「一秒ごとに君の事好きになる。」




彼の言葉が頭から離れない。

秒針が動くたび刻々と傾くのは私の方・・・。










       一秒ごとに  2









あれから、予餞会の劇のヒロイン役を無理やりにでも
お願いされるんじゃないかと警戒していた
故意にとも予餞会の話は口にしなかった。

の我の強さをも充分承知していたから
どんなに頭を下げた所でが不二の相手役を引き受ける事は
万が一にでもないと悟りきっていた。

だからも敢えて予餞会の話は振って来なかった。

あの不二がたった1回で諦めたのが不思議な位だったけど
新たなヒロインを探し当てたのだろうと
自分の周りが平常通りである事に安堵していた
けれど、どこか寂しい気持ちもあった。

付き纏わられるのは嫌だったはずなのに
あんな風に直接的に、たとえ台詞だったとしても
不二に情熱的な告白をされたと思うと
心の中に投石された波紋はなぜか消え去る事がなかった。

あの台詞を誰が舞台の上で受け取るのか、
関心がないとい言えば嘘になる。

ひたひたと波打つの心は
予餞会の日が近づくにつれ段々と
自分でも分からないイライラとしたものに変わっていた。


 「ねぇ?」

放課後予餞会の練習に立ち会うのだという
は思い切って声を掛けた。

 「何?」

 「あの劇、順調なの?」

の質問にその大きな瞳を更に丸くした。

 「が劇の事、気にしてるなんて驚きだね?」

 「いや、何て言うか、あんまり
  みんな騒いでないから、ちょっとね。」

 「そう?
  まあ、中身が漏れると楽しさ半減しちゃうじゃない?
  先輩たちを驚かせなきゃ意味ないし。」

は尤もらしく答えた。

でも答えながらの表情をこっそりと楽しんでいた。

 「うん、そうだよね。
  だけどこういうのって割と秘密裏にしてても
  どっからか漏れたりするじゃない?」

 「まあね。
  でも今回の実行委員たちはみな肝が据わってるからね。
  稽古場も完全立ち入り禁止にしてるし。
  この分なら絶対漏れない自信あるよ?」

の自信満々な態度には眉を顰めた。

あるいは親友ならいつものようににだけは
どんな秘め事であろうと暴露してくれると思っていた。

肩透かしを食らっては口篭った。

 「でも台本はあれなんでしょ?」

 「が前に読んだ奴?
  うん、まあ基本はね。
  キャストの関係で少し手直しはしたけど
  大筋は変わってないよ?」

 「そうなんだ・・・。」

 「何、そんなに楽しみにしてくれてたの?」

 「べ、別にそう言う訳じゃないけど。
  が頑張ってるの、知らない訳じゃないし。
  あれから、どうしたかなって・・・。」

言いながらの顔は少しだけ赤い。

言い難そうにしているのは見ていれば一目瞭然だと
はむずむずする気持ちを押し殺しながら
わざと冷たく答えた。

 「ああ、に頼もうとした事?
  あれは軽い冗談よ。
  不二だってが嫌がるのは分かっててやったんだし。
  それにちゃんともう決まって練習始まってるし。」

 「そ、そうだよね?」

 「そりゃそうよ。
  予餞会なんてぶっつけ本番もいいとこよ。
  練習って言ったってそんなにできないし。
  まあ、演劇部じゃないんだし、余興なんだしね。
  不二だって軽く考えてるし。
  まあ相手の子はすごく緊張しちゃってて大変なんだけどね。」

の言葉にの気持ちは沈む。

不二が相手ならどんな子だって緊張するだろう。

どんなにそれが架空の台詞だとしても
不二が真面目な声であの甘い台詞を口にすれば
誰だって勘違いするだろう。

そう思うと胸の奥がちりちりと痛む。

 「もう時間がないのに最悪よ。
  相手の子に合わせて台詞も書き直しだし。
  あっ、そうだ。
  、ちょっと頼まれてくれない?」

思い悩んでるに間髪入れず
はごそごそと自分の鞄の中を漁り出した。

 「何?」

 「そのさ、我侭な子のために書き直した所があってさ。
  あっちこっちに配らなきゃいけないんだけど、
  にも配達頼んでいいかな?
  確か、今日は家庭科室で衣装合わせだって言ってたし、
  進行係の子やら照明の子達にも資料渡し直ししなきゃいけないのよ。
  ね、お願いしてもいい?」

