星に願いを 2









放課後図書室で数冊の本を読み終えて
私は菊丸君との待ち合わせの場所に赴いた。

菊丸君の望む形にならなかったとは言え、
それ程ダメージを与えた訳ではなかったのだろう、
と思えば何となく救われた気持ちになれた。

それは私が、と言うよりは菊丸君の人柄の良さのせいなんだろうけど
友達でいいから仲良くしたい、という彼の要望には
応えることができるだろうと思った。

それなのに昇降口には
菊丸君と不二君の他に、もう一人いた。

彼女がテニス部のマネであるのは
余りにも有名だったから私でも知ってるけど
想定外の成り行きに私は体が強張るのがわかった。

だって、これじゃあまるでダブルデート。

それもよりによって不二君とさんの組み合わせ。

それしか考えられない。

何となく菊丸君と並ぶ私の後ろで
不二君とさんの会話が気になる。

だから菊丸君との会話はついつい上の空になってしまった。

 「さん?」

 「あっ、ごめん、何?」

見上げる視線の先に菊丸君の笑顔があって
私は申し訳ない気持ちで一杯になる。

 「ええっとね、やっぱり無理やりつき合わせちゃってる感じ?」

 「ううん、そんな事ない。
  私もあそこのケーキは食べたかったし。」

仲のいい友達を演じよう。

それしかここに自分が加わってる意味がないような気がして
私は自分の恋心を封印しようと思った。




小さなケーキ屋さんは混んでいたけど
ちょうど空いた席があったらしく
私たちは奥の窓側の席に座る事ができた。

窓側に私と不二君。

それぞれの隣に暗黙のうちに菊丸君とさんが座る。

それはとても居心地が悪かった。

だって目の前に不二君。

だから仕方なく私は斜め前のさんばかり見ていた。

さんはさっぱりしていて
同じクラスになった事はなかったけど
こちらが話しかけなくてもよく喋る人だったので
私としてはとてもあり難かった。


 「で、ケーキ、どれにする?」

菊丸君はメニューを私に見せてくれながら聞いてきた。

メニューの上の方にはカップルは半額と書いてある。

私たちはダブルカップルなんだろうな、と思いながらも
自分の2番目に好きなケーキを指差した。

 「私はチーズケーキ。」

 「んじゃ、俺はイチゴショート。
  不二は?」

 「そうだな、あんまり甘くないのが良いな。」

 「私はミルフィーユ。
  半額になるんなら高い方が得じゃない?」

さらりとさんが言うと
不二君は笑いながらじゃあ、それにしよう、って言った。

それだけで胸がきゅっと締め付けられる。

 「さん、どうする?
  高い奴に変える?」

菊丸君の屈託ない言葉に私は小さく笑って首を振った。

 「ミルフィーユは好きだけど食べにくいから。」

 「だよね。
  俺は王道でいくもんね。」

不二君たちはカップルだけど
私は菊丸君とカップルじゃないから
そんな半額の権利を好きなケーキに使いたくない気持ちがあった。

ちょっと歪んだその思いに私はひっそりと
心の中でため息をついた。

運ばれてきたチーズケーキはとても美味しかったけど
不二君たちの前にお揃いで並んでるミルフィーユは
とても生々しく私を傷つけている気がした。

 「うわあ、やっぱめちゃくちゃ美味しいね。
  今まで食べてきたイチゴショートの中では一番かも。」

菊丸君の嬉々とした声が店内の喧騒に負けじと響いてくる。

美味しいものを美味しいと声を大にして言う彼を羨ましいと思ったら
さんが菊丸君の方に身を乗り出して来た。

 「ねえ、ねえ、私にもイチゴショート、味見させて?」

 「やぁだねー。」

 「少し位いいじゃない。」

 「食べたかったら買えばいいじゃん。
  俺、1ホール、頼んで来ようっと。」

 「菊丸のケチ。」

さんが膨れっ面をするのをぼんやりと見ていた。

菊丸君はさっさと残りのケーキを口に運んでしまうと
お姉さんたちに頼まれたというケーキを注文しに席を立った。

するとさんも食べかけのミルフィーユはテーブルに置いたまま
菊丸君の後に付いて行ってしまった。

何で?と思うよりも、不二君と二人になってしまったテーブルは
何とも言えぬ微妙な雰囲気が漂い
私はチーズケーキを小さく切り分けたままその手が止まる。

緊張しないように思っても緊張し過ぎて
とても普段通りにケーキを口に運べない。

見られてると思うと尚更フォークは
情けなくなるほど小刻みに震えてるのが分かる。

それを知られたくなくて当たりさわりない話題はないものかと
必死になって頭の中で探し回っていたら
不意に不二君に話しかけられた。


 「このミルフィーユも美味しいよ?」


クスッと漏れてきた不二君の笑みを確かめる前に
私の目の前にすっと一口大のケーキが差し出された。

 「えっ?」

 「さん、本当はこっちの方が好きなんでしょ?
  だったら味見してみたら?」

