極上生徒会 〜立海大編〜 9








飛び出してみたものの、には行く当てがなかった。

校内で誰かに今の顔を見られるのは絶対嫌だった。

闇雲に階段を上るうちにいつの間にか屋上のドアの前に立っていた。


そっと外に出てみると爽やかな風が頬に当たり、
跡部によって汚されてしまった唇を浄化してくれないものかと
思わず手の甲を唇に押し付けたところで
は自分が羽織ってる幸村の上着に気づいた。



 「幸村君…。」



跡部の相手は初めから生徒副会長だった、という仁王の言葉はショックだったが、
冷静に考えてみれば、跡部に会う時は必ず真田と一緒に、と
最初に幸村は言っていたのだから、
まるっきり自分が生贄のように放置されていた訳ではない、
そんな風には思い起こしていた。

けれど、それでも結局幸村は真田に自分を守らせたかったのだろうと思うと、
肩にかけてくれた上着は全然嬉しくなかった。





真田ともし付き合ったら、幸村は祝福の眼差しで自分を見てくれるのだろうか?




大切な友達の彼女になったなら、今よりずっと幸村に近づくことが出来るのだろうか?






そんな不毛な思いに囚われてもなお、自分は幸村が好きなのだと思い知らされた。









        *******








幸村は当てもなくの後姿を探しながら走り回っていた。


あの時、飛び出していくをどうして放って置いてしまったのかと、
悲しそうな横顔を思い出しては自分に腹が立っていた。




一番大事なものを傷つけてしまった。



    恋愛にルールはない…。

    なんで真田に遠慮するんじゃ。




仁王の言葉が胸に刺さっていた。



わかっていた。


こんな茶番を演じたところで、自分の気持ちは変わらないし、変えられないし、
まして初めから真田にを譲る気持ちなどなかったのだ。

それなのに、それを誤魔化してきた自分。

真田がに恋心を打ち明けた所で、がそれに応じる筈がないと踏んでいた傲慢さ。

その上で、もし自分が真田にも自分の気持ちを打ち明けてしまったら、
真田はきっと自分からは告白できなくなる、と愚かにも真田をどこかで哀れんでいた。



自分は真田の恋の応援をしつつ、真田の恋が成就しない事を望んでいたのだ。










        ********











 「…、どうした?」


振り返るとそこには真田が心配げな顔で立っていた。


 「お前が血相変えて階段を上がるところを見かけたものだから…。
  その…、何があったんだ?」



普段コートの中で同僚や後輩たちに渇を入れる真田は
真に迫力のある骨太な男らしさがあるが、
どうもの前ではいつもそんな感じは丸っきりない。

今だって、どこか不安げに、にどう話しかけたらいいのかわからず、
といって彼の生真面目な性格では素通りも出来なくて、
対処の仕方も分からずここへ来てしまった、そんな風だった。


けれど、だって真田に何と言えばいいのかわからない。


 「あっ…、ううん、何でもない。」

 「いくら俺が鈍感だといっても、何でもない風には見えんぞ。
  俺に…言えない事なのか?」


真田の視線がの胸元にあるのに気がついて、
は慌ててシャツの襟元をしっかり合わせると真田に背を向けた。


 「真田君が心配する事なんて何もないよ。
  ただちょっと風に当たりたかっただけ…。」

 「
  俺がお前を気遣うのは嫌か?
  俺はそんなに頼りがいがないか?」

 「ほんとに、たいした事じゃないから…。」


後ろ向きのままが首を振ると
真田は意を決したように深く息を吸うと
を後ろから抱きしめた。

真田の予期せぬ行動には驚きのあまり小さく叫んだが、
真田はその手を離さないばかりか強く抱きしめてきた。



 「俺はが好きだ。
  好きな奴の事を心配して何が悪い?
  たいした事ではないと言うが、その状況で強がるな。
  誰にやられた?」

 「…。」

 「!」

 「お願いだから、離して…。」

 「できん…。」

 「真田君の気持ちは嬉しいけど、
  でも、…だめだよ。」

 「構わん。
  俺に気を使わなくていい。
  ただ、俺はが辛そうにしてる時に
  何も出来ないで引き下がる事は出来んのだ。
  俺がのためにしたいだけだ。
  お前を苦しめた奴を俺は許す事ができないだけだ!」

