「一秒ごとに君の事好きになる。」




彼はそう言うと、もう二度と離れてなんていたくない
そう言いたげに彼女をその腕の中に閉じ込めた。







       一秒ごとに








 「・・・。」


はもう一度ぱらぱらと手の中のそれに一瞥をくれると
目の前にいる親友の顔を見直した。

 「ね! どう?」

期待を込めた親友の瞳は嬉しそうに輝いている。

それは、いいでしょう?と同意を求めている視線だ。

 「いや、どう?と聞かれても。」

 「いいと思わない?」

どの辺が?と聞き直したい所をはかろうじて堪えた。

 「これ、誰がやるの?」

上級生の卒業式を間近に控え、恒例行事とは言え
何で在校生がこんな下らない劇を催して
先輩たちが喜ぶと皆本気で思っているのか、
には全く理解できない。

何となくノリで押し通されてしまったのだろうけど
この期に及んでこのベタな恋愛ものは
女子の先輩方には受けそうでも
男子の先輩方にも受けるとは到底思えない。

 「そりゃあね、青学男子人気NO.1と言えば・・・。」

 「手塚だね。」

 「でしょう? 手塚にこの台詞、言わせてみたいよね?」

 「無理でしょ?」

の即答にはわかってる、と言う風にため息を洩らす。

 「やっぱり?」

 「まあ、相手役をがやるなら手塚も折れるかな。」

試し刷りの台本を机の上にがばさりと落とすと
は伸びをしながら天井を仰ぎ見、そして首を鳴らした。

ここの所の徹夜による肩こりは相当らしい。

 「それは無理。
  予餞会の実行委員は出られない事になってる。」

 「じゃあ、この台本は没だね?」

親友だからと言ってお世辞を言う優しさはには無い。

どうせ文化祭並みのレベルをこの短期間にできるなんて
誰も思ってはいない。

即興なのだから台詞回しが下手だって何だっていいのだ。

要するに受ければいいのだ。

 「は何気に酷いこと言うね。
  この台本作るだけでどの位の時間と労力を掛けた事か。
  それにね、これはもう決定事項なのよ、実は。」

 「何、それ。」

 「配役も決まってる。」

がわざとの方を向かないで喋るのは
いつだってに利害関係が生ずる時。

 「ねえ、
  まさかとは思うけど、私を巻き込んでないでしょうね?」

 「私が親友を売るなんてするはずないじゃん。」


とは小学校の時からの大親友だ。

が自分に嘘をつくなんて事は今までなかったし
これからだって多分無い。

だけどのせいで回りまわって結局何かをやらされるハメになる事も
かなりの確立で起こって来ていたから、とても信用できる言葉でもない。

は眉を顰めてを睨むと
それでもかなり我慢してイラついた気持ちを飲み込んだ。

 「じゃあ、その配役とやらを聞かせてよ?」

 「ああ、うん、まあ、そうだね。
  手塚じゃ無理って事になれば出来そうな奴はあいつしかいないよね?」

はますます顔を顰めた。

 「大体手塚動かすより、本人が乗り気なんだからさ。
  先輩たちも喜ぶと思うよ。
  青学NO.2と言っても、実質不二の方が人気あると
  私は思って・・・。」

不二、と言う言葉を聞くとは途端に立ち上がり、
机の横に掛けてあった鞄を乱暴に掴むと、
呆気に取られてるを振り返りもしないで教室を出ようとした。

 「ちょ、ちょっと、!?」

 「話はそれだけよね。
  私、関係ないし。」

が教室の戸に手を掛ける前にそれはがらりと勢いよく開いた。

はじけるように一歩下がったの向こうに
タイミングよく不二が立ち塞がるのがにも分かった。

まるでが逃げ帰るのを阻止したと言わんばかりの笑みは
の動きを固めるのに充分すぎるものだった。

 「やあ、いいタイミングだったかな?」

それはに言ったものなのか、に言ったものなのか、
けれど返事がなくとも不二にはどうでもいいように見えた。

マイペースに見えてその実、見計らったように
なぜかいつの間にかの側に現われる。

関わりたくないのに側にいるというのは
微妙に感じ悪いものでもある。

だから自然との不二に対する口調は
今機嫌が悪い最中だったとしても
それ以上につっけんどんになってしまう。

 「そこ、どいてよ。