鞄の中から数枚のレポート用紙を取り出すと
は有無を言わさず唖然としてるの手に押しつけた。

 「時間がないんだからあんまり世話焼かせないでって
  ついでにガツンと言ってやってもいいわよ?」

 「何で私が?」

 「いいからいいから。
  家庭科室だからね、じゃ、頼んだわよ?」

は拝み倒すまねをしながらさっさと教室を出て行ってしまった。

ヒロイン役の子が誰だかも分からないのに
部外者の自分が出しゃばった事などできる筈もないのに
それでも幾らかの好奇心と親友の頼み事に
は託された走り書きの台本を持って家庭科室に行く事にした。








 「あなたの言葉だけで私は充分です。」




筆圧の薄いの丸っこい文字が空々しく目に映る。

言葉だけで充分・・・そんな気持ちは嘘ごとのように思える。

幼馴染だった不二とと自分は本当に仲が良かった。

いつもたちに合わせてくれてた不二が
テニスを始めて段々有名になって行くのを見るのは
幼馴染としてとても鼻の高くなる思いだった。

優しくてかっこよくて頭も良くて自慢の男友達だった。

だけど人気が出れば出ただけ不二は遠い人に感じられた。

あの人当たりの良い柔らかな笑顔が誰をも惹きつける。

それは仕方ない事だと思ったけど
高校生になってからの不二の人気は
の想像を遙かに超えるものだった。

自分より可愛い子もいればスタイルのいい子もいる、
頭のいい子もいればテニスの上手い子もいる、
見れば見るほど自分よりも不二に似合いそうな子は山程いた。

不二は相変わらずと並んで歩こうとするけど
にしてみれば比較の対象にされてるみたいで
いつもどこかしら不安で仕方なかった。

幼馴染なんて本物の彼女と比べられてしまったら
付き合いの長さなんて薄っぺらな関係にしかならない。

どんなに幼い頃から不二の好意を受けていても
そんなものは何の防御にもならなくて
不二の気持ちが誰かに本当に移ってしまったら
にはなす術がないと言う脅威がいつも隣り合わせにあった。

