極上生徒会 〜立海大編〜 6









 「柳君!」



教室内に柳の姿を見つけ、は思わず足を止めるより先に声をかけていた。

柳は合同文化祭のパンフレットやポスター作成などに思いのほか時間を取られていたようで、
そういえば同じクラスながらゆっくり話をする間もなかったと、
は思い直して開いたドアから教室に入って行った。


 「ああ、か。
  そんなに慌てるとせっかくの髪が乱れるぞ?」


別に慌てた訳ではないけど、思った時に声を掛けねば
同じ生徒会と言えどなかなかゆっくりと仕事以外の話は出来なかったからと
口に出かかったが、敢えてその言葉は飲み込んだ。


今日は午後から氷帝の跡部が来るということで、
のクラスメイトが面白半分にの髪にウエーブをつけていたのを
柳が面白そうに見ていたのをなんとなく知ってはいたが、
そんな風に言われると急に恥ずかしく思ってしまう。

はあまり跡部には関心がなかったけど、
結構彼のファンは立海大にも多いらしく、何人かの友人には
ため息混じりに羨ましがられたのがどうもには実感がわかない。


 「なんか変じゃない?
  うちのクラスってなんでこういうことに盛り上がるのかわからないんですけど。」

 「まあ、いいんじゃないか?
  結構可愛いぞ。」


いつもの表情で柳に言われても褒められてる気はしないのだが、
幸村にもそんな風に思われたらいいなとつい柄にもなく考えてしまう。

そう考えた所で、今日も今日とて幸村の顔さえ見ていなかった、
は小さくため息をつく。



 「…ねえ、それより跡部さんを生徒会室まで案内するだけでいいの?
  柳君は打ち合わせには出席するんでしょう?」

 「いや、跡部と会うのは幸村だけだが…。」

 「そうなの?」

 「ああ。今回は儀礼的な挨拶だけだと聞いてる。
  どうせ各校の生徒会長を集めての本格的な打ち合わせは来週あたりになるだろう。」

 「そっか…。」

 「どうした?」

 「ううん。」

 「思うように進展しなくて不満、ってところか?」

 「合同文化祭の事?」

 「幸村との事じゃないのか?」


柳の言葉には曖昧に苦笑した。

いつだって柳は見ていないようでちゃんとお見通しで、
それに甘えてはいけないと思うのだけど、
ついつい弱音を吐いてしまう。


 「私ね、副会長になれた時、もう少し幸村君とは近い存在に
  なれるんだと思ってたけど、それは間違ってた。
  私、幸村君には避けられてる気がする…。」

 「そうか? 俺はそうは思わないが…。」

 「なんで?
  副会長なのに会長の仕事のサポートなんて、あってないようなものじゃない?
  いつも真田君と二人で、なんでも事後報告だし。
  そりゃあ、幸村君が忙しいのはわかってるけど…。
  いつもいつも幸村君の周りには、私じゃなくて別の誰かがいて…。」


