星に願いを 3









ケーキ屋さんからの帰り道はとても奇妙な光景だった。

私と不二君の前に菊丸君とさんが歩いている。

さんは相変わらず明るく菊丸君に話しかけている。

聞けば中等部の頃からずっと菊丸君が好きだったそうだ。

それなのに菊丸君は見た目が小さくて可愛い子に遭うと
どうも一目惚れするタイプらしくて
さんはそのたびに菊丸君の恋が終わるのを
ひたすら耐え忍んでいたみたい。

そんな話を聞かされて菊丸君も
さんの一途な面を見直したみたいで
こうやって後ろから見る分にはもうちゃんとしたカップルに見えるから
不思議だ。

健気なさんはとても輝いて見えた。

でも私は不二君には何も話しかけられなかった。

黙って歩いている不二君と肩を並べても
不二君の気持ちを思うと
私ごときが慰めていいのかどうかも分からない。

チャンスだなんてとても思えなくて。

ただ、恐らくダブルデートの形もこれが最初で最後のような気がした。




駅前の商店街には七夕祭に乗じてセールの旗があちこちに立っている。

夕暮れ時のせいか駅前はちょっと混んでいたけど
その中でもひと際立ち止まっている人たちが多い場所があった。

駅前広場の中央にはそれはみごとな笹が飾られていて
誰でも自由に短冊を書いて飾れるようになっていた。

立ち止まっている人たちが思い思いに短冊を手にして
何を書こうかと悩んでいる姿が見えた。

そう言えば小さい頃はうちでも七夕を飾っていたな、なんて思い出した。


 美人になれますように

 頭が良くなりますように


小さな頃はそんなささいな願い事をしたものだけど
ちっともお星様は願いなんて叶えてくれなかった様な気がする。

でも今は不二君が元気になれるなら
そんな願いなら叶えてくれるかな、なんてぼんやり思った。


 「ねえねえ、何か書いてみない?」

明るいさんの声に不二君も私も立ち止まる。

見ればさんがさっそく短冊を数枚手にしていて
手際よく菊丸君に1枚、不二君に1枚、
そして私に1枚と配ってくる。

 「は何書くんだよ?」

 「そうだな、菊丸がもう浮気をしませんように、とか。」

 「おまっ!? もう彼女面かよ?」

 「えー、いけない?」

からりと笑うさんはとても幸せそうだ。

そんな彼女を見て菊丸君が私を指差した。

 「じゃあ、俺はさんが幸せになりますように。」

突然振られた願い事に私はびっくりしてしまった。

 「だって、さん、好きな奴がいるんだろ?
  だったらそいつとの仲、取り持ってやろうかなって。」

 「うわ、菊丸、男だね!」

もうさんの心の広さには付いて行けない位感心しちゃうけど、
菊丸君の人の良さにも呆れてしまうくらい。

でも、私の片思いは実りそうにないのだから
その話題は本当に勘弁して欲しいと思った。

 「そ、そんなのだめだよ。
  お願い事は自分のために・・・。」

 「なら、さんは何てお願いするの?」

必死に菊丸君に言うつもりが
横から不二君にそう言われて私はまたびっくりして
不二君の顔を穴が開くほど見上げてしまった。

 「好きな人と上手くいきますようにって願いになるのかな?」

 「え、えっとそれは。」

不二君の鋭い視線に掴まって上手く声が出ない。

だって私の願いは好きな人と上手くいく事じゃなくて
好きな人が幸せになりますように、だもの。

不二君には笑っていて欲しい。

そんな不二君を私は見ていたい。

だから。

だから!


