恋のキューピッド 3
何度も何度も眺めた携帯はいつもと変わらない。
交換して増えたナンバーに頬が緩むのを隠せないけれど
朝にならなければ好きな人の声は聞けないのだから、と
は早めに自室にこもった。
けれどもなかなか寝付けない。
リョーマにはあの後どうなったとしつこく聞かれたが
は適当に誤魔化した。
と言っても長年の付き合いからか、
リョーマの疑り深そうな目は納得していないかのようだったけど。
「で、進展あったの?」
「進展って・・・。」
「どうせの事だから、何も言えなかったんじゃない?」
「どうせって何よ?」
「じゃあ、告白できたの?」
「で、できる訳ないじゃない!
大体、話ができただけでいいんだもん。」
「へぇ〜、そんなんでいいんだ?
ま、不二先輩が好きなんて、にはハードルが高すぎるんじゃない?
不二先輩、モテルから、上手く行くとは全然思えないけど。」
協力してくれるって言った割りにリョーマは言いたい事を言ってくれる。
だってすんなり思いが通じて上手く行くなんて思ってないけれど
せっかく同じクラスになれたのだから、
もっと仲良くなりたいと思うのはそんなに高望みな事ではないと思う。
「リョーマの意地悪!
大体私の寝起きの悪さの話なんてしないでよ。」
「何言ってんの?
本当の話じゃん。
俺に起こしてもらわなきゃ遅刻するくせに。」
「そんな事ないもん!
明日は起こさなくて良いからね。」
威勢よく啖呵を切ってあっかんべーをしてみる。
リョーマは不機嫌そうに眉を顰めただけだった。
布団の中でそんな事を思い出しながら
はゆっくりと目を閉じた。
枕元の携帯をまるでお守りのように握り締めながら。
********
「もしもし?」
幾度となく繰り返すコール音に
なかなか起きれないであろう携帯の向こう側の人を想像していた不二は
やがて聞こえてきた声に憮然と答えた。
「これ、さんの携帯だよね?」
「ちーっス。」
「何で越前が出るの?」
イラッとした口調に越前が笑ったのが分かった。
「言ったでしょ?
の寝起きは半端ないって。
こんなモーニングコールじゃ起きませんよ?」
「だからって何でこの携帯に君が出るの?」
「、起こすのは俺の役目なんですけど、不二先輩?」
「どういう事かな?」
不二は荒げたい声を抑えるように尋ねた。
「不二先輩こそ、どういうつもり何スか?」
「どういうつもりって?」
「にちょっかい出して欲しくないんスけど。」
「越前こそ。
今になって惜しくなるなんて都合が良すぎるよ。
こんな事をしたって無駄だと思うけどね。
悪いけどさんに代わってくれるかな?」
「先輩、俺、以外には優しくないんで。」
不二の耳元で無常にも携帯は切られてしまった。
不二は呆れながらリダイヤルをしたが
の携帯はすでに電源を切られてしまった後だった。
の携帯を枕元に戻そうとすると
その気配にがゆっくりとその目を開いた。
越前はたじろぐ事無くのベッドの端に腰を下ろした。
「リョーマ?」
「おはよ。」
「おはよ。・・・って?」
がばっと飛び起きて慌ててが携帯を手に取る。
「えっ? 何、これ?」
目をこすりながら真っ黒な液晶画面を見ている。
「あれっ、私、電源、切ってた?」
「、どうかした?」
越前の言葉に慌てて携帯を閉じるが可愛くて
思わず笑みが漏れそうになるのをやっと堪えながら
越前はの手の中にある携帯を素早く抜き取った。
「あっ、リョーマ、ちょっと!?」
「ああ、充電が切れたんだよ、これ。」
上手く働かない頭を振っているに
越前はクスリと笑いかけた。
「充電してやっておくから
は着替えた方がいいんじゃない?」
「リョーマ?」
「早くしたら?
