極上生徒会 〜立海大編〜 3
はむっとしながら歩いていた。
柳の頼みだから生徒会の副会長を引き受けたのに。
それも、立海大のテニス部が全国大会に向けて忙しくなるのは必死で、
部活と生徒会を両立させるなんて大変だろうと思うから、
自分が少しでも役に立てるなら、そう思って引き受けたのに…。
結局生徒会はテニス部レギュラー人で固められているなんて!?
そう、テニス部のレギュラーは揃いも揃って万能であった。
天は2物を与えず、とはよく言ったもので、
彼らは2物も3物も与えられている兵どもなのだ。
そんな優秀な人材の集団に果たして自分の存在が必要なのだろうか?
はいい加減な人事に少なからず腹が立っていた。
困っているなら助けてあげたい、そう思って引き受けた自分が滑稽に思えるからだった。
階段を下りて幸村のいる教室へ向かった。
けれど教室に幸村の姿はなかった。
「あれ、さん、誰かお探しですか?」
教室内を覗き込んでるの背後から丁寧な口調で囁かれる。
振り返ると数冊の本を手にしてる柳生が立っていた。
「柳生君は幸村君と同じクラスなの?」
「そうですが…。」
柳生とは1年の時ずっと図書委員会で一緒だった。
彼の趣味が海外のミステリーものを読む事だと知ってからは、
お互いに持っている本を貸し合う仲だったし、
何度か一緒に都内の古本屋巡りをした事もあるくらいだった。
「…いないみたいね。」
「生徒会長に会いにいらっしゃったのですね?」
「う、うん、そうなんだけど。
そう言えば、柳生君も生徒会の会計なんでしょう?」
は仁王が言っていた言葉を思い出して聞いてみた。
「ええ、仁王君が会計と言うのはちょっと心配ですからね。」
柳生の口元にこぼれた笑みが、仁王を揶揄してるのかどうかには分からなかった。
いつも紳士的な彼の事だから、あからさまに人を中傷するようなことは言わないと思うけど、
それでも柳生の目がいつになく真っ直ぐにに向けられている事には戸惑いを覚えていた。
「…詐欺師って呼ばれてるから?」
「ふふっ。さん、あなたの口からそんな言葉が出るなんて意外ですよ?
でも、仁王君が詐欺師って呼ばれるのはコート上だけなんですけどね。」
「えっ?そうだったの?
私、仁王君ってそういうイメージしか持ってなかったから。」
「まあ、コート以外でも似たようなものですから、
さんがそう思うのもいたし方ないでしょうねえ。
私としては好都合ですけど…。」
最後の方の言葉には不思議そうに柳生を見上げる。
「そういう言い方されると、
なんだか、柳生君もコート以外では紳士じゃないみたいじゃなくて?」
クスッと笑うに柳生も目を細めるようにして微笑む。
そしての耳元に口を寄せたかと思うと、艶っぽく囁いた。
「好きなものを手に入れるためなら
私だって紳士ではいられなくなるかもしれません。」
なんだか今まで知っていた柳生ではないような雰囲気にがびっくりしていると、
柳生の方は普段通りの真面目な表情に戻っていた。
「生徒会、楽しくなりそうですね。
そうそう、幸村君なら部室だと思いますよ。
では。」
テニス部の部室は校舎からかなり離れている。
柳生と別れてから、は悶々と考えていた。
生徒会のメンバーがテニス部で占められていることはほぼ間違いないようだが、
彼らが生徒会に入っている事を楽しみにしてるのがには今ひとつ理解に苦しむところであった。
でもそれならそれで、柳もどうして初めに言ってくれなかったのだろう。
いや、それより、幸村自身がに何も言ってくれないのはあんまりな気がした。
1年の時はは幸村と真田と3人同じクラスで、
結構なんでも気軽に喋れる間柄だったのに。
は歩きながら、幸村に会ったららなんて言えばいいんだろう…と、
段々と自分が何を言いたかったのかわからなくなってきていた。
テニス部の部室の前で小さく深呼吸すると、は軽くノックをした。
ドアを開けると奥のテーブルの上には何やら色々なファイルが山積みされていて、
真田がひとりであっちの書類、こっちの書類と引っ張り出しながら格闘している姿が目に入った。
