見えなくて聞けなくて言えなくて
私にとっての高校デビューは部活だった。
父の転勤が多くて小・中と転々としていた私は
部活に入っている時間も気力もなかった。
いずれ転校するのに頑張る気持ちもなかったし
友達とか仲間とかむやみに増える人間関係も
その後の事を考えると面倒臭かった。
いくら仲良くなってもいずれ他の地に移れば
どうしたって疎遠になる事はお互いに仕方ない事だったし。
だから高校生になったらひとつの部活で
卒業するまで頑張る、と言うのがささやかな私の目標だった。
母の念願だったマイホームの購入で
私の転校生活もこの青春学園で落ち着きそうだと分かった時、
たまたま目にした女子テニス部のスコート姿が可愛くて
本当にそんな単純な動機でテニス部に入部した。
入った途端、エスカレータ式の青学では
私のようにずぶの素人が高校からテニスをやる人なんて
全くと言って良いほどいない事に気づいた。
どう頑張ってもレギュラーにはなれないと知らされたけど
それでも先輩たちは優しく教えてくれたし
同学年の子たちの仲間意識は高かったから
試合に出られなくても私は毎日充分満足だった。
やっと親友と言える友達にも出会えて
部活に行くのがとても楽しかったのだ。
小学校・中学校といつも私は「さん」付け止まりだったから
に出会って「呼び捨てでいい?」と聞かれた時には
感極まって涙まで出そうになった。
だからは私の一生の友達だと思った。
はテニスが上手くて美人で快活で
時にカッコイイと思える位のタンカも切れる
頼れるお姉さんという感じだった。
「はもう少し欲を出しても言いと思うよ?」
「欲?」
「だって本当に可愛いんだもん。
私が男だったら速攻でつきあうのに。」
はそんな事を気安く言ってくれるけど
私にしてみればの方こそもてるのに
そんな素振りを全く見せない方が何でだろうと思ってしまう。
「の方こそどうなの?」
「どうって?」
「本当は気になっている人の一人や二人、
いるんでしょう?」
「ふふふ、どうかな。
でも私、理想が高いからな。」
は笑い飛ばすけど
例えば青学の男子テニス部なんてもの凄くレベル高いから
そのうちの誰かと一緒に談笑している光景は
とても絵になるカップルのようだ。
中学校からの腐れ縁だからとは言うけど
その光景はとても羨ましく思えた。
と仲良くなってからは
男子テニス部のレギュラーとは話す事はあるけれど
それはがいるからであって
がいなければ同じテニス部と言っても
私からは話しかけられるものではない。
だから秋の新人戦が終わった頃
もちろん私なんて補欠にも選ばれなかったけど
3年の先輩たちがコートに来なくなると
私は一人で壁打ちをする事が多かった。
2年生やたちレギュラー予備軍の1年が
来年度に向けて実戦練習をし出すと
私は彼女たちの練習の邪魔にならない所で
自分のフォームを作る位しか出来なかったからだ。
それを見かねてなのかどうなのか分からなかったけど
たびたび声を掛けてくれる同級生に私は戸惑いを隠せなかった。
「は努力家だね。」
青学の天才にそう言われるのはとても恥ずかしかった。
周りには努力を惜しまない選手がごろごろいるのに。
「そんな事ないけど。」
「頑張ってるは凄いと思うよ。
僕はそんな君が好きだな。」
さらりともっと凄い事を言われた。
まじまじと不二を見上げればにっこりと微笑まれた。
もちろん、男の子に好きだなんて言われた事も
今まで経験しなかったから
私はどんな表情をしていいかも分からず
目をぱちくりとするしかなかった。
「あの、不二君?」
「僕と付き合ってくれないかな。」
きっと誰もが羨むような不二にまさかの告白。
付き合うっていう意味もピンと来なくて
私はただ固まったまま声の出し方も忘れていた。
だって不二に好きだと思われる理由が全く浮かばなかった。
私だったらもっとテニスが上手い子を選ぶと思う。
例え趣味が同じでも月とスッポン級の隔たりがある私じゃ
とてもじゃないけど不二とつり合うとは思えなかった。
その位の判断はいくら恋愛経験がなくたって出来る事だ。
不二はそれでも気を悪くする風でもなく
気長に待つから考えて、と私に言い残した。
考えるまでもない事だけど。
それでも初めて告白されたのが青学一のイケメンでは
私だって正直浮かれないはずはない。
心のどこかであり得ないと思いつつ、
まるでシンデレラの魔法のドレスを纏ったかのように
私は自分が特別なんだという気持ちに少しだけ酔いしれていた。
「どうしよう。」
休憩に入ったを捕まえて私は早速不二の事を話した。
「えっ、不二がに?」
「うん、びっくりだよね?
