極上生徒会 〜立海大編〜 8
「やあ、跡部。
仁王が生意気な口を利いてたようだけど、気にしないでくれるかな?」
多少いつもより低い声だったが、走ってきた息を整えるでもなく、
幸村は怒りをそのまま前面に押し出してるような口調だった。
は乱れていた制服の襟元を慌てて両手で隠すと、ソファに静かに起き上がったが、
幸村たちの方へはさすがに視線を向けることは出来ず、
幸村の登場にほっとしながらも、こみ上げてくる涙は安心からではなかった。
「幸村か。
また随分な歓迎のされ方じゃねーかよ。」
「すまない。俺とした事がとんだ落ち度だった。」
「はん、さすがにお前の裏拳を間近で見られるとは思わなかったぜ。
ま、お前が俺に頭を下げるっつうなら仁王の事は大目に見てやろうじゃないか。」
「ああ、跡部が話のわかる奴でよかったよ。」
「ああん? 俺様もそれ程許容範囲は狭くはねーんだよ。
ただし、幸村以外の奴の意見は聞かねーがな。」
「そうか。…それなら、彼女の事もなかった事にして欲しいんだが?」
幸村はそう言って自分の上着を静かに脱ぎさると、黙ったままの後姿にそっと覆いかぶせた。
は上着の暖かさにビクッと肩を震わせたが、それ以上身動きも出来ず、
ただただ背中で二人の会話を聞く事しかできないでいた。
そんなの様子に幸村は口の中で小さくすまない、と呟いていたのだが、
もちろんその声はには届いてはいなかった。
「それは譲れねーな。
お前の落ち度だろうが、なんだろうが、
俺にとっちゃ、そんなこたぁどうでもいいことだ。
俺はそいつの事が気に入った。
ただそれだけだ。」
幸村の一連の動作を見守りながら面白そうに跡部が言った。
「跡部。それはいくら君の要求でも俺は聞く耳を持たない。
彼女を君に差し出したつもりは毛頭ないんだ。」
幸村のゆっくりとした口調には、たとえスポンサーである跡部と言えども、
絶対に屈する事は出来ないという意思が強く現れていた。
跡部はしばらく幸村を睨んでいたが、ふっと視線をはずすとにやりと笑った。
「…そうかよ。
まあ、いい。
俺に差し出すつもりはねーんだったら、
俺様のやり方で手に入れるまでだ。」
「それも断る。
は生徒会の一員だ。
勝手な事は俺が許さない。」
「ほう?それはどういう了見だ?
生徒会は俺様をもてなすためにあるんじゃなかったか?
この合同文化祭が誰のおかげで成り立ってるか
わからないバカじゃねーだろう?
それとも立海大の生徒会っていうのは
一個人の恋愛もままならぬお堅い所だって抜かすんじゃねーだろうな?」
「…これが、恋愛だとでも?」
「はんっ、恋愛にルールなんてあるかよ。
、俺に付き合え。」
跡部は幸村を押しのけるとの腕を掴んで引き上げた。
「そうね、ルールなんてないって言うなら、
私とも付き合ってくれるんでしょ?」
そう言いながら葦名が応接室に入って来ると、
迷わず跡部との間に立ちはだかった。
凛とした葦名の後姿には思わず葦名の腕を掴んだが、
葦名は、いいの、と言わんばかりにに優しく微笑むと、
毅然とした態度で跡部に向き直った。
「ほう?お前が相手になると?」
「ご不満でも?」
堂々と跡部に対峙する葦名の機転に、幸村は即座にの肩を引き寄せると自分の後ろにを隠した。
跡部はそんな幸村を一瞥すると、心持ち口端をあげてニヤリとしながら、
今度は葦名の腰を抱いた。
「あーん?どいつもこいつも気にくわねー奴等だな。
そんなにお前が俺の相手をしたいっつうんなら今日の所は引き下がってやるが、
幸村、俺様は諦めた訳じゃねーからな。」
「…跡部、俺も実は諦めは悪い方でね。」
ゆっくりと呟いた幸村の言葉を無視したまま、跡部は葦名と連れ立って部屋から出て行った。
「さてと。
仁王は俺に何か言うべき事はないの?」
切れた唇から血が流れていたが、仁王は壁に寄りかかったまま
立ち上がることもせず冷ややかな目で幸村を睨みつけていた。
「言ったじゃろう。俺は協力はせんと…。」
「それとこれとは別ではないのか、仁王?」
「…幸村が悪いんじゃ!」
「俺のせいだと言うのか?」
「だったらどうなんじゃ?」
「をこんな目にあわせてどういうつもりだ。」
「こんな目? 跡部の相手をするのは副会長の役割だったはずじゃ。
それを知っててを副会長にしたんは誰じゃ?
