Secret Raniy Day 2
制服のブラウスとジャージという奇妙な格好で
がリビングに戻ると暖かな紅茶のいい匂いがした。
「ちゃん、紅茶を入れたから一緒に飲みましょう。」
不二の母親がの前に白いティーカップを差し出した。
「あの、本当にすみません。」
「いいの、いいの。
ちゃんならいつでも大歓迎よ。」
そう言いながら不二の母親がと並ぶようにテーブルについた。
「母さん、は僕の彼女なんだけど。」
「周助は早くお風呂にでも入ってらっしゃい。
私がちゃんの相手をしてあげるから。」
軽くいなす様に言う母親に不二は肩を竦めると
それでも素直に立ち上がる。
は少し緊張したまま紅茶を一口飲んだ。
「それにしても本降りになっちゃったわね。
ちゃん、夕飯も食べて行かない?
たいした物は出ないけど。」
ニッコリ笑う不二の母親には軽く頭を下げた。
「ありがとうございます。
でも、さっき家に電話したら、母が車で
すぐに迎えに来てくれる事になって。」
「あら。」
「母もこの雨で心配してくれてたみたいで。
それに不二君ちに迷惑掛けても、って・・・。
その、夕飯誘ってくださって嬉しいです。
でも、今日は突然お邪魔しちゃったし・・・。」
「そんなに気構えなくてもいいのに。
でも、やっぱり娘さんの親御さんの方が固いのかしら?」
クスクス笑う笑い方はやはり不二に似てる。
「そ、そんな事はないです。」
「嫁入り前だものね?
彼氏の家のお風呂に入ったなんて知ったら
怒られちゃうかしら?」
「えっ、いえ、別に・・・。」
「大丈夫、ちゃんが遠慮してお風呂に入ってないのは見れば分かるわ。
それにしても残念ね。
嵐になったらちゃんを引き止められたのに。
今からでもいいのよ、泊まりますっておうちの人に
私からお願いしてみましょうか?」
「えと、泊まるなんてそんな事・・・。」
「ふふっ、泊まるのはもっとだめ?
でもそういう慎ましい所、ちゃんらしいわね。
ま、うちの子が少しオープン過ぎるのかしら。」
まさか泊まって行けば、と言われるとは思わなかったから
はびっくりして不二の母親の顔を見つめてしまった。
不二の母親はとても優雅に紅茶カップに口をつける。
どうもからかってる様ではないらしい。
でもいくら彼氏の母親が了承しても
の母が彼氏の家にお泊りだなんて了承するはずがない。
もちろんお泊りで何かが変わる訳ではないけれど
にしてみても、そう言う親公認の仲が深まる事は
あまり歓迎したくない気持ちがあった。
「ちゃんは周助のどこが好きなの?」
「えっ?」
「一度ね、聞いてみたいなあって思って。」
突然振られた話にの顔は赤くなる。
不二に直接言うならまだしも、その母親に答えるというのは
奇妙すぎるし緊張もする。
「どこって言われても・・・。
かっこ良いところとか、優しいところとか、
テニスが強いところとか。
すみません、何だか普通過ぎる答えですよね?」
は申し訳無さそうに肩を竦めた。
「いいえ、普通が悪いなんて思ってないわ。
むしろ周助は普通じゃない所があるから大丈夫かなって。」
「そ、そんな事ないです。
私には勿体無いくらいで。
平凡な私のどこが好きなのかなって
私の方が思ってる位なんです。」
思わず力を込めて言ってしまったら
不二の母親は不思議そうにを見つめた。
「ちゃんは十分魅力的な女の子だと思うけど?」
軽く首を横に振るとは黙ってしまった。
いつもいつも考えていた事、感じていた事、
心の奥で悩んでいた事を不二の母親に吐露するのは
余りにも短絡的で嫌だった。
それは遠回しに不二の耳に入れて欲しいと
思われたい事ではなかった。
完璧な王子様風情の彼氏に対して
自分が情けないくらい卑下してる事は
自身の問題なのだから。
と言ってもそれを解決出来るほどは強くない。
むしろ不二との付き合いは今だけの事と
は内心自分を諌めていたのだ。
この先もずっとずっと不二と一緒にいられるはずがない。
それならばこれ以上深入りする事無く付き合っていたかった。
不二の母親にもこれ以上気に入られたくない。
いつか、この子は元カノだったのよ、などと
記憶されるのは嫌だった。
それなのに。
口に出す気なんて本当になかったのに
それでも何となくはつい本音を洩らしてしまった。
「いつか。
私よりもっと素敵な子に出会うかもしれません。」
の呟きに不二の母親はまじまじとの横顔を見つめた。
そしての思いに思い当たるとの手を取り
しっかりと握り締めた。
「それはつまり、ちゃんにも周助以上の素敵な男性が
現われるかもって事かしら?」
「ち、違います!」
は強く頭を振った。
「自分はそう思ってないのに、周助の方が心変わりするって思ってる?」
「あっ、いえ、そういう意味じゃ・・・。」
「自分より素敵な子がいるかも知れない。
そういう事はあるかも知れないけど、
もしちゃんより素敵な子に出会っても
周助はちゃんが好きなんだと思うけど?」
不二の母親は優しく言った。
「高校生のうちから将来の事なんて分からないわよね?
