Secret Raniy Day 1
天気予報では確かに降水確率なる数字が画面に出ていた。
でもこんなに早く降るとは思わなかった。
夕方遅く・・・、そんなニュアンスだと思ったから
大丈夫だと思っていた。
それなのに図書室でレポートのための参考図書を探していたら
いつの間にかぽつりぽつり降り出していて
今日に限って傘を持って来なかったは
踏ん切りがつかなくてぼんやりと雨のグラウンドを眺めていた。
今更教室に戻った所で誰かがいるとは思えない。
それなら遅くまで残っている運動部の中から
知り合いを探して一緒に帰る道を取る方が賢明のような気がした。
ゆっくりと昇降口に足を向ければ
靴を履き終えて二人で並んで傘を差しかけたカップルが目に入った。
顔を見なくてもそれが生徒会の会長・副会長だと分かった。
この雨ではテニス部も練習は出来なかったのだろう。
手塚が生徒会室に寄って、彼女である楓と帰る事を選択した事は
恋人として正解だと思う。
時間が経てば経つほどきっと雨脚は強くなるに違いない。
は特に仲が良い訳でもないが
それでも声を掛けて傘を借りる位には友達だと思っている、
楓の後姿をまじまじと見つめていた。
今声を掛ければきっと彼女は濡れて帰るしかないに
快く自分の傘を貸してくれるだろうと思う。
そうすれば楓は手塚と誰に遠慮する事無く
相合傘で下校できるはずだ。
いくら堅物の手塚だって嬉しくないはずはないに違いない。
そこまで考えてからは慌てて玄関口から一歩を踏み出そうとした。
その刹那、は誰かに肩を掴まれて動く事が出来なくなった。
「あの二人はあの距離でいいんじゃないかな?」
耳元でそう囁かれては飛び上がった。
後ろにいる人を確認するよりも、
昇降口に他に誰もいないかどうかを素早く見回した。
「誰も見ていないから安心して。」
降りしきる雨音に消される事なく
心地よいトーンが耳元をくすぐる。
でも振り返った先に出会う声の主は
穏やかな笑みを浮かべるも、
それはわずかばかりの非難を含む視線によって
少なからず気分を害しているのが分かる。
「傘、ないんだったら僕に聞いてくれればいいのに。」
「不二君、置き傘持ってるの?」
は間髪を入れずに聞いた。
でもその聞き方がとても他人行儀だったから
不二は小さくため息をつきながら答える。
「持ってないよ。」
「なら、いい。」
はぶっきら棒に答えたのだけど
不二にはそんな戦法は通用しない。
「いいって言うけど、雨は段々酷くなってるよね?」
「走って帰るから。」
「それを僕に見送れとか言わないよね?」
不二がわざと強めの口調で畳み掛ければ
さすがにそれ以上はも強気に出れないと肩を落とす。
不二は口元が緩むのを感じながらも冷たい口調はそのままで
自分の持っていた紺色の傘を差し出した。
「を濡れて帰す訳にはいかないから、
この傘を使って。」
はその傘を見つめたままわずかに首を振る。
「不二君、置き傘持ってないんでしょ?」
「うん、そうだけど。」
「不二君こそ、風邪でも引いたら困るじゃない。」
「別に平気だよ。」
「だってもうすぐ大事な試合があるし。」
「どうって事ない。」
「どうって事ない、なんて。
レギュラーなんだから、熱でも出たら困るでしょ?」
「別に僕は困らない。」
いつになく不二が言い返して来るものだから
はふと視線を上げてしまった。
そして後悔する。
不二は優しい眼差しで待っている。
そしての顔が赤くなるのを楽しそうに見ている。
「・・・私が・・・困る。」
「例え熱を出したとしても
それで試合に出れなくなったとしても
僕はの事を責めたりしない。」
「それが、困るのに。」
「どうして?」
「分かってるくせに。」
諦め顔のに向かって不二は笑いを堪えながら
の頭を軽くポンポンと撫でた。
もし不二が熱を出して休んだりしたら
はきっと一日中オロオロと気を揉む事だろう。
普段は決して不二と付き合ってるなどとばれないように
わざと冷たくあしらう振りをしているが
菊丸の前で、河村の前で、心配の余り
何度も大丈夫だよね、と話しかける様が手に取るように分かる。
そんなに強がらなくてもいいのにと不二は思ってる。
注意深く眺めていれば、の視線の先にいつも不二がいる事も
不二がいつもの姿を目に焼き付けては微笑んでる様も
バレバレだぞ、と乾が苦笑いして言っていたのをは知らない。
「なら、この傘での家まで送る事を断らないでくれるかな?」
「で、でも。」
「大丈夫。もう校内にはほとんど人はいないし。
この雨脚じゃ誰が誰と相合傘をしてるかなんて
ほとんど分からないよ。」
不二が軽く促すようにの背を押した。
そして玄関先で少し大きめの傘を勢いよく開いた。
