不二をやっとのことで振り切った。

あれ以上会話を続けてたらきっとぼろが出てしまう。






あの日以来、私と不二は口を利いてない…。









        4年に一度の特別な日   本戦











 「で、不二は何が欲しいって?」




購買部の奥のテーブルで私は菊丸と乾に捕まっていた。


すでに生温くなってしまったカフェオレのカップを弄びながら
私はさすがにあの台詞をウジウジと言い出せないでいる。



元はといえば菊丸が諸悪の根源かも知れない。

不二と仲が良すぎるせいか、菊丸は不二にその性格を見抜かれている。

今年の不二の誕生日に、不二が一番欲しいものを何か聞き出して、
それをプレゼントしたいなんて菊丸が言い出すからややこしくなったのだ。

その気持ちはわかるけど、なんで乾が面白そうに私と菊丸の間に割り込んで、
さもありなんとアドバイスしてきたのやら、今となってはそれも胡散臭い。

不二に気づかれないようにあくまでもポーカーフェイスを保って
さり気なく聞いてみてくれ。

そんな乾の指令通りには行かなかったのだから仕方ない。

だって不二の方がいやに積極的だった訳で…。




 「まあ、大体予想はしてたがな。」

 「うーん、の手作りケーキだろ?
  なんかさ、バレンタインの時から不二のやつ、
  妙に絡むんだよなぁ。
  なんでみんな同じなんだ、とか言っちゃってさ。」


確かに不二は手作りケーキも所望してきたけど…。


 「、で、他には何も言われなかったのか?」


怪しく光る乾の眼鏡は不気味だけど、
ニヤニヤしたその口元はもっと不気味だ。

私は不覚にも、不二の前では頑張った無表情の仮面を
あっさりと二人の前では脱ぎ去っていた。


 「へっ? 何?
  、顔が赤い!
  うわっ、なんだよ、そのリアクション!?」

勝手に熱を帯びていく私の頬は
すでに両手で隠しても隠し切れないでいるのが自分でもわかる。

不二の前では完璧だったはずなのに、
今はもう不二の言葉を思い出すだけで体中が熱くなる。



   −誕生日は僕の恋人になって−



不二は本気だったのだろうか?

それとも菊丸や乾の企みを知っててからかったのだろうか?

いや、そんなはずはない。

不二の目はコートの中でボールを追う時と同じような色を湛えていたはず。



 「不二に、告白でもされたか?」

 「い、乾君//////。」

 「えっ? 不二がに?
  何て? 何て言ったの?」


菊丸は嬉しそうに身を乗り出して来る。


 「べ、別に…////。」

 「ふーん、やっぱしなぁ。
  不二も当てにしてたんだよな、バレチョコ。」

 「な、何言ってるの?
  そんなこと出来る訳ないじゃない?」

 「ってことは、本命チョコを渡す気は少しはあったのか?」


不二の事は嫌いではなかったけど、でも、いくら3年生が引退して
自分たちの自由に出来るからといって
それまで選手とマネージャーという位置関係にいたのを
自らの手で壊してしまうのは気が引ける。

というより、彼氏彼女で部活なんて恥ずかしすぎて出来るはずがない…。


 「それで? 
  実のところ、不二に何て言われたの?」

 「…////」

 「ほら、言わなくちゃわかんないにゃ。」

 「…た、誕生日に恋人になって、って////」

 「ほう。」


そんなことまでノートに記すのかと思うと
眼鏡のふちを押し上げて相変わらずニヤニヤしてる乾君が恨めしい。

絶対面白がってる。


 「もついに陥落か…。」

 「な、何言ってるの。
  私、別に…。」

 「そっかぁ?
  その顔じゃあ、今まで通りにはできないんじゃないのかなぁ?
  って女手塚って感じだったけどさ、
  今は普通の乙女だよん!」

 「まあ、でもこれで不二への誕生日プレゼントはで決まりだな。
  金のかかるプレゼントじゃなくてよかった。」

 「はい? そ、それ、おかしいから!」


私は決定事項にされそうな乾の言葉に思いっきりしがみついた。

このまま不二の恋人になんてなってしまったら部活どころではなくなる。

今だってマネージャーってだけで不二ファンの子達の視線がきついのだ。

あの爽やかスマイルで彼女たちをフェンスの向こうに釘付けにして置いて貰わないと
仕事が遣りにくくて仕方ない。


 「ねえ、何かいい知恵はないの、乾君?」



そんな風に乾に聞いてしまったのが運のツキかもしれない…。













        ********











2月29日。




朝練に遅れて来た私は作ってきたケーキを部室の冷蔵庫に入れると、
すでにちょこんと置かれた机の上のプレゼントたちを眺めた。

朝一番に不二に渡しに来たのだろう、ご苦労なことだ。

それでも今日一日の自分の立場を思うと
一番疲れそうなのは自分だろうと、ため息をつくしかない。
 

でも弱気になったらお仕舞いだ。

私は自分の頬をぺちっと叩いて気合を入れると
役になりきろうと立ち上がった。




 「おはよう。」


朝練から戻ってきて着替え終わった誰かを待つなんて
生まれてこの方初めての経験だ。

不二の顔がまともに見れなくてなんとなく視線を泳がせたまま
おはようと返したら、不二がにっこりと笑みを浮かべて
私の言葉の続きを待ってる気がした。



 「それで? 考えてくれたんだよね?」

 「まあね。」


素っ気無く返事をしながらも
私の胸は脈打つ早さが尋常ではない。


 「誕生日に恋人になって、って言ったよね?」

 「うん。」

 「だから…誕生日だけ恋人役を演じる。」

 「今日…だけってこと?」

 「そう、今日だけ!」

 「それも恋人役?」

 「だいぶ譲歩したんだけど?」


しばらく沈黙が続いたから不二の反応が気になって
ついつい不二の方に視線を動かしてしまった。

不二は試合で勝った時よりも満足気な表情を浮かべていた。


 「恋人役っていうのはなんか引っかかるけど、
  ま、いいか…。
  で、いつから?」

 「えっ? いつからって?」

 「今からでもいい?」

 「あっ、…う、うん、いいけど。」


乾の助言通り、必死で頭の中で念じた。

今から役になりきる!


そう、小学校の学芸会の時だってみごとにお姫様役をやったじゃないか?

ああいうつもりで一日だけ恋人役に徹すれば不二も満足なんじゃないか?


乾のくぐもった声を頭の中で再生していた。


それなのに。



 「じゃあ、、教室まで手を繋いで行きたいな。」


不二の声に一瞬で現実に引き戻されてしまった。

柔らかな優しい不二の声が私の名前を唱えたとたん、
まるで魔法に駆られたみたいに私の頬は熱くなってしまって
冷静さを取り戻していた鼓動はこのまま発作を起こして止まってしまうのではないかという位
大きく波打った。


不二がなんでそんなに驚いたように大きく目を見開いたのか不思議だったけど
もう何も考えられないくらいパニクッて俯くことしか出来なかった。


 「?」


不二に名前を呼ばれて嬉しくて震えてるなんて
自分でも驚きだった。

でも、どうすることも出来ないでただただ緊張で強張っていたら
いつの間にか目の前が暗くなって私は不二に包まれているのがやっと理解できた。


 「…、可愛い!」

 「…////。」


早くも自分の任務は果たせない予感はあったけど
そんなことを不二に感づかれてしまっては元も子もない訳で、
これは恋人役に徹してるだけだと思わせたくて
黙ったまま不二のなすがままでいた。










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