極上氷帝寮物語 5





久々に滝とテニスをして、心地よい疲れにはほっとしていた。

そして極上寮のベッドは本当にのお気に入りになっていた。

大き目の枕を抱いて仰向けになったまま、
はぼんやりと跡部の顔を思い出していた。



以前、図書館で黙って洋書かなんかを読んでる横顔はちょっとかっこいいなと思ったことはあった。

そう、少し好きだった彼と似た雰囲気がある、と思ったこともあったけど、
でも口を開けばすごい自信家で、俺様で、
強引なんて可愛いものじゃないと辟易する方が多かった。


だけど、彼が跡部くらい自信家だったら、
超えられなかったハードルも小難しく考える事もなく
容易く超えることが出来たかもしれない…なんて。






 「、すまない…。」


 「俺は今はテニスしか考えられないんだ。」


 「お前の気持ちに応える事はこの先もないと思う。」




わかってる…。

そんな答えが返ってくる事なんて100%わかってた。


テニスしか考えられない奴だって…。




だから、テニスバカは嫌い!!








「いつまでも前の恋を引きずっていてはだめだよ。」


滝の言葉がふっとリフレインのように蘇ってきて、
は慌ててそれを振り払うかのように起き上がった。


なんで昔好きだった彼とあの跡部を比較しなければならないんだ、
と苦笑しながらは壁にかかってる時計に視線を移した。



まだこの時間だと部活が始まったばかり。

鞄を取りに教室に行くのはまだ早すぎるだろう…。




はとりあえず親友のに持って来てもらおう、と携帯の電源を入れた。

と、不思議なものでの携帯はとたんに鳴り出した。

見覚えのない番号を訝しげに思いながらも、
は通話のボタンを押していた。



 「…。」

 「おい!!」


携帯から漏れる大きな声には思わず耳から携帯を離した。

その声はまぎれもなく、跡部だった。


 「、聞いてるのか?」

 「あ〜、はいはい。何か用?
  っていうか、私の番号、勝手に聞かないでよね。」

多分、いや間違いなくに詰め寄って聞き出したに違いない。

 「ああ?人がせっかくお前の鞄を持って来てやってるのに、
  その言い草は何だ?」

 「えっ?跡部が?」

 「あと1時間位したらテニスコートに取りに来い!」

 「はぁ?…持って来てくれるんじゃないの?」

 「あーん?文句あるのか?」


親切なんだか、意地悪なんだか、どうもよくわからない。


 「わかった。取りに行けばいいのね?
  じゃあ、今から行く!」


跡部の返事も待たずにはブチッと携帯を切った。










     ********









淡いブルーの上下のジャージに着替えると、
はテニスコートの方へぶらぶらと歩き出した。

テニスコートに近づくにつれ、
耳に響く嬌声に、すぐに取りに行くなんて言わなければよかった、
と後悔したが、跡部にいつまでも自分の鞄を持たせておくのもある意味嫌だった。



相変わらずフェンスにはギャラリーが多かったけど、
は彼女たちを遠巻きに見ながら、コートからやや離れたレギュラー用の部室にそっと向かった。

今が部活中なら鞄はきっと部室にあるはず…。



はそっとドアノブに手をかけてみたが、ドアはびくとも開かなかった。

何度も試してみたがしっかり鍵がかかってるようだった。


 「だめか〜。」


ため息をつくの後ろでクックッと笑いをかみ殺した気配がした。

ゆっくり振り返ると、長身の可愛い顔をした男の子が、
の視線に気付き慌てて口元に手を当てるのがわかった。


 「…何?」

 「あっ、いえ、笑ったりしてすみません。
  でも、部長の言われたとおりだったものだから…。」

 「部長って?」

 「あ、すみません。俺、2年の鳳です。
  跡部部長が鍵のかかった部室に忍び込もうとする奴がいたら
  しょっぴいて来い、って、あ、これは部長の言葉のままですけど。」
 

は恥ずかしさを通り越して怒りがふつふつと湧き上がってくるのを感じた。


 「要するに私の行動がお見通しだって事ね。
  で?私の鞄はどこ?
  鳳君は知ってるの?」

 「あ、いえ。でも、コート内のベンチで待ってるようにって伝言ですけど。」


ああ、もうどこまで俺様中心の生き物なのよ!