柳はふむ、と考え込むと、手持ちのデータブックをぱらぱらとめくり出した。


 「ところで、
  今月になって呼び出しはなくなっただろう?」

 「よ、呼び出しって?」

 「確か、生徒会に入る前はそれでも週に2〜3度は
  告白されてたんじゃないか?」

 「わっ////、な、なんでそんな事までデータ取ってるのよ。」

 「立海大で彼女にしたいベストテン上位組だからな、お前は。」


柳がさらりとそんな事を真顔で言うから、は真っ赤になりながら抗議した。


 「今はそんな話関係ないでしょ?」

 「いや、おおいにあるね。
  真田と二人で生徒会の仕事をしている光景が嫌でも目立つから、
  に告白する奴が減っていると言う事実を、お前はどう思うのだ?」

 「えっ?」

 「俺には真田を使って、に悪い虫がつかないように 
  させてるとしか思えないのだが…。」


柳にそんな風に言われては戸惑った。

そんな風には到底考えられなかったし…、
悪い虫がつかないようにって、それで真田に告白されでもしたら
どうしていいかわからない…。


 「だけど…、真田君は…。」

 「ああ、あいつか。
  に惚れてるって言うんだろう?」

 「あっ、うん、なんとなく…ね。」

 「分かりやすい奴だからな。」

 「だったら…、幸村君は真田君の味方だよね?」


そうが呟くと、柳は思わず眉間に皺を寄せて、口角を上げながら微笑んだ。


 「ああ、はそう思ってるのか。
  まあ、幸村の考えてることは分かりにくいからな。
  ま、どっちかっていうと幸村は真田を見て楽しんでるだけだと思うが…。」

 「?」

 「いや、こっちの話だ。
  とにかくもう少しすれば、幸村もそう忙しくはなくなるだろう。
  後夜祭までには俺が何かしら手を打ってやる。」

 「ほ、本当?」

 「多分な。」



真顔で言われれば柳の言葉に嘘はないのだろうが、
仁王の言っていた言葉も少なからず気にかかる。

仁王の事を柳に言おうかどうか躊躇していると、
当の本人が開いている廊下側の窓からひょっこりと顔を覗かせた。





 「。幸村から伝言じゃ。」

 「何?」

 「氷帝の跡部の奴、早目に到着するらしいぞ?
  取りあえず玄関先で迎えて、応接室に案内してくれじゃと。」

 「えっ、もう?
  真田君にも知らせなきゃ…。」

 「ああ、よか。
  真田には俺から知らせたけんのう。
  ま、真田のむさい顔よりの出迎えの方が跡部も喜ぶじゃろ。」

 「何言ってんだか。
  じゃあ、柳君、私、行くね。」


が立ち上がって教室から廊下に出ると、
すかさず仁王が近づいてきた。


 「気合入ってるのぉ?」

 「そんなんじゃないわよ。」

 「ま、困った事が起こったら俺を呼びんしゃい。」

 「そんな事絶対ありません!」


にやりと笑う仁王が腹立たしくて、は足早に仁王の傍を離れた。









       ********












が正面玄関に着いてものの数分とたたぬうちに、
立海大の並木の遥か向こうから黒塗りの大きな車が近づいてくるのが分かった。

跡部財閥の跡取り息子なだけにかなりの金持ちで、
氷帝学園への送迎もお抱え運転手付だとクラスメイトたちが噂していたが、
あながち嘘ではなかったんだとは苦笑した。

合同文化祭にしても、この跡部がスポンサーでなかったら、
こんなに豪勢に大掛かりな文化祭は出来なかっただろうと思う。

ゆっくりと後部座席から降りてきた跡部は、
その端正な顔つきと日本人離れしたスタイルが印象的で、
氷帝の制服を着ていなかったら高校生とはとても思えない程大人びていて、
これでは立海大にも彼の親衛隊なるものが存在するのだろうとも納得する思いだった。



 「お前、誰だ?」


それでも開口一番、上から見下ろされるような冷たい視線と
その横柄な口ぶりには一瞬でもカッコイイと思った自分を恥じた。


 「お待ちしていました。
  立海大付属高校生徒会副会長のです。」

 「今年はお前が相手か。」


なんだか少々癇に障る口調と共に、
の体を頭の先から足元まで人目をはばかることなく視線を走らせる相手に、
なんて不躾なんだろうと心の中で呆れたが、
はそれらを無視して応接室へと先に立って案内した。


廊下の先を見ても未だに真田の姿は見えなかったが、
応接室は生徒会室と違って玄関からは目と鼻の先だったから、
はとりあえずこの鼻持ちならぬ氷帝の生徒会長を案内して、
さっさと自分の役目を終わらせようとそればかりを考えていた。


 「それでは幸村会長が来るまでこちらでお待ちください。」


黙ったままついてきた跡部に一礼すると、
はそのまま立ち去ろうとしたが、
ふいに自分の手首を掴んできた大きな手に驚いて振り向いた。


 「あーん、お前が相手するんだろ?」

口の端を吊り上げたように笑う跡部の顔には思わず身がすくんだ。


 「あの…。」

 「はん、知らねーなんて言うなよ?
  幸村に頼まれてここにいるんだろ?」


なにやら不穏な空気にが跡部の手を振り解こうとすると、
その倍以上の力で引き寄せられ、不覚にも跡部の胸の中に押さえ込まれた。


 「面倒掛けさせやがるな。
  それとも、お前、初めてなのか?」

 「な、何するの?」


近づいてくる跡部の顔に嫌悪感を感じつつも、
精一杯の虚勢で睨みつけてやった。

けれど相手は全然臆する事もなく、
慣れた手つきでの後頭部を固定すると、
反対の手でのあごを少々強引に上に向かせる。

青味のかかった瞳は意地悪い光を帯び、
近づいてくる厭らしい唇に、は渾身の力を込めて跡部の胸を突き返した。

一瞬跡部から逃れられたと思ったのは間違いで、
出口に向かって反転したと思った自分の体は、急に引っ張られた反動で体制を崩し、
そのまま誘導されるようにもののみごとにの背後にあったソファーに投げ飛ばされた。

ギシッと重みの加わったソファーの振動と自分の体にかかる重力の痛みに
完全に跡部の下に組み伏せられた事を知って恐怖を感じた。


 「なんて目をしてやがる。」


 「や、やめて。
  あなた、どうかしてるわ!」


 「あーん? 何も聞かされてないのか?
  お前は今年の俺様の生贄だ。」


必死で顔を背けたものの、跡部の強引なキスに抗える術もなく、
背筋にゾクリと不快感を募らせる中でその行為は何度も繰り返された。

乱暴にネクタイは引き抜かれ、ブラウスのボタンをはずされる感触に
この行為がこのまま不本意な形で最後まで行くに違いないと悟ると、
の目から涙が零れ落ちた。


 「やだ、触らないで!
  誰か…、誰か…。」


跡部の腕の中で必死に抵抗するに満足そうに黒い笑みを浮かべると、
跡部は嫌がるの耳元に口を寄せた。


 「誰が助けになど来るか。
  お前は幸村によって選ばれたんじゃねーか。
  俺様を楽しませてみろよ。
  お前も俺なしでは生きていけないようにしてやるぜ。」


その言葉には鈍器で頭を殴られたようなショックを覚えた。



   





   うそ…。


   幸村君が   仕組んだ事    なの?










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2006.10.29.