時間なくなるよ?」
の部屋から出ると越前はの携帯の電源をつけた。
そこには不二のややぼけた横顔が映し出されていた。
が一生懸命本人に分からぬように隠し撮りしたのだろう。
しばらくそれを眺めていた越前は
不二からの着信履歴だけを迷う事無く消し去った。
******
は学校までの道のりを重い足取りで歩いていた。
何度見直しても不二からの着信履歴がなかった。
モーニングコールを聞き逃していたのではと思っていた。
目覚ましの音だっていつの間にか消して二度寝する事なんて
一度や二度ではなかったから、多分不二からのモーニングコールも
途中で自分が無意識に止めてしまったのだろう、という事ならまだ分かる。
電源まで落としてしまうなんてそれはそれで自分が信じられないけど、
全く有り得ないとも言えない行為なだけに着信がなかったとなれば
は自分が不二にからかわれたのかと思うしかなかった。
片思いの不二に声をかけられ有頂天になっていた昨日を
思い出すだけで情けなくなった。
不意に越前の言葉が脳裏をよぎった。
不二先輩ってモテルから
誰にでも優しい事すぐ言うから
なんて本気で相手にされる訳ないじゃん
越前の協力を持ってしても
青学一の人気者には手が届かないに違いない。
は携帯を鞄にしまうと暗い気持ちで校門をくぐった。
あと少しで昇降口という所で
前を歩く菊丸と不二の背中に気付いた。
途端に動かなくなる足。
とても昇降口で一緒になる訳には行かない。
は苦しくなる胸を押さえるようにして踵を返すと
今来たばかりの道を走り出した。
「あれっ?
どこ行くんだろ?」
靴箱から上靴を取り出しながら菊丸が外を見つめたまま声を上げた。
「何?」
「今、さんだった。」
「どこ?」
不二は菊丸の視線を辿ってガラス戸の向こうを見たが
の姿を視野に入れる事はできなかった。
「そこにいたのに、戻って行ったよ?」
「ほんとにさんだった?」
「俺の動体視力、疑う?」
「まさか。」
不二は開けた靴箱を閉じると菊丸に自身の鞄を預けた。
「ちょっと行って来る。」
「ねえ、不二。」
呼び止める菊丸に不二はクスリと笑った。
「分かってる。
僕も気になってる。」
「不二も、ってどういう意味?」
「越前以上にね。」
「そっか、じゃあ、俺からも。」
「何?英二も?」
菊丸は慌てて顔の前で手を振る。
「違うよ。
さんは越前の事は全然気にしてない、って事。
多分、さんは不二の事、気にしてる。」
「えっ?」
「俺の直感、信じない?」
悪戯っぽい目に不二はまいったなと息を吐くと
昇降口を飛び出した。
********
校門へと走り出したが登校する他の生徒の目に
奇異に映るのは彼らの視線で手に取るように分かった。
どちらにしても行く当てなんかなかったから
息が続かなくなるとは道を外れて
人の目を避けるように中庭の中を歩いた。
歩きながらもこの事態の収拾をどうつければ良いのか
全く分からなかった。
失恋なんかじゃない、と思うようにしても
心は全く晴れない。
クラスが同じなのだから顔を合わさないようになんて
できるはずもない。
たったあれだけの事で逃げ出すなんて、と思わなくもないけど
期待が大きかっただけに落差も激しく感じるのだと思った。
「さん。」
不意に現れた不二の姿には声も出ない。
どうして?何で?
そんな気持ちばかりが溢れて返事もできない。
「待って。話があるんだけど。」
の戸惑いの表情に不二は言葉を切った。
ゆっくりと近寄ればそれでもは不二が近づいて来るのを待っていた。
言葉を掛けられればそれを振り切るなんて事はにはできないのだ。
「今から僕が言う事を信じるも信じないも君に任せる。」
奇妙な物言いには身を強張らせた。
「僕はさんに決して嘘は言わない。」
「・・・。」
「昨日、僕は君にモーニングコールするって言ったよね?」
モーニングコールという言葉にぎくりとするも
は小さく頷いた。
「だから、僕は今朝、君に電話した。」
大きく目を見張るの表情に不二はやっぱり、とため息をついた。
「僕の電話に出たのは越前だった。」
「えっ?でも、着信履歴はなかったけど。」
僅かに不二から視線を外しながらが小さく呟いた。
「そう・・・。
僕からの着信履歴はなかったんだね?」
不二はゆっくりと鸚鵡返しに聞いた。
「それがどういう事か分かる?
越前が僕からの着信履歴を消したって、
そう思わない?」
「う・・・そ?」
「僕が嘘をついてる?
それとも越前?」
不二の真っ直ぐな視線と畳み掛ける言葉には困惑するばかりだった。
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