見えなくて聞けなくて言えなくて 2
バレンタインデーは本当に凄まじかった。
テニス部の男子たちは部室に着くまでに
チョコの袋を何袋も抱える格好だった。
それを遠巻きに見ながら
私は難なく不二と1回も視線を交わす事無く過ぎる事ができた。
だから油断していたのかもしれない。
その日少し早めに部室に行こうと思い立った自分を
激しく心の中で責めた。
女子の部室前にと不二が話している姿を見止めてしまったからだ。
今更引き返すのも不自然だった。
でも二人が仲良さそうに話している光景は
胸に何かが詰まる感じで息苦しかった。
重い足取りでそれでも顔には不自然なほど笑みを貼り付けて
私は二人の傍を通り過ぎようとした。
「ごめん、邪魔をするつもりはないから。
先に着替えてるね。」
普通に喋ってるつもりなのに口元が重い。
戸口に手を掛けた所でに呼び止められた。
「!」
「・・・何?」
「不二君にチョコを渡してなかったの?」
全くの清々しいまでの直球に射抜かれそうになったけど
私はひとつため息を付くと静かに答えた。
「あれ、私、部室の机の上に置いたはずなんだけど?」
「えっ?」
「トリュフの詰め合わせ。
レギュラーみんなで食べれるようにたくさん入ってたんだけど、
不二君の口には入らなかったのかな。」
わざと不二の方は見ないようにしてそのまま部室に入った。
不二はきっと気分を害してるかもしれない。
でもそれでもいいと思った。
どうせ私と不二が付き合う事はないのだから。
ドア越しにの、もう一度聞いてみる、という声がして
私は慌てて奥のロッカー室に入った。
「。」
「・・・。」
「何で?あれは不二のチョコだったんじゃないの?」
の問いに私は引きつった笑みを浮かべて答えた。
「私、不二君にあげるなんて一言も言わなかったはずだよ?」
「でも、不二に告白されたでしょ?」
「あのね、。
私、不二君の事なんて何とも思ってないんだよ?
だから本命チョコなんてあげる訳ないじゃない?」
に背を向けたまま私はさっさと着替え出した。
「だって。」
「は不二君に渡せたんでしょ?
それでいいんじゃない?」
ラケットを持って部室から出ようとする私の前に
少しムッとした表情のが立ちはだかった。
「、それどういう意味?」
「別に、ただそう思っただけ。」
「そう思っただけにしては何か引っかかるんだけど?
さっきの、まるで私と不二が仲良くしてるのが
気に食わないみたいな・・・。」
「何言ってるの!
の方こそ、不二君と仲良くなりたいなら
そうすればいいじゃない。」
売り言葉に買い言葉、まさにそんな状態。
でも私はとケンカしたいなんてこれっぽっちも思ってない。
なのになぜだかどんどんエスカレートしてしまう。
の事が好きなのにこれじゃあに反発してるみたい。
それもこれも全部不二のせい。
「、何か勘違いしてない?
私と不二は・・・。」
「いいよ、別に。
何も聞きたくない。」
勢いよく飛び出すと私はコートまで走った。
あんなにたちの過去を知りたいと思ったのに
いざ本人の口から聞かされると思うとたまらなくなって逃げた。
大好きな友達なのに。
そう言えば初めて友達とケンカした。
ケンカになるほどの種が今までなかったし、
ケンカになるほど誰かと交わる事をして来なかった。
だから一人コートに立てば
この後どうやってと仲直りしたらいいかなんて
全く思いつけなかった。
と友達じゃなくなる。
それはとても悲しくて寂しい事だと
つくづく自分の馬鹿さ加減に泣けてきた。
本当は何が知りたかったんだろう?
そして何を怖がっていたんだろう?