 「わ、私は、不二君が、幸せになりますように・・・って。
  あっ!?」

自分で言って置いて
全然自分のためのお願いになっていない。

不二君の青みかかった瞳に見つめられて
私は自分がまるで魔法にかかったみたいに
その名を口に出してしまっていた。

不二君が驚いた目をしている。

ああ、だめだ、きっと引かれてしまったに違いない。

 「好きな人じゃなくて不二の幸せ?
  何で?」

菊丸君の声が遠くに聞こえる。

 「あー、そうなんだ。
  わあ、それ、びっくりだね。ね、不二?」

さんが不二君に振っているのが分かって
耳を塞ぎたくなる。

 「えっ、不二? 何が? 何で?」

 「いーの、いーの。
  ほら、菊丸はこの短冊つけるの手伝ってよ!」

訳知り顔のさんは無理やり菊丸君を引っ張って行ってしまった。

もうそのやり取りだけで私は恥ずかしくって
手元の短冊を握り締めて俯くしかなかった。

さんのカンの良さを恨めしく思ってしまう。

ここで二人にされて不二君に問われれば
私は不二君に告白しなければならなくなる。

そして私と不二君の縁はぷっつりとこの場で切れてしまうだろう。

せっかく、せっかく、こうして隣同士に立てているのに。

モヤモヤした気分で短冊を見つめていたら
込み合った人の流れに押し流されて
私の体は前のめりに倒れそうになった。

小さく悲鳴を上げかけたら
私の体はストンと誰かの手によって抱き止められていた。

ううん、誰かなんてそんな事。

目の前には不二君しかいなかったのだから。


 「大丈夫?」

 「うん。」

押し潰される位人が増えて来て
笹飾りの真下の方へと動く大きなうねりから
不二君はしっかりと私を包み込んでいてくれた。

 「ねえ、さん。」

頭の上から優しく不二君が囁いてくる。

私は一瞬でもこんな幸せを運んでくれた七夕に
感謝しなければいけないな、と思っていた。

 「僕のお願いは叶ったみたい。」

 「えっ?」

 「今度さんが転ぶような事があったら
  僕が助けてあげたいな、って思っていたから。」

 「不二君?」

そっと見上げれば不二君はちょっと照れたような笑みを零していた。

そんな顔をされたら私だって照れずにはいられない。

 「英二が君を抱き上げて運んだ時、
  その行動力の速さに感心したんだけど、
  後からその光景を思い出すたびに胸が痛んだんだ。」

さすがにこの人ごみの中でいつまでも抱き合ってる訳にはいかなくなって
不二君は私の手を取ると、人垣を抜けて笹飾りの見える所で立ち止まった。

夕暮れ時の風が心地よく伝わって来て
大きな笹もゆったりとそよいでいる。

 「僕にしては全く間抜けとしか言いようがない。
  英二がさんと仲良くなりたいって必死なのを
  平気そうに見ていただけで本当はもの凄く焦ってた。
  だからにはっぱをかけた。」

 「あの、それって?」

 「が英二にずっと片思いしていたのは知っていたからね。
  英二だってまんざらじゃなかったんだけど
  きっかけがなかっただけで。
  ああ、それは僕も同じだけど。」

不二君がぎゅっと手を握り締めてくるから
これは現実なんだって分かる。

分かるのにこのフワフワした気持ちと
やり場のない位飛び出しそうな心臓の音は
七夕が見せる幻想のような気がしてしまう。

幻想ならちゃんと私と不二君の間に
赤い糸が繋がっているのを見せて欲しいとさえ思ってしまう。

 「何だか夢みたい。」

 「夢のままでいい?」

苦笑する不二君に私は首を横に振る。

 「短冊に・・・。」

 「短冊に?」

 「私の好きな人の名前を、書いてもいいのかな?」

 「できれば、その前に聞かせて欲しいんだけど?」

僕の好きな子の名前は、って言うんだよ、って
不二君は続けたけど、私はもうどうしようもなく胸が一杯になって
不二君に答える事ができなかった。

その代わりに不二君が好きです、という思いを込めて
不二君の手を握り締めた。


段々と濃くなる夕闇に星が瞬き始めているのが見える。

 「もうお願い事は叶ってしまったけど
  この先もずっとずっと一緒にいられるように
  七夕様にお願いしに行こうか。」

不二君が自分に言い聞かせるように呟くのを
私は幸せな気持ちで聞いていた。







The end

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2011.8.7.