4年に一度の特別な日   前哨戦









今年、4年に一度の、僕の本当の誕生日がやって来る。


誕生日なんて家族やテニス部の仲間たちが今までずっと祝って来てくれたけど、
だからって僕にはあんまりそれがめでたい事だという意識はなかった。

むしろ、知らない女の子たちから
押し付けられるようにもらうプレゼントの方が毎年悩みの種で、
英二なんて「相変わらずモテモテで羨ましい」なんて言い方するけど
僕にとっては単に迷惑な話でしかなかった。

バレンタインは義理だと思うようにしてるからもらっても平気でも
誕生日プレゼントとなると中身もいろいろだから
どうしてもその日は一日中不機嫌になる。

まあ、不機嫌になるって言っても手塚ほど直接的に顔に出せないから
いつもより引きつった笑いになるってだけだけど
それのどこがいいんだか、女の子たちは僕の笑顔だけで嬉しそうに帰って行く。



今年もそんな日になってしまうのかと思うとあまり嬉しくない。

正直僕だって、誕生日くらい誰かが僕の誕生日を
本当に祝ってくれやしないかと期待はしてるんだけどね。

いや、誰か…なんかじゃなくて、もうそれは決まってるんだけど…。



でも、手塚以上にポーカーフェイスが上手い僕たちのマネージャーは
僕の願いを聞いてくれるつもりはないらしい。

試しにとぼけて聞いてみる。


 「29日も練習、入ってたっけ?」

 「29日? うん、入ってるよ。
  3月になったら氷帝と練習試合があるしね。」

 「そっかぁ。」

 「何? なんか用でもあった?」


引退してしまった3年生たちのロッカーを掃除しながら
僕の事を振り返りもしないで答える。

その態度があんまり冷たく見えるから僕は大袈裟にため息をついてみる。

大人気ないとは思うけど、僕はの事が好きなんだ。

好きな女の子から特別な言葉をもらう権利くらい
僕にだってあっていいはずだ。



 「29日は僕の誕生日なんだよね。」

 「うん、それくらい知ってるよ。」

 「なら、は誕生日プレゼント、考えてくれてる?」



ポニーテールの髪がわずかに揺れている。

僕はじっと彼女の首筋を眺めていたけれど
それでも彼女は全く振り返る気はないらしい。

なんでそこまで素っ気無いかなあ。


 「プレゼント?
  今年も河村君ちで誕生会だと思うけど?」

 「それ、テニス部恒例の誕生会の事だよね?
  は…個人的にはしてくれないの?」

 「個人的?」

 「そう…。」


はロッカーの扉をパタンと閉めると
そばにあったバケツにタオルを放り込んでそのままバケツを手に取った。

部室から出ようとするを追いかけるように僕は即座に手を伸ばした。



 「手伝うよ。」

 「手伝って貰うほどの事じゃないんだけど?」

 「まだ、話、終わってないし。」


僕が苦笑するとは呆れたように肩をすくめた。

 「今年は4年に一度の当日だから
  凄い量のプレゼント、貰えるんじゃないの?」


並んで歩くだけで僕はの事を意識しないではいられないのに
彼女ときたらあり得ない位いつも平然としている。

それだからこそテニス部の中にいても誰かの事を特別視してないという点で
は僕を今まで安心させて来てたのだけど
僕はいい加減この選手とマネージャーというスタンスを変えてみたいと思ってる。

というか、の女の子らしい姿を引き出してみたいと思ってる。

決して彼女が男勝りだとか、勝気だとか、がさつだとか、
そんな風に見える訳ではないんだけど
こう、僕に対して、そう、僕をもっと意識して、
僕に関心を持ってもらいたいと願ってる、もちろん男として。


