極上氷帝寮物語 8







  自分のためか?


   それとも誰かに認めてもらいたかったのか?






跡部の声が雨音と共にリフレインしている。





努力していた自分を立派だと思うより、
努力していた自分に気付いてもらえなかった事がどれだけ淋しかったか。





  だったら、俺が褒めてやるよ




なんでいきなり跡部がそんな事を言ったのか、
には不可解としか言いようがない。

不可解…というより不快…。

自分を誤魔化して、背伸びして、無理をして、
彼につり合う理想の彼女になりたくて、
けど、きっとどこかでそういうことは全部不純な動機だと自覚していたから、
跡部に褒められたら余計に自分が惨めだとは思った。

泣くつもりなんてなかったのに、
気付けばぐちゃぐちゃに涙がこぼれては雨と同化している。





氷帝寮の玄関に着いた時には、
もうは髪の芯までぐっしょりと濡れていた。

同様に水分を含んでしまったジャージの袖で涙を拭いてはみたけど、
あまり効果はないような気がする。

こんな無様な格好を誰にも見せたくないと思ったのはほんの一瞬で、
もうすでにのことをじっと見つめている忍足とロビーで目が合ってしまった。




 「どないしたん?」


それ以上何かを聞かれる前に立ち去りたかったは、
俯き加減で答える。


 「傘…持ってなかったから。」

 「けど、跡部と一緒やったんやろ?」

 「途中までだったから。」


どう繕ったって不自然さが付きまとう。

忍足の突き刺さるような視線なんて見なくたってわかる。

どうせ聡い彼のことだから、何を言っても嘘だとばれるに違いない。

そうはわかっていても、だからといって何と答えるべきなのか、
考えるのも面倒くさい…。


 「跡部と、なんかあったん?」


なおも聞いてくる忍足にはうんざりだと思った。


 「…何もないよ。」

 「そうは見へえん。」

 「ある訳ないでしょ。」

 「そやけど…。」

 「忍足、しつこい!!
  私の事は放っておいて!」


はそのまま階段を駆け上がっていった。





 「放っておけるわけないやん…。」


忍足はの後姿を目で追いながら小さく呟いた。













     ********






部屋から出る気もしなかったので、
とりあえず熱いシャワーをざっと浴びて、
温まった体をベッドに無造作に横たえた。

久々の運動は思った以上にきつかったらしく、
夕食を取る気分にもなれないくらいだるかった。

そしてだるいのは体だけではなかったらしい。



ベッドに横たわりながら跡部の言葉を思い返す時、
あれ程不快だと思っていた言葉が、
それでもいくらかは嬉しかったかもしれない、と漠然と考えていた。


それはとてもあり得ない事だと自覚する冷めた自分がいるのに、
一方ではもしかしたら、片想いの彼にはなかったある種の強引さに流されてみたい、
と思う投げやりな自分が存在するのかもしれない。


追いつこうと努力してもだめだった自分は
もう自分から歩くことに疲れてしまって、
引っ張ってくれる人なら誰にでも身を委ねてしまいそうなほど
恋愛に対して自堕落になってるのだろうか?





 ばかみたい




跡部はただ単に、あの技の難易度を知っていたからあんな風に言っただけで、
あの言葉は自身を褒めた訳じゃなくて、
あくまでも「女にしては零式ドロップショットを繰り出した稀有な奴」
くらいの事だったのかもしれない。

はひとり苦笑しながらため息をついた。



ふとベッドサイトに置いた携帯が震えてるのには気付き、
のろのろと起き出すと、表示画面を確認してから電話に出た。









 「もしもし、?」


そう言えば結局とは昼食も一緒じゃなかった、とは思い返した。


 「。今日は色々ごめんね。」

 「ふーん、私に謝ることがいろいろあるんだ?」

 「いや、別に深い意味はないけど。」

 「で?本当のところ、跡部とはどうなったの?」


いきなりの質問には絶句した。


 「どうもないけど?」

 「だけど、あんたちょとした有名人になってるからね?
  明日から大変よ?」

 「えっ?何が?」

 「だから、が跡部に告白された唯一大本命の彼女…ってことになってるわよ。」

 「は、はぁ…?」

 「もうムチャクチャすごい噂!
  ランチで告白されて動揺した彼女はぱっくれる。
  跡部の方は当然両思いになれると思ってたのにが逃げちゃったものだから
  後を追ってテニスコートへ。そのまま部室で押し倒されて…みたいな?」

 「それ、の妄想でしょ?」

 「ははは。ばれた?
  でも、あの跡部が今ご執心なのはってことでは統一見解が出てるわよ。」


なにやら面白がってる親友には脱力していた。


 「あのね、私がテニス部の奴らを嫌ってるのはが一番知ってるでしょ?」

 「そうだけどさ。相手はあの跡部だよ?
  はたから見てもすっごくお似合いだと思うけど。」

 「どこがお似合いなのよ。」

 「氷帝一の秀才・美男美女カップル。
  それにさ、あの氷帝テニス部メンバーをもれなくはべらす事ができるのよ!!」

 「それ以上言うと親友辞めるよ?」

 「わあ、それだけは勘弁!!
  でもさ、が跡部といい雰囲気だったらさ、
  私もいろいろと好都合なんだけどな。」

 「どういう事?」

 「私さ、忍足の事、好きなんだよね。」




の言葉にはうっと言葉に詰まった。

確かによりも忍足や宍戸たちと仲がいい。

でもまさかそこに特別な感情があったなどとは知りもしなかった。


 「そうだったんだ。」

 「いや、別に隠してた訳じゃないんだけど、
  忍足も人気あるし、誰にでも優しいし、
  ちょっと無理かな、なんて思ってはいるんだけどさ。
  今日なんて、と跡部の件でずっと忍足と一緒にいられてさ、
  ちょっと嬉しかったんだよね…。
  だからさ、が跡部と付き合ったら、
  もっと忍足とも仲良くなれるかな、なーんてね。
  相乗効果って奴?」


電話の向こうでの声が弾んでるのがわかった。

今日一日いろんな事がありすぎて、
は予期せぬところで絡まりつつある人間関係に顔をしかめていた。



明日、どんな顔をして学校に行けばいいのだろう?


…って、その前に、鞄がなかったんだっけ…。










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2006.6.13.