でもそうだからって、今から不安に思ってても仕方ないでしょう?
そうね、ちゃんが今からそんな弱気なんだったら
私がしっかり応援してあげるわ。」
「えっ?」
が驚いて視線を上げると
丁度そこへ湯上りの不二の姿が目に入った。
タオルを首に掛け、乾ききっていない髪をオールバックにさせて
ラフなTシャツ姿の彼に目を奪われてしまった。
有り得ない日常の中に自身も組み込まれていた。
それは不二も同様に感じたらしい。
「やあ、なんか新鮮だな。」
「な、何が?」
「がここにいるって事!
でも、いいね、こういうの。」
不二はに向き合うように座りながらしみじみと言った。
「いつかこういう感じで暮らすのかな?」
「えっ?」
「そんなに遠い未来でもないと思うけど?」
不二が嬉しそうに話すのをはどう答えていいものやら分からなかった。
「母さんもそう思うよね?」
「そうね。」
不二の母親は飲み終えたと自分のカップを持つと静かに立ち上がった。
「そう遠い未来じゃないとは思うけど。
それは人によって感じ方は違うわね。」
「母さん?」
が困った顔で不二の母親に視線を向けるものだから
不二の母親はそれ以上は何も言わずに持っていたカップを片付けた。
さすがの不二も何があったのかとに問い掛けようとした瞬間、
の携帯が震えた。
画面を開いてメールを読むが
携帯を閉じるのと同時に立ち上がった。
「迎えが来たから帰るね。」
「迎えって?」
「さっき母に電話したの。」
不二が驚くのも無理はなかった。
けれどはてきぱきと荷物を纏めると
戻って来た不二の母親に礼を述べてリビングを出る。
呆気に取られていた不二は慌てての後を追った。
「。」
「ありがとう。」
「待って、そこまで送る。」
「ううん、せっかくお風呂に入ったのに湯冷めしちゃうよ?」
妙によそよそしい態度に不二は思わずの腕を掴んだ。
「待って。
ねえ、母さんと何かあった?」
「何も。」
「じゃあ、何で・・・。
何か気に入らない事があったなら言って!」
「そうじゃないけど。」
「!」
たまらなくなって不二はを引き寄せると
玄関先でを抱きしめた。
不二の腕の中では固まったまま
それでも急に恥ずかしくなって顔が熱くなっている。
それでも不二を振り切ることなんて出来なくて
も不二に寄りかかるように力を抜いて身を預けた。
「僕はが好きだ。
どうしようもなく好きだ。
だけど、今日はちょっと強引過ぎたのかな?