私だって信じられないんだもの。」
「へぇ、不二がねぇ。」
「ねえ、どう思う?」
「どう思う?って言われても。」
は呆れたように私を見て笑うけど
転校の多かった私にはもちろん告白された経験なんてものはなくて
付き合うって言う事だって具体的には思い描けない。
「だって不二君だよ?」
「心配する事なんてないんじゃない?」
「えっ?」
「不二はすっごく優しいから。」
あれっ、と思った。
何の確証もないけど、何となくの言い方にふと疑問を持った。
不二は女の子には優しいと思う。
不二の全てを知ってる訳じゃないけど
あの物腰の柔らかさ、落ち着いた話し方、
それに女子たちの人気振りを合わせれば自ずと分かる。
それでも、の言い方にはそれ以上の物が含まれてる気がした。
すっごく優しい・・・その一言がとてもとても私の心に引っかかった。
「決まった?」
明日がバレンタインという日の放課後、
私とは連れ立って駅前通りのショッピングモールにいた。
文字通りバレンタインチョコを買いに来た訳だけど
私はには悟られないようにある事を決意していた。
が私の手の中のチョコを覗き込む前に
私は型通りの、これぞ本命と言わんばかりの
ハート型の箱に詰められたトリュフの詰め合わせを見せた。
「これがいいかなと思って。」
「うんうん、いいかもね。」
「は?」
「私はもう、味で勝負よ。」
そう言いながらもビターチョコの詰め合わせの小箱に
何となく不二のイメージに狂いがないのを痛感した。
一生懸命選んでいたものは
例え小さくたっての思いが詰まったチョコなのだ。
私は私に出来うる限りの応援をしようと思っていた。
知らなければ良かったのかも知れない。
でも青学が通過点ならそんな事を思いもしなかった私だけど
青学で最後なら私は私の好きな人の過去を知りたいと思った。
私だけ知らない不二やの中学時代。
私はさり気なく慎重に情報源を求めた。
「中学の時?」
「ほら、今なんてもの凄い人気だけど
中学の頃だって同じようだったんでしょ?」
私は委員会で仲良くなった、かつて二人と同じクラスだったという子に
中学時代の話を振ってみた。
「それはもう、全国大会に出るって決まった当たりから凄かったからね。」
「じゃあ、中学の頃のバレンタインデーなんて・・・。」
「そりゃあもう、テニス部はお祭状態よ。」
「わあ、想像できないなぁ。」
「ま、アイドルがうちの学園にいると思えばね。
今年も見れるんじゃないかな?」
「アイドルじゃ、彼女なんていたら大変だったでしょ?」
「彼女?不二君に?
うーん、いろいろ噂はあったけど。」
「どんな?」
「一番有力だったのはテニス部のさんかな。
女子では一番テニスが上手かったし、
昔から不二君とは一番仲良かったし。
不二君が色んな子の告白を受けないのは
さんがいるせいじゃないかなって言われてたし。」
「お似合いだものね。」
やっぱりそうなんだ・・・。
相槌をしながらもなぜか胸の奥が痛んだ。
でもそれは何かなんて私は気付かない振りをした。
「そうだよね。
多分一時期付き合ってたんじゃないかって思うけど。」
「えっ?」
「でも幼馴染っていつから恋人同士で
いつから別れたのかってよく分からないんだよね。
今も凄く仲いいし。
まあ、そのうちどっちかに新しい恋人ができれば
はっきりするんだろうけど。」
その子の話に私は正直愕然となっていた。
お似合いだとは思っても
二人が付き合っていたなんて思いもしなかったから
ますます不二の言葉が分からなくなっていた。
を好きになった不二が今度は私を好きになる理由が
全然見えて来ない。
今のになくて、私にある魅力なんて絶対ないと思う。
そして大好きな親友を押しのけて私が不二の彼女になるなんて
そんな事がまかり通るなんて思えなかったし、
何より私は嫌だった。
自信のない恋なんてしたいとも思わない。
だから、だから、私は不二の彼女にはならない。
ずっとずっととは親友でいたいと思った。
「、チョコは渡せた?」
バレンタイン当日の放課後、私はさり気なくに聞いた。
「うん、渡したよ。
は?」
は多分不二の事が今でも好きだと私は思う。
だって二人は二人でいる事がとても自然で
嫌いになって別れたなんて信じられないくらい。
それなのに不二は何で私にあんな事を言ったのか、
どうしても、からかわれたのか、一時の気の迷いとか、
もしかしたらの気を引くために私を利用したとしか思えない。
だからもちろん私は不二にチョコを贈るつもりは全然なかった。
「ねえ、それより、はい、これ。」
私は小さな箱をに渡した。
「何?」
「には凄くお世話になってるから。
私の気持ち。」
「やだな、ったら。」
「だって私、と友達になれて嬉しかったし。
一生の友達でいたいって思ってるから。」
「もう、そんな事言わなくったって
私たちはもう友達じゃない。」
は苦笑しながら受け取ってくれた。
それだけでいい。
あの時買ったトリュフの詰め合わせを
私は誰も来ないうちに男子テニス部の部室の机にこっそりと置いて来た。
もちろんそれはただの差し入れのつもり。
だから名前だって書かなかった。
「私ね、の事、大好きだよ。」
「私だっての事好きだよ?」
私にはその言葉だけで充分だった。
だからバレンタインデー当日、不二がどんな思いを抱いていたかなんて、
私は知る由もなかった。
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