鼻の奥がつんとして堪えきれないものが込み上げて
私はフェンスに寄り掛かるとそのままずるずると泣き崩れた。
しばらくたって
ふと気付くと傍に誰かがいるのが分かった。
涙の後を拭きながら目を上げれば
そこには不二がいた。
何で?と目で訴えれば不二は私の横に座ると
私の顔を覗き込むように顔を傾けた。
「とケンカしたんだって?」
不二は軽くため息をついた。
「あんなに仲がいいのに
肝心な事は何も聞いてないんだね。」
私は黙ったまま、不二の優しい口調に心が落ち着くのを感じていた。
不二はやっぱり優しい。
自分が不二に思われて、との仲が壊れるのが嫌だった。
最初はそう思っていた。
だけど本当は違っていた。
の事が好きなのに、不二と付き合っていた事があるに嫉妬していた。
自分の知らない時間を二人が共有していたのが
たまらなく口惜しくて嫌だった。
いつの間にか本当は自分も不二の事が好きだった。
だけど不二と付き合えば
どうしたってと比較されそうで
今まで誰ともそんな付き合いをした事がなかったから
結局つまらない人間だと思われてしまいそうで
それも嫌だった。
ひとところにずっといなかったから
人間関係も恋愛関係も持続する術を私は持っていない。
どうせいつかは離れてしまう、別れてしまう、
そんな希薄さがいつも付き纏っていたから
どうすればいいのかなんて誰にも聞けなかった。
「どうすればいいのかな。」
ポツリと呟けば不二はそうだね、と相槌を打つ。
「ごめん、って謝ればそれでいいと思うよ?」
「それだけ?」
「それでちゃんと聞く。
聞きたいことは聞いて、言いたい事は言う。」
「でも。」
「大丈夫。君たちは友達なんだろ?」
先に立ち上がった不二が私の腕を取る。
それだけで進むべき道を教えてくれてるようで
引っ張られるままに立ち上がれば不二はニッコリと笑ってくれた。
ドクンと弾む私の鼓動。
こんなにカッコ悪い私なのに
不二は嫌な顔ひとつしないで付き合ってくれる。
本当に出来た人なんだ、と改めて思うと
じわじわと顔が熱くなってきた。
「取り敢えずの所に戻ったら?」
「う、うん。」
不二と一緒に部室に戻るのが恥ずかしくて
私は終始下を向きっぱなしだった。
途中でに遭遇した時は正直ほっとした。
後は自分で頑張るんだよ、と不二は私を励ましてくれて
とバトンタッチをするかのように男子コートの方へ戻って行った。
と二人でその後姿を見送っていると
先にがクスリと笑みを洩らした。
「ねっ、不二って優しいでしょ?」
「えっ?」
「不二はね、私と同じなの。
好きな人の事は放っておけないんだ。」
の横顔を私は穴の開くほど見つめてしまった。
その視線に気付くとすぐは謝ってきた。
「に隠し事してた。ごめん!」
「えっ?
何でが謝るの?
悪いのは私の方。
変な言い方してごめん!!
とはずっと友達でいたいのに
何か一人で空回りしちゃって・・・。」
私とはそれからはもう、
今まで言葉にして来なかった色んな事を打ち明けた。
は私が気を回しすぎて自分の首を絞めてる状態に
本気で笑い転げた。
それはそれでムッとしたけど
でもの好きな人が不二じゃないって分かった時は
心底びっくりした。
どうやら不二はの陰の協力者であり
の思い人たる手塚にヤキモチを焼かせたくて
不二と付き合ってるかのように振舞ったらしい。
効果は全くなく今に至るらしいけど
あの時選んだビターチョコは手塚に渡したと言うから
私は二度驚いた。
「不二君にじゃなかったの?」
「もちろん不二にはお世話になってるから義理チョコ渡したけどね。」
「で、手塚君は?」
「もう、全然。
糠に釘、暖簾に腕押し・・・みたいな?」
「そうだったんだ。」
「それより、はどうするつもりなの?」
「えっ?」
「不二にチョコも渡しそびれちゃって・・・。」
「あ、う、うん。」
私は決まり悪くなって俯いた。
との友達関係は何とか修復されたけど
不二に優しくされたのが嬉しかったなんて
今更不二に言える気がしない。
でもにはもう全てお見通しのようで。
「だから大丈夫だって。」
「不二君もとの事は大丈夫だって言ってくれた。
何だかやっぱり二人はお似合いなのにね。」
私がため息を付けばは呆れた様に眉を顰めた。
「あのね、はっきり言うけど私と不二は幼馴染なの。
それは事実なんだからそれについてはいちいち妬かない。
ついでに言うと性格も似てるし、好きな人の好みも同じなの。
いい?
だから私と不二は合わないの!」
「えっ?」
「私はの事が大好き。
放っておけないし、構ってあげたくなる。
それは不二も同じなの。
不二もの事が大好きで、放っておけない。
なら何でも許せちゃう。
その位好き。」
「え、えっと・・・。」
私は恥ずかしくて恥ずかしくての顔も見れない。
今までそんな風に誰かに言われた事もないし
まして誰かに頼ったり、頼られたりする事もなかったから
の言葉に嬉しくて返事に詰まってしまう。
「とにかく、不二はに告白したんだから
その事をしっかり考えてあげるだけでも充分だよ?
ま、もちろん不二が諦めるなんて事はないと思うけど。」
中学からずっと手塚にアタックしてるを思えば
何となく納得できてしまうから凄い。
「そうだ。
私にいい考えがあるんだけど。」
は思いついたかのように手を打った。
私は嬉々として話し始める親友をぼうっと眺めるだけだった。
構ってあげたくなる・・・、がそんな風に表現した言葉を
その時はまだ全然理解していなかったのだ。
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