彼の本気を疑うな









 「いい加減諦めたら?」


目の前に立ちはだかる、学園一笑顔のさわやかな男が
その特技をこれ以上ないくらい披露している様は
そりゃあ、この笑顔が自分だけに向けられているとわかっていても
周りがその笑顔に反応している様を見るのは気分がよくない。

今までなら胡散臭いと跳ね除けていたその笑顔に
今はすっかり毒されている、とはため息をついた。

 「とっくに諦めてるんだけど?」

 「そうかな?」

そうやってまたにっこりと微笑まれてしまえばとて何も言えなくなる。

それでもまだ自分が彼の思い通りにしなければ
たとえ公衆の面前だろうとと手を繋ぐのなんて造作もないこと、
隙あらば肩に手をかける、腰に手を回す、彼の密着攻撃の前では
抵抗という言葉は無きにしも非ず。

両思いになったのだから多少のスキンシップは大目に見なければとは思うのだけど
不二の場合、その加減の度合いが彼の感情のままに果てしなくオープンで、
いつも彼に押し切られるのはなんとなく腑に落ちない。

加えて、そんな風にラブラブな格好を見せ付けているにもかかわらず
どうして周りの女子たちはそれでもにこやかな不二と目が合うと
みんなそれが自分に向けられた好意だと思ってしまうのか、
が彼女だという確固たる事実が存在しても
周りはその事実を断固として拒否してるかのような扱いは
やはり自分が彼女という意識を持ち始めてくると少し解せない気分になる。

不二が人気者なのだから仕方ない。

仕方ないけど腑に落ちない。

そのもやもやした、堂々巡りな気持ちをは自分の中で消化できずにいた。


 「じゃあ、呼んでみてよ?」

 「うっ/////」


不二は随分前から自分の事をと呼び捨てにしていた。

それは付き合う前から小憎らしい不二の、尊大な雰囲気がいまだ抜けきらないにとっては、
自分だけを名前呼びしてるという恋人同士の特別な感情が
にはいまひとつ根付いてなくて、そこに嬉しいという乙女モードは皆無だった。

 「は僕にって呼ばれて嬉しくないの?」

 「嬉しい、かな?」

 「なんで疑問系なの?」

 「だって名前って呼ばれるためにあるんだし、
  苗字でも名前でもあんまり変わらないと思うし。」

 「だったら尚更僕の事も名前で呼ぶなんて容易い事じゃない?」


理屈で言えばそうなる。

だけど、今まで不二君と呼んでいた自分が突然、周助と呼ぶのにはどうしても抵抗がある。

 「別に名前で呼ばなくったって…。」

 「僕は名前で呼ばれたい。」

 「でも…。」

 「付き合いの長さには関係ないでしょ?」

不二はやんわりと言うものの、段々不機嫌になってくる。

このさわやかな笑顔を持つ不二は
意外にも温厚な性格でないとは十分知っている。

イライラしたように不二がの腰を乱暴に引き寄せ
これが最後通達だと言わんばかりに顔を近づけて囁く。


 「ねえ、僕の事を特別だと思ってくれてるんでしょ?」

 「ま、まあ…ね。」

 「僕は特別だと思ってるよ、
  だから、ね?」

この脅迫めいた雰囲気に泣きそうになる。

本当はやっぱり苛めて楽しんでるだけなんじゃないだろうか?と疑う気持ちも
未だに捨てきれない。

 「ほら?」

 「えっ、いや、あの…。」

言葉を濁し、俯くに今日何度目かのため息がまた聞こえてきた。

そして不二はの腰に回していた手をすっと離すと
突き放すようについとの体を押しやった。

とうとう不二を怒らせてしまったかとが焦ると
不二はもうどうでもいいという冷めた目をしていた。

 「そんなに嫌なら、もういいよ。」

 「不二君?」

 「は全然分かってないね。」


不二の事を名前呼びするのが嫌だと言ってる訳ではない。

単に気恥ずかしい、それを強要して欲しくない、そう思うだけなのに
そこまで不機嫌な顔を見せられると、自分ばかりが悪い子のように思えて情けなくなる。

と同時に、こんなつまらない事で情けなくなる自分が自分らしくなくて
無性に腹も立ってくる。

自分が好きな時は人の都合なんて全く省みずにベタベタして来るくせに、
なんでもう少し自分に対して不二は優しく接してくれないのだろう。

不二の突き放した態度と言葉はどう考えても恋人に対する思いやりに
欠けているように思える。


 「分かってないのは不二君の方だと思う。」

ぎゅっと握り締めた拳は力が入りすぎて白っぽくなっている。

 「どこが?どの辺が?」

 「そういう所!」

ますます険悪になって不二が顔を顰めてついにはに背を向けてしまった。

 「もう、いいよ。」


休み時間の終わるチャイムの音では我に返った。

何がもういいのか、考える気力も残っていなくて
このまましばらく不二とは距離を置く方がいいのだろうと
不二の背中を見つめながらぼんやり思った。








        ********








 「?」

あれから数日経って、は平穏な日を送ってるつもりでいた。

不二とはクラスが離れているから、こういう気まずい時は本当にありがたい。

時間が経ってしまうと、それ程酷い喧嘩をしたような気もしていなくて、
だから謝る程のことは何もなかったんだと思えて、
それからそのままにしていたら、不二とは一言もしゃべっていない事に気づく。