。幸村はわかっててお前を副会長にしたんだ。
こんな最低な奴なんだぞ?」
「違う!!」
掴みかからんばかりの寸でのところで幸村を制したのは柳だった。
「待て、幸村!」
こんな冷静さを欠いた幸村を見たのは初めてだとは目を見張った。
けれど、副会長が跡部の相手役と知ってて自分は副会長に推されてたのかと思うと、
やはりにとってはその事が一番ショックだった。
「今はそんな事はどうでもいいだろ。
の気持ちを考えろ。」
柳のその言葉で幸村ははっとした。
振り返るとそこには生気の抜けたような表情でが立っていた。
幸村には視線を合わせず、引きちぎれたシャツのボタンを隠すようにしている様は、
幸村の心を締め付けた。
「…、本当は…。」
「…。」
「…すまない。
こんな事にならないよう、真田に…。」
「やめて。何も聞きたくない!」
は絞り出すようにそう叫ぶと、そのまま部屋の外に逃げるように飛び出した。
無理やり跡部にキスをされたその顔をこれ以上幸村に見られたくはなかった。
「追わないのか、…幸村?」
柳の低い声が静かな応接室に広がった。
けれど幸村は、が出て行ったドアを見つめているだけだった。
「俺は…。」
放心したまま佇む幸村に仁王は呆れたように笑い出した。
「お前さんはアホじゃ。」
口元を手の甲で拭き取ると仁王はのろのろと立ち上がった。
「なんで真田に遠慮なんかするんじゃ。
幸村、恋愛にルールはなか!
そこの所だけは跡部の言うとおりじゃろのう。」
「仁王…。」
「はよ、行きんしゃい。
俺の無様な姿を台無しにするつもりか?
俺には本気で殴ってきた癖に…。
真田にも本気で張り合えばいいだけの話じゃろ。」
仁王の言葉に幸村が目を見張った。
いつも通りの不敵な笑みをその口元に浮かべてはいたが、
仁王の口調には幸村を優しく諭すような響きが込められていた。
「をはよ捕まえんと、後悔するぜよ。」
「…すまない、仁王。」
幸村がそう呟いて部屋を出ていくのを見送ってから
おもむろに柳は仁王に尋ねた。
「お前もの事が好きだったのではないのか?」
「何を言うちょる。ま、惜しい事をしたかのう。
確かにはいい女じゃったが。」
「仁王は自分の心を偽るのが上手いな。」
「柳に褒められるとは思わんかった。
じゃが、俺は幸村の好きな相手を取るほど、女には不自由してはない。
大体俺が一番好きなのは幸村じゃから…。」
柳は驚いた風に、未だかつて本心を明かす事のなかった仁王を見つめた。
「柳、お前さんは俺の事を虫も食えない奴だと思うとるじゃろが、
俺はな、これでもこんな俺を信頼してくれとる幸村に心底敬服しとるんじゃ。
その幸村が何が悲しくて好きな奴を真田に譲ろうとしてるんか、
それが癪に障っての。
ま、をちーとばかり苛めたい気持ちは否定せんがの、
それでも俺が悪者になってでも、幸村には幸せになって欲しかったんじゃ。」
「…全く無茶苦茶だな。」
「俺らしいじゃろ?」
「だが、が幸村を受け入れなかったらどうする気だ?」
「さあな。そこまでは責任持てん。
だが、が真田を頼るとは思えんしの。
といってあの様子じゃ、幸村も引き下がれんじゃろう?」
「まあ、それはそうだが…。」
柳は去り際に見たの蒼白な顔を思い出しながらため息をついた。
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☆あとがき☆
久々の立海大生徒会編。
ちょっとゆっきぃがヘタレ過ぎる気もします…。
今回の仁王は「泣いた赤鬼」のイメージで。(苦笑)
だってあの昔話、好きなんだもん。
2006.3.14.