恋のキューピッド






昼休みの喧騒に混じって聞き覚えのある声が教室内に響いて
は何とも言えない表情で顔を上げた。


 「!」

戸口に立っているのは中等部の制服を着た顔馴染み。

は反射的に見なかった振りをする。

 「!!!!」

もう一度大きな声で呼ばれてしぶしぶと動き出そうとすれば
なぜだかクラスメートの菊丸がよりも早く戸口にいる後輩に声を掛けていた。


 「あっれー、越前じゃん。
  お前、何しにこんなとこまで来てんだよぉ?」

 「ちーっス。
  つか、俺、に用があるんスけど。」

 「?」

きょとんとする背中から菊丸の困惑振りが分かってしまう。

シラを切り通せるとは思わないけど
菊丸を盾にしても何の効力もない事くらいすぐに分かる。

は仕方なく菊丸の脇からそっと顔を覗かせた。

 「何、リョーマ・・・君。」

 「何、それ。
  いつも通り、呼び捨てでいいよ、。」

ニヤニヤするリョーマを睨みつけるけど効き目は全くなくて、
その代わりに菊丸が驚きの眼差しをに向けた。

 「何、何。
  って越前と知り合いだったの?」

 「えっ、う、うん、まあ。」

 「俺たち、同棲中っス!」

 「ば、ばか。
  何て事言うのよ!!」

 「だって同じ屋根の下で暮らしてるじゃん。」

 「えっ?それほんと?」

 「ち、違います!!」

菊丸の素っ頓狂な声にクラス中の視線が集中した気がして
は思わずリョーマの体を廊下へと押し出した。

 「?」

 「あー、菊丸君は気にしないで。
  全然ホントの事じゃないんだから!」

は好奇心の塊のような菊丸の鼻先でドアを閉めた。

生意気なリョーマを見下ろしたい気分だけど
実際はすでにリョーマの方がよりも背が高くなっていて
その事だけでもには彼に勝てないような気がした。

 「そういう収拾の付け方、止めなよ。」

 「えっ?」

 「余計詮索されるよ?」

 「よ、よく言うわよ!
  リョーマが悪いんでしょ?
  大体何しにここまで来たのよ?」

 「ほんと、可愛くないよね、は。
  俺がわざわざの忘れて行った弁当、持って来てあげたのにさ。」

わざわざと言う言葉に力を混めながら
リョーマはの目の前にピンク色の弁当箱を突きつけて来た。

 「あっ。」

 「わかった?
  母さんが作った弁当、無駄にする気?」

は今初めて気付いた失態に肩を落とした。

 「ご、ごめん。」

 「こういう時に言う言葉、違うんじゃない?」

お弁当を受け取ろうと両手を差し出すのに
リョーマはひょいと弁当箱をの手より高く持ち上げる。

意地悪そうな笑みにはむっとするが
こんな所でいつまでも茶番劇に付き合う気はない。

 「分かりました。
  言えばいいんでしょ?
  ありがとうございました。」

 「心がこもってないよ、。」

 「ぜ、贅沢言うな!」

 「ふーん、ネコかぶっててもいつまで持つかな?」

 「はぁ?」

人が下出に出れば付け上がる、
この忌々しい後輩の喉元を締め上げてやろうかと思う位
ぎゅっと拳を握り締めてきっと見返してやったら
頭の後ろから爽やかに響き渡る声がした。

もうそれは全身の毛穴が開ききってしまう程の衝撃で
思わず息もできなくなる。

 「珍しいね、越前が高等部にいるなんて。」

 「ちーっス。」

目の前のリョーマの目が笑ってる。

だけど振り返るなんてできそうになくて
戸惑いの表情でただただはリョーマの顔を凝視していた。

 「何か用?」

用?ってさり気なく聞きながらきっとリョーマの手の中の
彼には不似合いな弁当包みを不思議そうに見ているんだろうと思った。

ここでリョーマがまたあらぬ事を言い出せば
それを取り繕う醜態なんて晒せる筈もない。

は懇願するような目でリョーマに
余計な事は言うなと念を込める。

 「ああ、別に先輩たちに会いに来た訳じゃないっス。」

 「そのようだね?
  もの凄く興味深い光景だよ。」

不二の言葉にの顔から見る見る血の気が引いていく。

できるものならば意識を失って何も感じなくなればいい。

そんな事を思うけどこの先リョーマが不二に何を言い出すか
たまったものではないから、心拍数の上がった胸をぎゅっと押さえるようにして
はかろうじて倒れないように足に力を込めた。