ミルフィーユは好きだけど
フォークの上に乗ってるミルフィーユをどうすればいいか分からない。

いや、分かりたくない。

だってこの流れだと恋人同士の「はい、アーンして?」みたいな絵柄ではないか。

そんな事できる訳もなく。

 「えっと、不二君?
  あの・・・。」

 「ほら、誰も見てないから早く。」

不二君はなおも私の口元にフォークを差し出して来るから
断りきれずにそのケーキを仕方なく口の中に収めた。

甘く広がるクリームとパリッとしたパイ生地がとても美味しい。

美味しいけど赤面する私の顔は
さっき菊丸君が食べたショートケーキのイチゴより赤いかもしれない。

 「どう?」

 「あ、う、うん、美味しい。」

 「それは良かった。」

彼の満面の笑みに私の心臓は飛び跳ねるかと思った。

秘密めいた不二君の行動に軽く眩暈がする。

嬉しくないはずはないけど
いけない事をしている気分で後味はすっきりしない。

 「僕もそっちの味見していい?」

不二君はニコニコと
私のケーキの最後のひとかけらを指差す。

私は仕方なくどうぞと皿を不二君の方へと少しずらすと
不二君はそうじゃなくて、と笑みを洩らす。

 「さんが食べさせてくれないかな?」

 「えっ? 私?」

 「そう。」

真っ直ぐに見つめられては
どうにも逃げ道はないような気がして
不二君の顔を見て、次にケーキを見て、
私は恐る恐るフォークにケーキを乗せて持ち上げた。

緊張のあまり手が震えるのを堪えながら
不二君の方に差し出すと不二君は躊躇いもなく
私の方へ顔を寄せて来てぱくりと口に入れた。

もう何だろう。

恥ずかしいのを通り超えて
不二君の素敵な笑顔に見惚れてしまっていた。



 「何やってんの?」

菊丸君の声にはっとする。

怒ってる訳ではないけど
菊丸君の無表情な顔つきは初めて見ると思った。

いつだってその感情を菊丸君はストレートに出していたように思えたから
菊丸君がいつまでも立ったまま座ってくれない事が
逆に怖いと感じてしまった。

それなのに固まる私をよそに不二君は落ち着き払った声だった。

 「何って、カップルらしいこと。」

 「はぁ?」

 「だってカップルだって見えなかったら半額にならないからね。」

不二君って何て心臓をしているんだろう、と思った。

もちろん彼にやましい事をしたと言う気持ちがないからなのだろうけど
私にしてみれば一時でも片思いの人と付き合ってる真似事ができた事は
ただの冗談にしてみても嬉しすぎる。

でもそれを菊丸君やましてさんには悟られてはいけない。

 「何だよ、それ。
  洒落になんないよ。
  俺だってそういう事したかったのに。」

拗ねたように菊丸君がそう言うと
一緒に席に着いたさんが笑いながら答えた。

 「何、菊丸ったら。
  そんなに食べたいなら私のケーキあげるよ?」

 「はぁ、そういう事じゃないんだけど。」

 「分かってるって。
  ほら、あーんして?」

 「ちぇっ。ま、いいけどさ。」

さんが差し出したケーキを素直に頬張る菊丸君は
そのまましばらく目を瞑って味を堪能しているパティシエ気取りで
うーんと唸った。

 「どう?」

 「うん、まあまあかな。」

 「何言ってるの。
  私が食べさせてあげたんだから
  素直に美味しいと言いなさい。」

明るくそう言うさんに菊丸君はぷっと噴出した。

たったそれだけなのにその場の雰囲気があっという間に変わる。

さんの機転の良さに付き合いの長さを感じて
さすがだな、なんて思ってしまう。


 「あーあ、本当なら俺とさんだけで来たかったのにな。」

 「えー、菊丸が誘って来たのにそれは酷くない?」

 「仕方ないだろ、俺、振られちゃったんだから。」

 「えっ?」

まさか菊丸君がその話を持ち出すとは思わなくって
私の顔から血の気が引いた。

 「そうなの!?
  そっか、菊丸、振られたんだー、よかったねー。」

 「何が良かったねー、だ。」

 「だって菊丸ったら全然学習しないんだもん。
  もうさ、その惚れっぽい性格、直しなよ!
  菊丸の側にはさ、いい女がずーっといるじゃない。」

 「へっ? 誰だよ、それ?」

 「わ・た・し!」

さんが自分を指差してニッコリ微笑むのを
私は固まったまま見つめていた。

菊丸君も余程びっくりしたのかしばらくポカンとしていた。

でもそうなると不二君はどうなるんだろう、と視線を移せば
不二君は我関せずと言った風体で窓の外を見ていた。

あ、もしかして不二君も片思いだったの?と私は直感的に悟ってしまって
さんと付き合ってなかったという意味ではほっとしてるけど、
報われなかった思いはみんなそれぞれに複雑で
私はいたたまれない気持ちで胸が締め付けられるようだった。





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