極上氷帝寮物語 4







♪〜




滝とひとしきり打ち終わった所で、
の携帯が鳴った。


画面を見るとだった。




 「…出ないの?」


滝に促されて、は仕方なく二つ折りの携帯を開いた。



 「!!今どこ?」


相変わらず聞きたい事だけ速攻で聞くな、とは顔を曇らせる。


 「う〜ん、校内だよ。」

 「あのねぇ、一応こっちは心配して…。
  あっ、ちょ、ちょっと、何やってるのよ!」


の恐ろしく素っ頓狂な声にこっちが驚かされるが、
なぜかその次に聞こえてきた不機嫌な声にさらに驚かされる。


 「おい、
  お前、どこにいるんだ?」



は耳を疑った。

なぜ、跡部の声が聞こえるんだか。


 「…学校にいるわよ?
  でも、跡部に答える義理はないと思うけど。」


わざと無愛想に答える。

だってそうじゃない?

ランチのお礼は言ったはず…。


それなのに携帯の向こうで舌打ちされるってどういうこと?


 「跡部な〜、そんな風に聞くもんやないやろ?」


どうやらの周りにはいつものメンバーがいるらしい。
跡部から携帯を取り上げたのか、次に聞こえたのは忍足の声だった。

 「…なあ、
  跡部と何があったんか知らんけど、
  とりあえずこっちへ戻って来んか?
  なんやむちゃくちゃ機嫌悪い奴がおるねんけど、
  こいつがこのまま俺らのクラスにおると、
  騒ぎがもっとややこしくなりそうなんや。」