 「へぇ、不二先輩が興味持ったのはこの弁当っスか?」

 「変な事聞くね、越前。
  何かしらの理由があるから君がそれを持って来てあげたんだろ?
  僕が興味深いって言ったのは
  何で越前がの事、馴れ馴れしく名前呼びしてるのかなってとこだけど。」
  
何だかもの凄く気恥ずかしい。

確かに今までリョーマがに会いに来た事なんてなかったし
とてリョーマと親しい間柄等という事は誰にも話してはいなかった。

だからリョーマの突然の来訪と同時に
余りにもうざいくらい、と連呼するから余計に目立つのだ。

と言ってもリョーマがわざとやっている事だとは知っているから
黙り込んだまま俯くしかない。

リョーマはやれやれという呆れた表情でを一瞥すると
の弁当を不二の前に突き出した。

 「馴れ馴れしくって酷いっスね、先輩。
  俺たち、子供の頃からの腐れ縁なんで名前呼びは普通なんスけど?
  でもま、いい加減ウジウジしてる
  俺なりのエールを送ってやろうかなって・・・。」

 「越前?」

 「知ってます、不二先輩?
  の寝起きなんて見れたもんじゃないんスよ?
  朝は超不機嫌だし。
  弁当だって自分で作るなんて言いながら
  未だに早起きできなくて・・・。」

 「リョーマ!!」

何でそんな事を暴露するのよ、と涙目で迫ったら
リョーマは弁当を不二に押し付けると
いち早く後ろに飛びのいた。

 「まあ、良かったんじゃない、
  不二先輩、もの凄く俺の事敵視してるけど?
  ちゃんと取りなしてよね!」

意地悪い笑みだけ残してリョーマが去ってしまうと
途端に今のこの状況には押しつぶされそうになった。

何もこんな形で言い逃げしないで欲しい。

片思いの不二にどう取りなせと言うのだろう。

それができたらあの時、リョーマに携帯の待ち受けを冷やかされても
堂々としていられたはずだ。

そばにいるのにどんな顔でどんな声で話しかければ良いのかさえ
全く分からない。



 「越前には困ったものだね。」

落ち着いた声はいつもの不二だ。

自分と不二はただのクラスメート。

その距離だけは不変なんだと思うと安堵した気持ちにもなる。

ここは不二に合わせてクラスメートらしく
オープンにぶっちゃけるスタンスを取れば良いのだろうと思う。

 「そ、そうなのよ。
  ほんとリョーマには昔から頭が上がらなくて。」

 「昔からって?」

 「実はね、私の親とリョーマの親が
  私たちが生まれる前から仲が良くてね。
  アメリカ在住の時もずっと家が近くて。」

 「そうなんだ。」

 「日本に来てからは学校が違っちゃったけど
  ついこの間、うちの両親がまた渡米しちゃって。
  で、しばらくはリョーマのうちで厄介になればって・・・、
  うちの親ってもう全然脳天気で困るんだけど。
  でもおじさんもおばさんも本当の親戚みたいな感じでね。」

 「それでお弁当も?」

 「居候としてはちゃんと早起きして自分の分くらい
  作ろうとは思うんだけど、私、本当に朝が苦手で・・・。」


頭の中でシミュレーションすれば、
案外上手く行くような気がして。

いざ目の前の不二にリョーマとの事を話そうと視線を上げれば
不二は思いの外、眉間に皺が寄るほど難しい表情を浮かべていた。







Next

Back