だから不二の好意をそのまま素直に受け取る事が
いつからかできなくなっていた。

でもそうすれば不二はもっともっと構ってくれる事も知っていたから
ずるいけど、そうやって自分を守ってきていた。

不二の事なんて好きじゃないと言いながら
不二の好意が自分に向けられているのを試す事ばかりしていた。


そんな事を自分で繰り返しておいて、
本当は不二のからかい半分の言葉でもお世辞でも冗談でも
それが以外の誰かに向けられる事はやはり嫌だった。

たとえ劇の中の台詞だったとしても。

単純だった。

名前も知らないヒロイン役の子にただ嫉妬してる自分が
情けないくらい可笑しかった。

そんなものに突き動かされて家庭科室に向かっている自分を
心の中であざ笑いながらもその足を止める事ができそうになかった。








家庭科室の戸口には部外者立ち入り禁止の紙が張ってあった。
 
ノックした後にそっと入ると
家庭科室の机の上は衣装やら小道具やら
メイク道具にアイロンとか裁縫道具とか
色んなものが雑然と置きっぱなしになっていた。

ざっと見回した後、奥の衝立にひと際煌びやかなドレスが掛かっているのを見て
もしや着替え中だったかと姿の見えぬヒロイン役の子に話しかけた。


 「あの、私、実行委員のに頼まれて来たんだけど。」

わずかな衣擦れの音に悪いと思いながら
少しだけ衝立に近づいてもう一度声を掛けた。

 「着替え中のとこ、ごめんなさいね。
  台本の差し替えがあるらしくって
  その部分だけ持って来たから机の上に置いておくね。」

数枚の紙を何も置かれてない机を探してその上に置こうとしたら
不意に衝立の陰から見知った姿が現われた。

 「?」

 「えっ?」

驚くのも無理はない。

そこには上半身裸の不二が出て来たのだから。

は慌てて不二から視線を外したものの、
しっかりと目に焼きついてしまった引き締まった上半身に
思わず赤面していた。

まさかと思うけど、二人で仲良く着替え中だったのか、とか
そこまで親密な仲になり得る子がいただろうか、とか
これから何かを始めようとしていたのだろうか、とか
想像もしたくない妄想がわっと湧き上がっては唇を噛み締めた。

 「そんな目を逸らさなくたって。」

不二はクスリと笑みをこぼしたようだった。

 「僕の裸なんて見慣れてるんじゃない?」

 「なっ!?」

 「だって僕たち一緒のお風呂に入った事もあったよね?」

こんな所で、誤解を招くような事を言わないで欲しい。

 「そ、そんなの随分昔じゃない。
  大体そんな事いちいち覚えてないし。」

横を向いて窓の外に目をやるも不二が近づいて来るのが分かる。

 「ちょ、ちょっと、不二!
  来ないでよ。
  私、これ渡すように頼まれただけなんだから。」

 「うん、それはご苦労様。」

そう言いながらなぜか不二はずんずん近づいて来る。

は仕方なくひらひらと泳ぐ紙を
精一杯不二の方に突き出す。

けれど不二は紙を受け取りもしないでの前に立つ。

そむけた顔に両手を添えて不二の方に向かせようとするから
は思わず悲鳴に近い声を上げて不二から逃れようと試みた。

けれど不二の反射神経に勝てる訳もなく
は不二の両腕にしっかりと包み込まれてしまった。

こんなに不二との距離がなくなったのは
今日で2回目だ。

頬にぶつかった不二の胸が生暖かくて
もう何がなんだか分からない位上気してしまう。

 「が悪いんだからね?」

返答もできず急に上がる心拍数にの頭の中は真っ白だった。

 「な、何で?」

 「何で?
  まだ分からない?
  あれ程の告白したのに?」

予餞会のヒロイン役を引き受けなかったのが
余程腹立たしいのだろうか?

いつになく強引な不二には必死になって身を離そうとした。

 「やだ、あれは告白なんかじゃない。
  それに私たち、ただの幼馴染・・・。」

弁明なんてしたくないのに
それでも幼馴染を通そうとした。

そうしたら不二は急にの顎に右手を添え、
強制的に目と目が合うようにの顔を上向かせた。

抵抗すればする程顎はしっかりと支えられ
は否応なく最も近い位置で不二の瞳と目を合わせる事になる。

射すくめられるその瞳には不二の本気を垣間見た。

 「ねえ、
  ただの幼馴染はこんな事はしないよ?」

不二の息遣いが切れるとそのままの唇と不二のそれが重なった。

ほんの一瞬触れただけなのに
まるで今まで繋がっていなかったありとあらゆる神経が
不二と繋がった様な気がした。

 「が好きだ。
  ずっとずっと好きだった。

  君がどんなに僕を拒もうとしても
  僕は、一秒ごとにどんどん好きになって行く。」

不二はまたに口付けた。

 「この気持ちは何年経っても変わらない。
  約束するよ。
  僕は君を誰よりも、愛しているんだ。」


ああ、まただ。

劇の台詞を言っている。

頭の中でそう思いながらも
不二の言葉はどれもにだけ向かって紡がれている。

それはもう聞き流していい次元の問題ではない。

すでに受け止め切れない位 不二に愛されている。


 「、もういい加減僕の事好きだって言ってよ?」

 「・・・うん。」

根負けだ。

こんな奥の手を使われるとは思わなかったけど
これじゃあどんなに頑張った所でもうただの幼馴染ではいられない。

不二が好きだ。

誰よりも好きだ。

言葉で返すなんて恥ずかしいから
は思いっきり不二に抱きついた。







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