。」
は思わず俯いてしまった。
またやってしまった。
逃げてはいけない場面ではまた逃げ腰になった。
そう思っても不二の顔を見ることができなかった。
「今日のシングルス2、俺と不二先輩の試合でしたよね?」
「そうみたいだね。」
「で、はどっちの応援してくれるの?」
まさか今日の試合で二人が対決するとは思ってもみなかった。
は越前の問いに答えを持っていなかった。
「が応援してくれたら俺、勝つよ。
それとも俺に負けて欲しい?」
押し黙ったままのを越前は乱暴に引き寄せた。
いつにもまして意地悪な越前にの視界がぼやける。
越前に負けて欲しいなんて思う訳がない。
でもそれを言ってしまったら
不二に誤解されそうで言えない。
だからと言って不二が負けるなんて信じたくもない。
いつの間にか頬を伝う涙が止めどもなくて、
けれど何が悲しいのか分からなくて言葉もない。
そうしたらの手を握っていた越前の手首に
別の手が伸びてきた。
越前の手が離れるのと同時に風が動いて
の視界に陰が差した。
「そのくらいにしたら?
越前も大概意地悪だね。」
自分を包む体に不二の声が振動として伝わってくる。
はようやく不二に抱きしめられてる事に気がついた。
「そう言う不二先輩もでしょ?」
「さんを泣かせてるのは越前だと思うけど。」
「が煮え切らないからじゃん。」
「そんな簡単な事じゃないからね。
もしさんが俺の応援をするって言ったら
越前、君は負けてくれるの?」
「まさか。俺がわざと負ける訳ないじゃん。」
「僕もだよ。
さんが越前の応援をしても僕だって君には負けない。
むしろ全力で潰すけどね。」
不二は越前に対して意味ありげに笑った。
「僕はね、どちらも切り捨てる事ができないさんだからこそ
好きになったんだと思うよ。
もちろん、君には妬けるよ?
僕がどんなに頑張ったって今は君のポジションにはなれない。
でも君だってそうだろ?」
「余裕ッスね?」
「そんな事はないけどね。
これ以上さんを悩ませたくないだけ。
こんな関係もある意味スリリングで退屈しなさそうだしね。」
「だから不二先輩は苦手なんだ。
まあ後悔しないでくださいね、
俺は諦めた訳じゃないから、手加減はしないッス。」
「もちろんだよ。」
耳を澄ませば越前が立ち去っていくのが直感的に分かった。
それと同時に不二の束縛が解かれ
顔を動かせば不二のジャージにの涙のシミが見てとれた。
は慌てて目の淵に未だ溜まっている涙を拭くと
そのジャージのシミにそっと手を伸ばした。
「ごめんね、不二君。」
申し訳なく思ってそう呟けば不二の軽いため息が漏れた。
「ここで謝られると僕は何て答えて良いか分からないな。」
「えっ? あっ、えっと・・・。」
「さんの気持ち、聞いてもいいかな?」
自分の涙を吸い取ってくれた不二のジャージ。
の全てを分かってくれてなお包み込もうとする不二が
とても大きく頼もしく見える。
「私、リョーマも好きだし、不二君の事も好き。
でも私の好きが不二君の好きと一緒ならいいなって・・・。」
「同じだよ、きっと。」
不二が優しくの手を握ってくれた。
「だけど僕はもっと君を好きになる。
そして今よりもっと君に好きになってもらいたいって思う。
そんな僕だけど、いいかな?」
コクリと頷けば不二が屈んでの顔を覗き込んで来た。
至近距離で出会う目と目。
不二の口元がありがとうと形作った気がしたけど
その後の事は何も覚えてなくて、
ただ唇に残った感触には真っ赤になって横を向いた。
不二先輩だって俺と同じようなもんだからね
そんなリョーマの言葉が不意に蘇って
幼馴染の挑発のたび、このヤキモチ妬きの彼氏が
不意に仕掛けて来るちょっとした意地悪に
この先何年も翻弄される事になるとはは思いもしなかったのである。
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☆あとがき☆
やっと終わった〜!^^
2011.3.8.