「…真田君、何やってるの?」
はおずおずと真田の傍まで来ると書類の束を覗きこんだ。
「ああ、か。」
真田はほっとしたような表情を浮かべた。
「生徒総会の資料を作らねばならんのだが、
その前に各部活の今年度の予定と予算を出してもらうそうだ。」
「…これって書記の仕事じゃないの?」
「それが資料が揃ったら総会資料を柳が作るんだが、
その前に各部に資料を出させるところまでは副の仕事らしいんだ。」
「…。私、手伝おうか?」
「ああ、がやってくれたら100人力だな。」
は真田の真向かいに座ると、書類を手際よく整理しだした。
そして文科系と運動系の各部へ配布する書類をてきぱきと揃え始めた。
トントンと書類の束を揃える手つきをじっと見守る真田の視線にが苦笑した。
「どうしたの?」
「いや…。」
「そう言えば、幸村君は一緒じゃなかったの?」
「ああ、さっきまでいたぞ。
幸村に用事だったのか?」
「…。」
「その沈黙はなんだ?」
真田はわりと考える前に言葉が出るタイプだと思う。
深く考えることなく、でも時としてストレートな問いに驚かせられるのだが、
真田本人は相手の言葉尻から他意を読み取ろうとしたりはしない。
この場合だって、が真田ではなく幸村に会いに来た、という事実に、
真田本人は全く気づいてなかった。
「真田君はなんで生徒会の副会長を引き受けたの?」
は慌てて聞き返した。
「俺か? 幸村に頼まれたからだ。」
「でも、忙しくなるでしょう?」
「まあな。」
「なんで反対しなかったの?」
「…。」
今度は真田が黙った。
「その沈黙は何?」
がクスッと笑って真田のマネをしてみると、
以外にも真田の頬に赤味が差した。
「まあ、が生徒会にいればなんとかなるだろうからな。」
「えっ、私?
真田君にまで頼られても困るんだけど。」
「だが、実際ならやれるだろう?」
「それって真田君の買いかぶりすぎだと思うけど。」
「そんなことはないぞ。」
真田が思わずドンと拳に力を入れて机を叩いたものだから、
せっかく山積みにした書類がササーッと斜めに流れていった。
「あっ、す、すまん。
つい力が入った…。」
慌ててが、書類が机から落ちるのを受け止めようと差し出した手と、
同じく慌てて立ち上がった真田の手が重なった。
「ナイスキャッチ!」
が落ちそうになった書類を受け止めると、真田は恥ずかしそうに手を引っ込めた。
「真田君って意外にそそっかしいとこあるよね?」
「…。」
「あっ、ごめん。気に障った?」
「…いや。」
真田の眉間に皺が寄るのを見るとはクスッと笑った。
「もう、すぐそういう顔するから女の子たちが怖がるんだよ?
そういうところがなければもっともてるのに。」
の笑顔に真田が憮然と答えた。
「俺は別に女子にもてたいとは思ってないぞ?
好きな奴だけにわかってもらえていれば…。」
「うん、うん。もちろんそうだけどさ。」
が書類の束を重ねて持つと、あっけらかんと答える。
「さ、これでよしと。
私、文化部の方を配ってあげるね?」
真田はあっさりと立ち上がるにため息をつきながら、
もうひとつの書類の束を手にした。
「ああ、俺が運動部の方を配ってこよう。
すまんな。」
「いいのよ。じゃあ、真田君、また後で。」
「…!」
「なあに、真田君?」
「…いや、なんでもない。
生徒会、よろしくな。」
「うん。こちらこそ、よろしくね。」
が部室を出て行った後も、真田はと重なった片手を見つめながら立ち尽くしていた。
真田の想いとは裏腹に、は幸村の居場所についてあれこれ考えていた。
同じクラスだった時には想像もしてなったが、
クラスが違うだけでこんなに幸村に会うのが難しいとは思ってもいなかった。
まして、生徒会にが入っても、
柳の言うチャンスが訪れる事がなければ、全く生徒会に入った意味がないではないか?
でも、それじゃあ、動機が不純すぎるかな?
はため息をつきながら、生徒会室への階段をまた登るのだった…。
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2005.7.10.