2月の恋 2
不二に告白されたのは転校して一日目だった。
転校と言っても私は外部受験者と同じ扱いだったから
クラスの離れてる不二にその日自分の存在が知られてる事の方が驚きだったのだけど。
「僕の彼女になってくれない?」
ストレートに言う不二は爽やかな笑みをたたえていた。
そのあまりにも開けっぴろげな言い方はどこかサエを思い出させた。
「…余りにも突然すぎだと思うけど?」
「うん、でも好きなんだ。
一目惚れしたって言えば納得してくれる?」
一目惚れって、他に理由がない時に使うもんだよね、と私が言ったら
不二は面白そうに心から笑った。
その笑い方もサエに似てた。
気づいたら不二の事がとても気になっていた。
だけど不二がサエと全然違うのは、彼は私を放っておかない事だった。
ストーカーじゃないかと思うくらい、毎日毎時間、
何かと理由を作っては私のクラスに現れ、
私と不二はいつの間にか公認の仲と噂されるようになってしまった。
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「不二がのことを本当に好きだというのはわかっているのだろう?」
まさか手塚と恋バナをする事になるなんて思わなかった。
どちらかと言えば私が手塚の恋の悩みでも聞くところだと思うのに。
大人びた風貌と普段の無口さ加減から、
手塚の第1印象は大体がいいものではなかったけれど
こうやって同じ生徒会で仕事をするようになって
手塚が身内のような存在には割合面倒見が良くて
思いのほか饒舌だということもこの頃やっとわかってきた。
「そうね、1年以上も聞かされるとね。」
「全く頑固というか、意地っ張りというか。」
「仕方ないじゃない? それが私なんだもの。」
「情にほだされる、というのでも別にいいと思うが?」
「ねえ、手塚君、それって男の友情って奴?」
六角のメンバーも本当に仲が良かったけれど
青学のテニス部もどうやらおせっかいが多いらしい。
そう言えば、バネさんなんか何度もサエのために
私に言い訳をしに来たものだった。
あれも男の友情だったのだろうか?
そうだとしても、あの時、バネさんにも甘えられなかった私は
結局取り持ってもらえそうな協力者も見失ってしまって
尚更本人にも心の内をさらけ出せる機会を失って行ったのだった。
「さあ、どうだろうな。」
「でも、いいね、そういうの。」
私が軽く呟くと手塚は驚いたようにこちらをじっと見つめてきた。
手塚の切れ長の目つきは視力が悪いせいだと思っても
魅力的で私は思わず顔が熱くなるのを感じた。
「な、何よ?」
「いや、可愛い顔をしてると思った。」
「うわっ、手塚君、今日どうかしてるんじゃない?
真顔でそんな事言わないでよ!」
「真顔で言わなくてどうする?」
「やめてよ、手塚君まで…。
今度から二人っきりで仕事なんてできなくなるじゃない。」
私が冗談めかしで言ってみると手塚はその眉間に皺を寄せた。
「不二とどうこうなるつもりがないんだったら
俺とではどうかと思ったんだがな。
お互い気心は知れてるし。」
「ありがとうございます、生徒会長様。
私は良き生徒会長の右腕です。
もったいないお言葉ではありますが、
それ以上でもそれ以下でもありませんから。」
あくまでもおどけてみせる私に手塚はやはりため息をついた。
手塚が本気で不二を敵に回すとは思えないし、
何より私も不二ファンのみならず手塚ファンまで敵に回す気にはなれない。
「全く…。
そこまで言うなら素直になればいいだろう?
他の男には全く興味がない。
といって不二を嫌悪してる訳でもない。
つまりは不二の事が好きなんだろう?」
手塚の言葉に私は再び視線を手元の書類に移した。
ほんとは目で文字を追っても頭には何も入ってこない。
今年のバレンタイン、不二はことごとくチョコを断ってるらしい。
ごめん、好きな子がいるから…
これを受け取っちゃうと、僕の好きな子からもらえなくなるんだ
うん、僕は好きな子からしかもらいたくないから…
朝からそんな風に断り続けてる、とクラスの女の子から聞かされて
私は本当に面食らっているのだ。
去年のバレンタインに不二ががっかりした顔を見てしまってから
私はどうにも胸の辺りが苦しくて仕方がない。
ねえ、。僕は期待してたんだけど…。
なんで私が不二君にあげなきゃいけないの?
あんなにたくさん貰ってるくせに。
わかった。来年は誰からも貰わないよ。
あの時の言葉を不二が守っているのが信じられなかった。
そう、私は不二が私の事を好きでいることが全然信じられないでいるのに。
「…手塚君。私、今日はもう帰る。
続きは明日でもいい?」
「ああ、かまわないが。
そろそろ不二の奴が迎えに来る頃じゃないのか?」
「別に…一緒に帰る約束はした覚えはないんだけど。」
ばたばたと机の上を片付け始める私に手塚は呆れてるのだろう。
そう思っても今日だけでも不二に会ってはいけない気がする。
「酷いな、。」
鞄を持つ手が震えたのがわかった。
ドキドキと波打つ胸の高まりは
不意に現れた不二の声に単に驚かされただけだと思いたかった。
「早めに来てよかった。
君を逃したら今日という日を僕は呪い続けるね。」
ちらりと不二を見ると案の定笑っていた。
どんなに邪険に振舞っても不二はいつも笑っていたけど
その笑みは心から笑っているようには見えない。
「手塚、先に帰るよ?」
「ああ。」
「部室に手塚宛のチョコが溢れてるからなんとかしてよね?」
手塚は無言で頷くだけだった。
その様子をぼんやり見てたら突然不二に手を引かれた。
「今年は手塚がダントツだね。」
「何が?」
「チョコの数だよ?」
細長い廊下を私は不二に手を引かれたまま歩き続けた。
振りほどこうと思えば出来なくはないだろうけど
不二は決してその手を離さない気がした。
そして私も離して欲しくない気持ちの方が強かった。
「ねえ、、僕は…。」
不二の背中が大きく見える。
「今年は好きな子からチョコを貰えるんだろうか?」
と同時に、不二が立ち止まった。
私は何も言えず不二の背中を見つめるしかなかった。
バレンタインにさよならをした時の記憶がさらさらと
私の手の中にある。
落ちていってしまう時の砂を不二は今、
こぼれないようにしっかりと握っているように見えた。
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2008.2.10.