に嫌われるような事だったのなら謝るから。
だから何も言わないでこのまま帰らないで。」
不二の言葉には鼻の奥がつんとするのを感じた。
「ごめん。
別に嫌だった訳じゃないの。
周助の事は好きだよ。
好きだけど・・・。」
「何?」
「そんなに好きにならないで。」
「えっ?」
驚く不二からすり抜けるようにしては靴を履いた。
ドアを開けようとするの手に不二は自分の傘を握らせた。
「取り敢えず傘は使って。」
「うん。」
目を伏せたまま雨の中に消えていくの後姿を
不二は黙って見送った。
そして外に停まっていた車のエンジン音が
降りしきる雨の向こうに遠ざかっていくのを確かめると
キッチンにいるであろう母親の所に向かうのだった。
翌日も小降りになったとは言え、
雨は低く垂れ込めた雲からひっきりなしに降っていた。
カチリと門扉の鍵を開ける音を聞いて
不二はすぐに玄関から顔を出した。
そこにはが不二の傘を持ったまま立っていた。
「おはよう、。」
「おはよう。」
「寄ってくれたんだ?」
「だって、傘ないと困るでしょ?」
「まあね。」
不二は家の中に行って来ます、と声を掛けると
の手から傘を受け取って勢いよく開いた。
「ね、の傘、貸して?」
「えっ?」
ぽかんとするの手から傘を受け取ると
器用に片手で閉じてしまう。
そしてに不二の傘が差しかけられた。
「周助?」
「このまま登校しない?」
「だ、だめだよ?」
「何で?」
「何でって、そんな事したら噂になっちゃう。」
が困惑気味に不二を見上げた。
今日の不二は怖いくらいカッコいい。
昨日リビングで見せた寛いでいる不二ではなくて
背すじがぴんと伸びていて寝癖なんかなくて
柔和な笑みも浮かべてなくて
真摯な眼差しはに逃げ場を与えないかのように
だけを捕らえている。
「僕はが好きだよ。
それは事実だからね。
どんな噂になろうともこの事実は消えたりしないよ?」
「うん。」
「僕は明日もきっとが好きだよ?
だって寝て起きたら忘れちゃうような事じゃない。
だからそれも事実。」
「うん。」
「は寝て起きたら僕の事、忘れてしまう?」
「そんな事、ある訳ないじゃない。」
「そうだね。
だったら今日と明日は間違いなく僕たちは恋人だね。」
そこで初めて不二は笑った。
そして目でを促すとゆっくりと歩き始めた。
「明日になったらまた次の日もの事、好きだなって思う。
そうやって積み重なって行くんだって。
僕はもうずっとずっと先までの事好きなんだけどさ、
が自信をつけるまでそうやって行くしかないかな。」
きっと母親から自分の事を聞いたのだろうとは思った。
「次の休みに。」
不二はそのまま話を続ける。
「次?」
「多分、今度の日曜は午後の部活はないから、
うちに来て欲しいな。」
「えっ?」
「母さんがね、にラズベリーパイの焼き方を教えたいんだって。」
「ラズベリーパイ?」
「うん、僕の大好物。
これさえ伝授されれば僕はから離れられないよ?」
は不二の母親が応援すると言ってくれた言葉を思い出した。
でも、これじゃあまるで花嫁修業そのものだ。
は軽くため息をついた。
「私、相当頑張らなきゃいけない訳ね?」
「そんなに頑張らなくてもいいけど。
が失敗する所も見てみたいし。」
「な、何気に酷くない?」
が頬を膨らませるとその横顔を見て不二がクスクス笑い出す。
「大丈夫、どんなもの作っても
が作ったものなら美味しいと思うよ。」
「そういうの、私、嫌だからね。」
「分かった、分かった。」
小路から大通りへと続く角を曲がれば青春学園の正門が見えて来る、
その手前で不二が立ち止まった。
傘を心持ち引き寄せて不二の顔も近づく。
は目を大きく見開いて不二をじっと見つめている。
まるで予想もしてないその表情に
不二は声を出さずにゆっくりと5文字を口に乗せる。
真剣にそれを読み取ろうとするが
その言葉を読み終えた瞬間には
もう不二はの唇を捕らえていた。
「相合傘の醍醐味。」
見る見る赤くなるの耳元で不二はそう呟くと
傘を元に戻して空を見上げた。
梅雨空は確かまだ当分続くはず。
不二は満足そうに空に微笑みかけていた。
The end
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☆あとがき☆
梅雨って好きじゃないです。
傘を持つのも億劫だし、雨に濡れるのも嫌いだし。
でも不二と相合傘が出来るなら
毎日雨でも大丈夫です。
『愛してる』
不二の囁きが聞こえましたか?
2012.6.28.