極上氷帝寮物語 6







声のする方に視線を移すと、
ベンチの上で寝そべってる芥川の眠そうな顔が見えた。




 「何でもいいだろ。」



チッと舌打ちしたように聞こえては今度は跡部の顔を振り返って見た。


 「ジローこそこんな所でサボってんじゃねーよ。」


少し不機嫌そうに跡部が応えても、
芥川は全然気にならないらしい。


 「うん?でも、自分のノルマはこなしちゃったC〜。
  …跡部、俺と打ちたい?」


芥川は上半身を起こすと、ゆっくりと両手を伸ばした。

ふわふわとした髪がそのまま芥川の間の抜けた物言いにマッチしていて、
とても跡部と打ち合えるような感じには見えない。



 「こんなところで暇つぶしてんなら、ジロー、
  お前のラケット、こいつに貸してやれ。」

 「ふーん。…跡部はちゃんと打つんだぁ?」


なんで?とか、どうして?とか芥川が聞いてくるのかと思ったが、
芥川はニコニコしながらにラケットを差し出す。

は仕方なくそのラケットを受け取るとノロノロと跡部とは反対側のコートに入って行った。




 「わ、1ゲームだけだからね。」


はサーブの体制に入る跡部を睨み付けるようにして身構えた。


 「俺から1ポイント取れるまでだ!」


その途端、跡部のものすごいサーブがの左横を通過した。



 「な!?何なのよ?
  いきなりマジモードで来ないでよ!
  あんな球、取れる訳ないでしょう?」

 「はん!俺様が手加減するかよ。」

 「手加減しなさいよ。
  私、テニスなんて…。」

 「お前、その構えで初心者面するんじゃねーよ。」


まるで得意のインサイトを使ったのか、
跡部はそう言うと今度はの右脇を狙ってまたも高速サーブを繰り出した。








 「すっげ〜。」



芥川は立てた片膝に顎を乗せるようにして、食い入るように二人のラリーを見ていた。

跡部は圧倒的に押し捲っていたが、それでもは必死にボールに喰らい付いていた。

まだ一度たりともポイントは取れなかったが、
それでも反射神経のよさとしなやかな手首から打ち出される変化球は、
どう見てもただのテニス愛好者には見えない。


 「ほう〜、またえらい事やらかしてるんやな。」


いつの間にか忍足がジローと並んでコート内の二人を見ていた。


 「なあ、忍足。
  ちゃんって巧すぎない?」

 「そやなあ。…能ある鷹は隠すもん、ぎょうさん持ってるんやろな。」

 「ふーん。跡部は知ってたのかな?」

 「知らんかったん、ちゃう?
  そやからめっちゃむきになってるやん…。」


忍足は跡部の真剣な表情に、
訳のわからない感情が自分の腹の奥底に溜まりだしたのを
憮然とした面持ちで感じ取っていた。







は肩で息をつきながら歯を食いしばっていた。

もう随分鍛えてなかったから、の筋肉は悲鳴を上げていた。

小手先のコントロールの良さだけで跡部に揺さぶりをかけては見るものの、
やはりそんなものが氷帝の帝王に通用するはずもなく、ことごとくあしらわれてしまう。

巧すぎる!!強すぎる!!

そして、跡部のきれいなフォームに見惚れてしまう。

跡部にしてみれば、
跡部のレベルにはほど遠くて面白くもなんともないだろうに、
それなのに跡部は全然手加減をしない。

くそ真面目過ぎるほど真剣ににぶつかってくる。

は自滅する前になんとか彼に一泡吹かせてやりたいと思うようになっていた。

一球だけ、一球だけでいいから…。

そんな期待を込めて必死でボールを拾い続けていると、
絶好の待ちに待ったストロークが返されて来た。

はわずかにヘッドを数ミリ下げて待った。




 「あっ!?」



絶妙のタイミングではドロップショットを繰り出した。

そのショットがネットに向かって戻ろうとする瞬間、
跡部は猛然とネット際にダッシュし、そのショットをもののみごとに反対側コートへと打ち返した。





 「えっ?」





決まると思った球は威力もなくそのままの足元に転がってきた。

は肩を落とすとそのまましゃがみこんだ…。







 「すっげ〜。見た?今の。
  あのドロップショット、決まるかと思ったのにね。」

 「ああ。あれはただのドロップショット、ちゃうな。
  どこかで見たことあったなぁ〜。」



忍足は跡部が、やはり何か思いをめぐらしているであろう光景に苦笑した。



 「そやろな。あれはあいつしか思い当たらんやろ、跡部…。」










せっかく、せっかく切り札出したのに。

いとも簡単に返されてしまってにはもうラケットを持つ気力さえなかった。

なんでこんなテニスをしなくちゃならなかったのか、
そんなことはもうどうでもよくて、
だけど、最後のドロップショットだけは絶対返されない自信があった。

それなのに…。

改めて跡部のすごさを垣間見たようで、
1ポイントも取れなかったのは悔しかったけど、
それでも久しぶりに心の奥底の琴線が震えるのを感じていた。





疲れきったようなの姿を見つめながら、
跡部は昔戦った事のある男の影をだぶらせひとり呟いていた。


 「お前、今の、…零式だろ。」











 「はいはい、跡部、その辺にしときや〜。
  、もう立てへんのとちゃう?」



コート内の二人が固まっているのを見るや、
忍足はちゃかすように大きな声を出した。

そして大またでのそばまで来ると、
忍足はぐったりと汗をかいてるに手を差し出し、
が掴まる前にその体を引き上げた。

けれど急に立ち上がったせいか、はそのまま忍足の胸の中に崩れ落ちた。



 「「!?」」














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★あとがき★
 私、自分がテニスできたらどんなにいいだろうって
よく思います。だから、王子たちとテニスするシーン
が結構登場しますが、はっきり言って運動音痴…。テ
ニスのルールさえよくわかりません。だから、そうい
う場面はどうぞ想像力5割り増しくらいで読んでくだ
さい。(笑)
2006.5.11.