おずおずとは不二の横に並んだが
不二は傘を持ち直すと反対側の手での肩をそっと引き寄せた。
「しゅう・・・。」
思わず口をついて出た名前を飲み込むは俯いたままだ。
「大丈夫、誰も聞いてない。」
「そ、そんなにくっ付くと・・・。」
「だって、が濡れるのは嫌だし、
僕が濡れてもが困るし。
この位くっ付いてないと傘で送る意味がないからね?」
耳元で囁けばの顔はまた真っ赤になっている。
不二はそれを可愛いく思ってついつい
普段よりも大胆ににくっ付いたまま歩き出した。
雨はどんどん土砂降り状態で、
こんな雨では誰も人の事など気にする余裕はない。
だけど、道路に落ちて激しく跳ね上がる雨は
容赦なく二人の靴にも靴下にも染み込んで来て
ラブラブモードとは程遠く、不二も苦笑いしか出て来ない。
「せっかくの相合傘なのにな。」
「何?」
大粒の雨音のせいで不二の言葉が聞こえなかったらしい。
「いや、このままじゃとてもの家まで歩けそうにないね。」
「そうね、滝みたい。
どこかで雨宿りする?」
雨に濡れてスカートが重くなるのも気になるが
の方は不二にぴったりとくっ付かれて歩くのが
恥ずかしくてたまらない。
高鳴りっぱなしの心拍を落ち着かせるために
どこかで一休みするのもいいかもしれないと
は思ったのだが不二は違っていた。
「ね、僕の家に寄らない?」
「えっ?」
「その方が近いし。
姉さんが帰って来たら車で送ってもらうよ。」
「そんな、迷惑かけられないよ。」
「ううん、もう、決めた。
相合傘もこんな雨じゃ無意味だよ。」
何が無意味なのかにはよく分からなかったけど、
不二が一旦こうと決めたら引かない事は分かり過ぎるくらい知っている。
濡れてしまった靴下も気持ち悪いし
スカートも裾の方は重いと感じるくらい濡れている。
いい加減雨の中の強行軍に心を折られていたから
はしぶしぶと不二の言葉に従った。
けれど、不二の家の綺麗な玄関口に佇めば
ぐっしょりと濡れている自分が家の中に入るのは
とても不躾に思えては気色ばんだ。
「?」
「や、やっぱり傘を貸してもらえば
私、このまま帰る。」
「ちょっと待って。
今、タオルを持って来るから。」
スカートから滴り落ちる水滴に恥ずかしそうに俯くを見て
不二は玄関で靴下を脱ぐと急いで家の中に入って行ってしまった。
玄関の中には小さな水溜りが出来ている。
いつもだったら脱ぎ散らかした靴下が不二らしくなくて笑う所だけど
今はそんな余裕さえない。
タオルを手に戻って来た不二を見てもは微動だにしない。
「ほら、早く上がって。
着替えも持って来るから。」
「えと、そ、それはいい。
私、このまま帰る。」
「遠慮なんて要らないよ。
ほら、風邪を引いてしまうよ。」
それでもぐずぐずとしてたら、不二は玄関を下りると
さっとを抱き上げてしまった。
「ちょ、周助、下ろしてってば!」
「だめだね。
このまま連れて行くからお風呂場で足を洗って。」
「えっ、そんな。」
恥ずかしすぎる行動にうろたえていると
リビングの方から不二の母親の声がした。
「周助?
帰ったの?」
「ああ、母さん、ただいま。
雨が酷いからに寄って貰ってる。
ずぶ濡れになったから彼女に着替えを持って来て欲しいんだけど。」
不二が大きな声で母親に返答するから
はびっくりしてしまった。
「えっ?
あの、も、もしかしてお母さんがいるの?」
「何?いない方が良かった?」
「ちがっ・・・。」
洗面所で下ろされてもどうしていいか分からず
が困った顔で不二を見上げてる所に
ひょっこりと不二の母親が顔を出した。
「ちゃん、雨、凄かったでしょ?
大丈夫だった?」
「あ、あの、お邪魔してます。」
「まあ、まあ、こんなに濡れちゃって。
着替えを持って来たから遠慮しないでお風呂使ってね。」
「いえ、そんな。」
「ほらほら、周助がそこにいたらちゃんが入れないでしょ。
ちゃん、気にしないでゆっくり入ってらっしゃい。」
優しい笑顔に後押しされて
洗面所に残されたは正直戸惑っていた。
不二の家には何回か遊びに来た事はある。
学校では伏せてあったも
不二は家族にきちんと彼女だと紹介してくれていた。
気さくな不二の母親には気に入られているとも自覚しているが
でもこの状況でゆっくりと他所の家の湯につかるのは
いくら何でも図々しく思えて、はいそうですか、とは鵜呑みに出来ない。
とりあえず汚れてしまった足を洗い
濡れてしまったスカートから手渡されたジャージに履き替えた。
そして携帯を取り出すと暫く考えた後
自宅の番号を呼び出した。
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