放って置いたのは自分だけど、放って置かれているのも事実。

平穏と頭の片隅でその漢字を思い浮かべながら
あまりの色のない毎日に退屈してる自分に、かえって勉強もはかどらない。


 「ったら!」

何度目かのイラついた親友の声にやっとの方に顔を向けた。

 「何?」

 「何?じゃないわよ。
  あんたたち、どうなっちゃった訳?」

 「えっ?」

 「もう別れちゃったの?」


誰と誰の話をしているのか、ときょとんとした表情を浮かべれば
は半分怒った顔での両肩を掴むとわさわさと揺さぶって来た。


 「ちょ、ちょっと、ったら!」

 「あんたと不二君の事でしょうが!?
  その自覚のなさは何なのよ?
  呆れて物も言えない、って思ってるんだけど、
  気になって仕方ないんだから仕様がないでしょ?」

訳のわからない事を叫ばれてどうにもこうにも言葉も出ない。
  
 「ねえ、本当にどうなってるの?
  別れたって本当なの?
  あちこちで噂になってるんだけど?」

噂ってどんな噂なんだろうとはため息をついた。

付き合いだした頃だって自分は全然彼女として見て貰えてなかったと言うのに
別れたという噂がこの上自分にどんな立場を与えてくれているというのだろう?

 「不二君は…
  どう思ってるんだろう?」

ぽつりと呟くとは呆れたようにの前の席に座り直した。

 「はいいの?
  せっかく片思いが実ったんでしょ?
  不二君のこと、好きなんでしょ?」

 「さあ、どうだろう?」

 「はあ?そんな戯言が私に通用すると思ってんの?
  どう見たってお互い好き同士でしょ?」

 「だって不二君は人気者だし。
  私、不二君の彼女って周りに思われてないみたいだし。
  不二君、他の人には優しいのに、私には全然優しくないし。
  不二君、本当に私の事、好きなのかな…って。」

の言葉には心底嫌そうな顔をした。

 「不二君が人気者なのは大前提でしょ?
  は不二君じゃなくてみんなに認められたいの?
  不二君が女の子に優しいのは上辺ばっかりじゃん。
  あんな社交辞令が欲しいなら付き合う必要なんてないんじゃない?」

 「ったらいつから不二君の味方になったの?」

 「私はいつだっての味方のつもりだよ?
  でもね、不二君と別れたっていう噂が出た途端、
  宛の手紙を託された私の身にもなってよ!」

は本当に怒っていたようで、
スカートのポケットからくしゃくしゃになった手紙の束を出すと
机の上にぞんざいに投げ落とした。

 「いつもなら不二君に何とかしてもらってたんだけど…。」

 「えっ?」

 「いつもね…不二君に渡せば捻り潰してくれてたのよ。
  の目に触れさせるのも嫌だって言ってさ。
  男は自分が出て行けばみんな引き下がるけど
  女の子たちはだめだって言ってた。」

は手紙の束に視線を移したまま黙り込んでしまったを見て
やれやれと苦笑する。

 「不二君がベタベタしてるのはさ、牽制してるんだよね。
  は僕の物だって。
  あれ見せ付けられると、結構男子は凹んでるみたいでさ。
  それなのにって迷惑そうな顔をしてるじゃない?
  それって、女子は敏感に察知してるよね〜?
  不二君とって上手く行ってない、とか、が本気じゃない、とかさ。
  私からしてみれば、の方がよっぽど不二君に対して冷たいよ。
  不二君、可愛そう。」

不二君は可愛そうで私はそうは見えないんだ、とばかばかしい事を思った。

自分も素直じゃないけど、不二も素直じゃない事なんて百も承知だったのに。

 「私、思うんだけどさ、不二君ってと一緒だとなんか違うよね?
  びっくりするくらい大きな声で笑ったり、むきになってと言い争ったり、
  意地悪な事言ってわざとを困らせたりしてて、
  それが不二君らしくないんだけど、そのらしさってみんなが思ってる不二君像で、
  ほんとはといる時に見せる顔が素でさ、
  もしかして本当の不二君って全然スマートじゃないんだろうなって思う。」

 「なんだかなぁ〜。
  の方が不二君の事、凄く分かってるんだね。」

の眉間の皺に気がついてはクスクス笑い出す。

 「そうかもね。
  だって私、しょっちゅう不二君に睨まれてるもん。」

 「えっ?」

 「お昼時になると不二君、1組の前を通るんだよ?
  私とがお弁当開いてるとね、必ず不機嫌な顔をして廊下から私を睨むの。
  あれ、きっとと一緒に食べたいんだろうなって。
  不二君がヤキモチ焼いてるって可笑しくて
  私も意地悪だから気づかない振りしてたけど。」

 「ほんと?」

 「うん。
  大体も鈍いよね、頭いいくせに。
  彼女に見てもらえないって思うんだったら、もう少し彼女らしい事すればいいのに。」

何だか嫌味の篭もった、頭いいくせに という言葉は余計だと思いながら
はたとえば、どんな事?とに尋ねる。

 「お弁当持って6組に行くとか。」

 「ええっ!? 無理無理!
  そんな恥ずかしい事できない!」

 「何もさ、みんなの前であーん、なんてする必要はないのよ。
  不二君誘ってどこかで二人で食べて来ればいいじゃない。
  そういう事しないからさ、不二君の周りの女子が付け上がるのよ。
  さあ、わかったんなら早速行動に移す!」

は立ち上がるとに早く行きなと発破をかける。

 「な、何で私が…。」

 「つべこべ言わない!」

 「きょ、今日はもういいよ。
  と食べるから…。」

 「!」

に一喝されてそれ以上駄々をこねても
自分のためを思って進言してくれていると分かっているから、
仕方なくはそれでも気乗りしない気持ちは隠しもせずに、
鞄の中からのろのろと自分の弁当箱を取り出した。












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☆あとがき☆
相変わらずぐだぐだな話です。
とりあえず続きます。
2008.8.29.