 「そういうのは毎年貰ってるから、今年だけ多いって言うことはないよ。
  だけど、今年はね、特別な日に特別な物が欲しいなって思うんだ。」

 「特別…ねえ。
  不二君も贅沢ね。」

 「そうかな?」

 「バレンタインの時もたくさん貰っていたけど、
  あれの中に特別はなかったの?」

 「残念なことにね…。
  だって、はチョコをくれなかった。」


手洗い場にバケツを置くと僕は今度こそ真正面からを見据えた。

こういう時、彼女がちょっとでも動揺して頬を赤らめてくれたらいいのに、
と僕は思う。


 「あれ? 確か人数分作って部室に置いておいたけど?
  不二君は食べなかったの?」

 「食べる気、しなかったよ。
  あれは特別じゃなかったからね?」


ここまで言ってもはその仮面から何を考えてるのか全然掴めない。

僕はそこまで嫌われてるとは思ってないんだけど、ね。


 「不二君って駄々っ子みたい…。」


ぽつりと呟くとは僕にはお構いなしに蛇口を捻って勢いよく水を出した。

ほとばしる水は冷たいらしく、タオルを洗うの手は赤味を帯びたように見える。

その横顔はやっぱり素っ気無くて…。


 「大体私の手作りチョコなんて、
  テニス部レギュラーにしかあげてないんだよ?
  物凄く特別待遇だと思うんですけど?」

力を込めて洗うタオル同様は、「物凄く特別」という言葉に力を込めた。

 「がそう言うなら、僕の誕生日にも
  の特別を見せて?」


は僕の言葉を無視するかのようにバケツの水をあけると軽くすすぎ、
その中に絞ったタオルを無造作に突っ込むと
傍らにいる僕には相変わらず視線を合わせることなく
部室の方へ戻り出したので僕は慌てて彼女と再び肩を並べた。

なんだか今日はやけに避けられてる気がする。



 「あのさ…。」

 「何?」

 「今日の不二君は変だよ?
  特別、特別ってうるさい。
  私にどうしろって言いたいの?」

怒ったような口調が逆に僕に自信をくれる。


 「あっ、やっと考えてくれる気になった?」

 「違います!
  河村君ちじゃケーキはないから
  お誕生ケーキでも作って欲しいのかと思っただけ。」

 「うん、それもあってもいいね?」

 「それで十分じゃない?」

 「まさか。
  僕の欲しいもの、考えてよ?」
  

ウンザリといった顔でやっとが一瞬だけ僕の事を見た。

だけどその視線はすぐに他に移ってしまった。

ねえ、なんだかそれ、意識的にそらしたよね?


 「不二君ってもっとストレートな感じだと思ってた。
  全然意味がわからない。
  言いたい事があるなら言ったら?」

 「言ったら悩むと思うけど?」

 「もうさっきから十分悩まされてる。
  仕事の邪魔するんだったらはっきり言ってよ?」


僕はわざとの正面に立つと真面目な顔でゆっくりと告げた。



 「誕生日に僕の恋人になって。」



告白するならもっと別の形でしたかったんだけど
があんまり鈍そうだったからつい願望を口に出してしまった。

ものの数秒だったのか、それとも5分位経ったのか、
僕だって正直ドキドキしてしまってるから
口に出してしまってから彼女に変化が現れるのを見落とさないようにと思ったのに
なぜだかは微動だにしない。

心なしか口元をぎゅっと引き締めて、緊張してるようにも思えたけど、
でも穴が開くほどの顔を見ていたけどがっかりする位無表情だ。

あれっ? 理解してない?

もっとこう驚くとか、初めて気が付いたとか、
恋人という単語に素直に恥ずかしがるとか、
なんかもっとリアクションあってもいいと思うんだけど?

やっぱりというか、普通じゃないって言うか、手強いというか、
まさかと思うけど、僕の事、どうでもいいとか思ってる…?

それともなんだか頑張って仮面をかぶってる?


 「それが、不二君へのプレゼントになるの?」

 「えっ? ああ…。」


不意に発せられたの言葉に今度は僕の方が驚かされた。

なんだか言い方も無機質だ。


 「…考えとく。」

 「…?」


そのまま何事もなかったように歩き出すに肩透かしを食わされたようで
僕は何も言い出せないままの背中を見つめてしまった。

ポニーテールが僕をからかうように揺れている。


あの間は何だったんだろう?


は僕の気持ちに応えてくれるのだろうか?


言ってしまった言葉でスッキリすると思ったのに
僕の方が29日まで悩む事になるなんて想像もしてなかった。



   の気持ちが全然見えない…。






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