は一体どんな事になってるのだろうと思うと
余計に今日の授業はもう出られないような気がしてきた。

そんなを隣で黙って見ていた滝が、
おもむろにの携帯を取ると、
慌てるを押しとどめるようにの唇の前に人差し指を突きつけた。



 「もしもし。」

 「!?」

 「はね、多分もう教室には戻らないと思うよ。」

滝がクスリと笑う。

 「…お前、滝か?
  なんで滝が出るん?
  はお前と一緒におるんか?」

 「うん、そうだよ。
  そんなに意外だった?
  悪いけど、俺たちの邪魔はしないでもらいたいな。
  じゃ、切るね。」



滝は悪戯っぽい瞳をに向けながら、
携帯の電源を切った。




 「あーあ。これじゃあもっとややこしくならない?」

 「ふふっ。いいじゃない。
  俺は優越感に浸れるな、当分。」

 「面白がってない?」



は膨れっ面をしてみせながら、
テニスコート脇のベンチに滝と並んで座った。

滝とは1、2年の頃一緒のクラスだった。

ついでに言うと去年は跡部も一緒のクラスだった。

いつもキャーキャーと女の子たちに騒がれていた跡部と違って、
同じ文系選抜でも滝は本当に文系タイプの物静かな性格だった。

どこか頼りないように見えて、その実とても思慮深くて、
どんな些細なことでも黙って聞いてくれる滝は、
にとって唯一いろんな事を相談できる存在だった。

そう、だって知らないような恋の悩みだって…。





 「後で跡部に突っ込まれても知らないわよ?」

 「なんで跡部に俺が突っ込まれなくちゃならないの?」

 「あっ、いや、ただなんとなく…。
  さっきの剣幕だとなんか探しに来そうだったし…。」

 「ふーん、跡部と何かあったんだ?」

 「ない、ない。
  あるわけないじゃない!!」

 「そう?なんだかも気になってるようだけど?」


滝の言葉は、心理学者に心の中を覗き込まれてるような気分だった。


 「そんな事絶対あり得ない!
  滝は知ってるでしょう?
  私はテニスバカは相手にしないって!!」

 「うーん、俺も一応テニスバカだと思うけど?」

 「た、滝は違うよ。
  だってちゃんと私の事、理解しようとしてくれてるし。」

 「甘いな。
  下心ありで友達面してるかも。」



滝の目が笑っている。


 「滝〜、からかわなくていいから!!
  それより私、マジで明日からどうしよう?
  失恋中のいたいけな女の子は
  平穏無事な学園生活を望んでるんですけど?」

がため息をついた。

 「俺が思うに…。」

 「何?」

 「跡部はもうすぐここに来るよ。」




滝が言うと真実味があるからすごい。

でも、滝に言われなくても、
跡部だからこそ現実味に溢れている訳で、
彼がやって来ることに疑う余地はなさそうだった。

はう〜んと背伸びしをながら立ち上がった。


 「私、今日は早退する。」

 「そう?」

 「どうせもう授業始まってるし、気分転換は出来たし。」

 「そう言えば、、極上寮にいるんだって?」

 「うん、って、滝に言ったっけ?」

 「ふふっ。言われてないけど、そうなるだろうなあって思ってた。」

 「そ、そう?
  滝って不思議だね。」

 「ちっとも不思議じゃないよ。
  人より周りの事が見えてるだけ。」


滝は眩しそうにを見上げた。


 「ねえ、。」

 「何?」

 「いつまでも前の恋を引きずっていてはだめだよ。」














     ********








が立ち去ってからものの5分と経たぬうちに
跡部が準レギュラーコートに現れた。

滝の姿しか見えない事に、跡部が多少苛つきながらも、
内心安堵しているその表情は、どう見ても愉快だと滝は思った。


 「おい、滝。
  はここにいたのか?」


乱暴な口調は今に始まった事ではないけれど、
余裕のないその態度は滝には予想できても、
跡部自身は全く理解できてないのかもしれない。


 「君が準レギュラーコートに来るなんて珍しい事もあるもんだね。」

 「お前、俺にケンカ売ってんのか?」

 「別に。」

跡部はイライラしながらも、
ベンチの上の二つのラケットに気がつくと、
眉間の皺がさらに深くなった。

 「おい、お前、誰と打ってたんだ?」

 「聞くまでもないだろう?」

 「……。」

 「がここへ来た。
  俺は彼女とテニスをしていた。
  ただ、それだけだよ?」

 「あいつが…?
  俺はあいつがテニスするなんて話、聞いた事がなかったぞ?」


跡部の動揺してる姿に滝が追い討ちをかけた。


 「ねえ、跡部。
  俺は君の知らないを知ってる。
  そして俺は君がの事を好きだってこともね。」

 「なっ!?」

 「去年、一緒のクラスだった時からわかってたよ?
  そう言えばが、おやじさんの転勤が決まったっていう話をした時、
  君は聞いていたんだろ?
  俺はあの時、氷帝には女子寮があるから大丈夫だよってすすめたんだ。
  でもね、きっと跡部ならこの話に飛びつくだろうって思ったよ。
  …彼女、極上寮にいるんだろう?」

 「あーん? 何の話だ?」

 「今更すっとぼける気?
  聞かなくてもわかるよ。
  の部屋は…。」

 「滝、てめえ、それ以上口に出したらぶっとばすぞ!」


跡部は滝の胸倉を掴んでいた。

赤味を帯びた跡部の顔が怒りで染まった訳ではない事に、
滝は面白いものを見つけたように満足げに笑った。

 「ふふっ。氷帝の帝王も形無しだな。
  だけど、君がただのテニスバカでなくて安心したよ。」

 「お前、俺を侮辱したいのか?」

 「やだな。少しは落ち着きなよ。
  俺はね、跡部には勝算があるって言ってるんだよ。」

含みのある言い方に跡部は掴んでいた滝の胸倉を緩めた。


 「あ、でもこれ以上は教えられない。
  の事が知りたければ、
  君のお得意のインサイトを使ってみれば?」

 「なんだと?」

 「多分ね、跡部のやり方でいいと思うよ。」

 「ふん、言われなくても俺様のやりたいようにやるさ。」



跡部は滝から手を離すと、くしゃっと前髪をかき上げた。

そして、ちらりと極上寮の方へ視線を向けたが、
やがて跡部は元来た道を引き返し始めた。



 「最後にひとつ聞いていい?」


滝は跡部の背中に声をかけた。


 「…なんだ?」



 「テニスと彼女とどちらを取るか、って聞かれたら
  君ならどうする?」



跡部は迷わず答えた。



 「はっ!  愚問だぜ。」










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2006.3.13.