  に用なら中にいるし。」

 「僕は君に用があるんだけど?」

この台詞を他の誰かが聞いたなら
間違いなくどんな女子だって素直に嬉しいと思ってしまうんだろう。

そんな甘い囁きにどんなフェロモンが含まれてるのか
知りたくも無いけれど、は不二の声が嫌いだった。

そしてこの胡散臭い天使の微笑み。

その相乗効果はには倍の苦痛に思える。

がどんなに無愛想に接しても不二には効かないからだ。


 「あ〜、不二!
  いいとこに来たわ。」

 「いいとこって何よ!」

はきっとなってを振り返る。

私を巻き込むな、そう言ったはずだ。

 「相変わらずだな。」

クスリと耳元で笑われてますます不愉快になる。

 「私、帰るから!」

不二を押しのけて教室から出ようとしたら
身体ごと不二に抱き寄せられ
あろうことかぎゅうーっと不二の両腕にきつく締められた。

全くの不意打ち。

それも毛嫌いしている不二に抱きしめられて
身動きどころか呼吸もままならない。

茫然自失のところへ不二のあの甘ったるい声が
じかに身体に伝わってきた。

 「こんなに・・・、こんなに好きなのに、
  なんでわかってくれないんだろう?」

 「君がどんなに僕を拒もうとしても
  僕は、一秒ごとにどんどん好きになって行く。」

 「この気持ちは何年経っても変わらない。
  約束するよ。
  僕は君を誰よりも、愛しているんだ。」


な、何言ってるのよ!と頭の中で叫んでも
は言葉も出ない。

不二の言葉が頭の中を支配している。



愛している



そんな馬鹿な、と思いつつ、真に迫った不二の迫力に
胸に熱いものさえ湧き上がってしまう。

私は不二のこと、好きなんかじゃない、
そう言いたいのに言い出せないくらいの心地よさ。

何だろう、この気持ち。

混乱しているの後ろでが呟いたのが聞こえた。


 「凄い!」

その言葉にえっ?とは我に返る。

そして不二の体が離れた。

 「、顔が赤いよ?」

 「なっ/////」

 「クスッ、本気にした?」

目の前の男は珍しいものでも見るように
心持ち楽しげにその瞳を大きくしている。

私の顔はもはや怒りのために熱を放っている。

 「す、する訳ないでしょ!」

一時でもこの忌々しい男の声を
真に受けてしまった自分が情けなくなるほど腹が立った。

軽々しく、女の子たちが喜びそうな言葉を
口に出す事を厭わないこの男が嫌いだったはずだ。

なのに、なのに、抱きしめられて
まるで恋人に囁かれたかのように聞き入ってしまった事を
酷く恥じた。

不意打ちだったからだ。

いつもならこんな失態、犯すはずがないんだ。


 「そんなに怒らなくたって。
  少しは喜んでくれるかなって思ってたのに。」

 「二人してからかったわね。
  私がこんな手に引っかかるとでも思うの?
  全く冗談じゃないわ!!
  お願いされたって絶対お断りよ!!」

は思いっきり不二を睨みつけると
勢いよく教室から飛び出した。

分かってる。

これは手の込んだ悪ふざけ。

そうして予餞会のヒロイン役に不二は私を選んで
さらに私の嫌がる顔を眺めて喜ぶのだろう。









が飛び出して行くと
不二は分かっているつもりでも
正直あの怒り様は凹むよ、とにため息をついて見せた。

 「不二が余計な事、するからでしょ?」

 「だって、そうでもしなきゃ
  最後まで言わせてくれないよ。」

不二は今しがたまでが座っていた椅子に座り直した。

 「でも、ま、かなり動揺してたね?」

は楽しそうに相槌を打つ。

傍から見ていてもの不二への態度は異常なまでにつれない。

でもそれだって幼少の頃は3人で仲良くままごとなんかに
興じた仲だったのだ。

それがいつの間にやら不二との間には壁ができていた。

否、壁を作っているのはだけだ。

不二はいつだってに好意を寄せている、昔も今も。

 「がヒロインなら文句なしなのになぁ。」

 「それは無理ね。
  あれだもん。」

 「わかってるけどさ。」

 「でも、不二ってば、かなり熱入ってたね。」

 「だって演技じゃないからね。」

そう言うと不二はまた盛大にため息をついて見せた。






Next


Back