 「だけど…。」



 「たとえ  相手が  親友だとしても、だ。」




真田の声が急に険しくなり、の体を包み込んでいた手がするりと離された。

顔を上げ、屋上の入り口を見るとそこには幸村が立っていた。








 「幸村、お前のせいなんだな?」




有無を言わせぬ非難の口調は先程までの真田とは雲泥の差だった。

真田は大股で幸村に近寄るとその拳に慢心の力を込めていきなり幸村の頬を殴った。

鈍い音と共によろける幸村は、それでも両の足に力を込め倒れる事はなかった。

はあまりの事に呆然と真田の背中を見ていたが、
そのまま2発3発と勢いのまま殴りかかる真田と
それを黙って殴られるまま何もしない幸村に脅威を感じて、
止めなければと言う思いだけで必死に真田の腕にすがった。


 「止めて、真田君!
  お願い!!」


腹にも数発の鉄拳を食らい、さすがの幸村も苦痛に顔をゆがめたが、
それでも呻き声ひとつあげず真田の怒りを全身で享受する姿に、
はその身を挺して幸村をかばうように真田の前に手を広げた。


 「お願い!!」


怒りで紅潮した顔には、のその行為がどういったものなのかわからず、
真田はほとんど高揚したまま叫んでいた。


 「。どくんだ!!
  俺がお前の代わりに制裁してやる。」

 「やめて!真田君、これ以上幸村君を傷つけないで!!」

 「なぜだ?
  を泣かせたのは幸村だろう?」

 「待って…。
  そうだとしてもこんな…。」

 「いいんだ…、
  真田の気の済むようにさせてやってくれ。」




痛みを堪えたその声には嫌という風に何度も首を横に振りながら
今度はくるりと幸村の方へ向き直ると、
自嘲気味に微笑む幸村を真っ直ぐに見上げた。


 「なんでそんな事言うの?
  なんで殴られっ放しでいるのよ!」

 「君の、痛みに比べれば…。」

 「痛みって何?
  今更何を言うの?
  あれは副会長の役目だったってはっきり言ってよ。
  そうしたら…、諦めるから。」

  
諦める…そんな言葉が口に出た途端、
の目にはまた透き通った悲しみがこみ上げてくる。

諦められない気持ちの方が強いくせに…。


 「君を…守りたかったのに、
  誰よりも大事に思ってたのに、
  君の傷ついた顔なんて見たくなかった…。」

 「えっ?」

 「遠くから見守るなんて
  かっこつけすぎたばちが当たったんだ。」


幸村はの横をすり抜けると真田の前に進んだ。



 「真田!
  すまない!!
  俺は、の事が好きだ。
  真田を応援するなんて言って悪かった。」

 「幸村?」

 「もっと殴ってくれてかまわない。
  俺を憎んでくれてもかまわない。
  だけど、の事は俺も譲る気はないから。」

 「なぜだ? なぜ、今になって…。」

 「今更…、だよね。 本当にそうだ。」


幸村は乱れた前髪をかき上げると、真っ直ぐに真田を見据えた。


 「俺は君にどう思われても怖くはない。
  にも悪く思われて当然だと思う。
  だけど、これ以上の傷つく顔は見たくないんだ。
  守れるものならば俺の手で彼女を守りたい。」 
  
 「守りたいだと?
  俺では守りきれんと言いたげだな?
  そういうお前の余裕ぶった所が前々から気に入らなかった。
  そういうことならなおさら手加減はしないぞ、幸村。」


真田は幸村の言葉が終わるのを待つや、
覚悟を決めたように帽子を目深にかぶり直し、
深く息を吐き出した。

今までの鉄拳に手加減があったとは到底思えないのに、
明らかに次に繰り出される拳は今まで以上の気が込められているような
恐ろしいまでのオーラに包まれている。



真田の拳が幸村の眼前にストレートで繰り出されるのと同時に、
その拳を幸村が片手で受け止めるのが見えた。


パシッ!!!!!


幸村の肩先に真田の苦渋の広がる顔が見えた。



 「うぬっ。ゆ、幸村…。」

 「俺が黙って殴られ続けると思ったのか、真田?」


受け止めた真田の拳を突き返すように離すと
幸村の左拳がそのまま真田の腹部に押し込まれた。


 「真田。
  俺が宣言した以上、もう君に遠慮はしない。
  まして、彼女を守りきれなかった制裁は君にも受けてもらうよ。」


真田の腹部に入った幸村の拳は相当な重みだったらしく
真田はしばらく声も出ぬ様でかがみこんでいた。



幸村はゆっくりとの方に向き直ると
いつもの幸村らしく、優しい眼差しでを見つめてきた。



 「…。」

 「な…に…?」

 「ひとつ、聞かせて欲しいんだけど?
  副会長としての役目と引き換えに何を諦めようとしたの?」




屋上の風向きが一瞬で変わるのが分かった気がした。
  
 
  





 
  
  



Next

Back









☆あとがき☆
 いよいよラスト…の予定。


2007.3.25.