 「無理!!
  私は鞄を取りに来ただけなの。
  なんで跡部の部活が終わるのを待たなくちゃいけないんだか。
  って、後輩のあなたに言っても仕方ないけど。」

困ったようにしゅんとしている鳳の表情を見ると、
彼に八つ当たりする訳にもいかない。


 「ああ、もう。
  わかった。5分だけ待つから跡部、呼んで来てくれない?」

の言葉に鳳はほっとため息をつくとコートへと走り出した。






部室の壁にもたれながら、レギュラーコートの中で打ち合ってる部員たちを眺めていると、
なんだか不思議な気分になってくる。


こうやって黙々とテニスに打ち込んでる姿を見ていた頃は、
それだけで幸せな気分だったのに、
そういう時間を愛しく思っていた自分がひどく懐かしく思える。

氷帝に想い人がいるわけじゃないのに、
なぜかこのシチュエーションは過去の自分が思い起こされて、
自分がまるで誰かに恋してるかのようだ、とあり得ない想像には頭を振った。





 「全く、お前って奴は面倒くせぇな。」


ふと見上げると、跡部がタオルで額の汗をぬぐいながら近づくのが見えた。

けれどの鞄はどこにも見当たらなかった。

 「ねえ、鞄、どこ?」

 「あーん?ただで返してもらえると思ってないだろうな?」

 「何それ?親切で持って来てくれた訳じゃないんだ?」

 「んな訳ねーだろ…。」

 「じゃあ、教室に置いておいてくれればいいじゃない。
  全く何のよ?」

 「そうだな。俺と1ゲームやって1ポイントでも俺から取れたら返してやるぜ。」

 「へっ?」


は不思議なものでも見るかのように跡部の顔を見つめた。

どうしたのか、跡部は全く笑っていない。

冗談で言った訳でもないらしく、真面目に向き合う形では動揺した。


 「何言ってるのよ。私…テニスなんて…」

 「できるんだろう?
  滝と打ってたんだろう?」

 「い、いや、あれはちょこっと真似事みたいに遊んだだけで…。」

 「でも、滝とやったんだろ?
  滝とやれて、俺とできねーなんて言わせねーんだよ。」




そう言うと跡部はの手首を掴んだまま、ずんずんとテニスコートの方へ引っ張った。


 「待って!!
  あり得ないから!」

 「往生際の悪い奴だな。
  何なんだよ?」

 「ギャラリーのいるとこでコートに入ったら、
  明日から生きてけない。」

 「ふっ、そんな事か。
  誰にも見られなければいいんだな?」


跡部はニヤッと笑ったかと思うと、をコートの裏手へと連れ出した。

準レギュラーコートと正レギュラーコートの間に、
びっしりと植え込みで囲まれた1画があったが、
今の今までそこに何かがあるなんて一度たりとて思ったことはなかった。

普段気にすることのなかった植え込みの中に
小さな金具らしきものが見えて、
跡部は黙ってその金具を下へ押し下げた。



 「こ、ここは?」

小さなくぐりドアを開けると、
そこには誰にも邪魔されることなくテニスの出来るコートが広がった。


 「必殺技開発用のシークレットコートだ。」

 「ぷっ。うそ臭い。」

 「お前なぁ、いちいち文句言うな。」

 「ねえ、跡部。」

 「なんだ?」

 「そんなにテニスが好きなの?」



の言葉に跡部は肩を震わせて笑い出した。

試合の時に自信満々で馬鹿笑い、もとい高笑いしてる跡部は見たことがあるけど、
こんな風に無邪気に笑う事もあるんだ、とはポカンと跡部を見つめた。


 「好きじゃなかったらやってねーだろ?」


跡部はそう呟くと緩んでいたネットを張り始めた。

キュルキュルと張り始めたネットを見つめながら、
は跡部の後姿から目が離せなくなっていた。

怒ったり文句言ったり、かと思えば優しかったり、
人を見下すかのように威張っていたかと思うと、
少年のように笑ったり…。

なんだか今日はいろんな跡部を見ているなあ、とは思った。





 「あれ〜、跡部じゃん。
  なんでちゃんも一緒な訳?」










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★あとがき★
 なんとなくここの所跡部が気になります。
原作であまりにも不当な扱いを受けているからか、
なんだか無性に跡部が好きになってきました。(苦笑)
はい、私って結構天邪鬼です。
だからこの連載ではとことん跡部に酔いしれたい気分なんですが…。

2006.4.20.