極上氷帝寮物語 3
寝顔だけ可愛いなんて、ほんと憎たらしい。
普段の私の事は何とも思ってない台詞が彼らしいといえばそうなのだけど。
は過去に好きだった男の事を思い出すのはやめた。
なんたって忘れるために氷帝に来たのだから…。
は窓ガラスに映る氷帝の制服を漠然と眺めていた。
それにしても、と立ち止まる。
テニス部とは係わり合いを持ちたくないと思うのに、
なんでここに来てまで、テニス部の奴らと親しくなってしまうのだろう?
手の中のクロワッサンはまだほんのり暖かく、
その存在を小さいながらも主張してるように見えた。
********
「〜、お昼一緒に食べよう?」
が自分の席から手を振っているその横で、
ちゃっかり忍足や宍戸たちが椅子を寄せて、
一緒に食べようとしている姿には呆れ顔で答えた。
「うーん、私、お弁当ないから買って来るよ。
先食べてて?」
は財布を鞄から取り出すと、カフェテリアを目指した。
氷帝のカフェテリアはものすごく広い。
もちろんそこで出されるランチは飛び切りおいしいのだが、
何せ値段も普通の値段ではない。
仮にも寮生になったわけだから、
少しはやりくりしなくては、とは少しウキウキしながら、
購買部のショーケースを覗いていた。
と、はぐいと誰かに腕を掴まれてよろめきながら振り返った。
「おい、何やってんだ?」
はまじまじとその声の主である、偉そうな跡部を見上げた。
「何って、お昼、買いに来たのよ?
跡部も何か買うの?」
は聞いてしまってから苦笑した。
この俺様なお坊ちゃん育ちが購買部でちまちまおにぎりなんか買うだろうか?
「買う訳ねーだろ。
お前こそ、まだ買ってねーんなら付き合え!」
返事をする前には跡部に引きずられるようにして、
カフェテリアの中2階に無理やり連れて来られた。
ちょっと、何するのよ?と大きな声を出すのを途中で止めなければならなかったのは、
たちの周りに、いつの間にか人垣が出来ていて、
好奇の視線があまりにも痛かったから…。
は恥ずかしさのあまり顔を上げることもなく、
黙って跡部に従うしかなかった。
中2階はごく限られた生徒たちしか入れない、とも噂で聞いた事があった。
けれど、まさかこじんまりとした個室があるとは思わなかった。
カフェテリアを見下ろすようにガラス張りで出来ている個室は、
下の喧騒が手に取るように見えるのに、
室内は静かな曲が流れていて、あまりにも学校とは無縁のような部屋だった。
跡部はそこで初めての手を離すと、
慣れた手つきでの座るであろう椅子を引いてが座るのを待った。
テーブルを挟んで相対する跡部は何食わぬ顔をしている。
それがあまりにもカッコ良すぎてほんのしばらく見取れてしまった事に、
不覚にも気づいたは慌ててガラスの向こうに視線を移した。
「跡部って強引ね。」
やっと呟いたに跡部は笑いをかみ殺している。
「こうでもしなきゃ、誘ってもついて来ねーだろ?」
「あたりまえじゃない。
誘うんなら他にいっぱいいるでしょ?
なんで私なんか…」
そう言ってる間に二人の前にランチが届けられた。
いつの間に頼んだのか、それとも跡部専用に作られているものなのか、
2種類のパスタとサラダ、アイスコーヒーにデザートが並べられた。
「俺が誘ったんだ。
遠慮なく食えよ。」
は小さくため息をつくと銀色のフォークを取り上げた。
しばらくは、お互いしゃべる事もなく黙々と食べ続けた。
ふと、人を誘っておいて何も話しかけて来ない跡部に、
こんな私と一緒に食事してどこが楽しいのよ?と、
突っ込んでやろうかとが顔を上げると、
なぜか跡部の真剣な眼差しとぶつかった。
「何?なんかついてる?」
「あ?…いや。」
「じゃあ、何よ?」
「なんでもねーよ。」
「人の食べるとこ見てて、何か面白い?」
「あ、ああ。」
跡部らしからぬ間抜けな返事には驚いてナプキンで口元をぬぐった。
「あ?悪い。そういうことじゃねーよ。
お前、ほんとに美味そうに食うんだなって…。」
「…?」
「いや、昨日の食いっぷりもそうだったが、
見ていて飽きねーな、と思ったんだ。」
「おいしいもの食べたら誰だっておいしそうな顔になるでしょ?普通。」
「あーん?俺も最初はそう思ったがな、
誘った奴らは食い気より色気ばっかりだったぜ?」
跡部の言葉には眉をひそめた。
「ああ、そう言う事?
そりゃそうでしょうね。
跡部に誘われた子たちは食事したい訳じゃないんでしょうよ!
おあいにく様。
私は食事だけで結構!!
一応お礼は言わなくちゃいけないわね、ごちそうさま!」
は最後の一言を皮肉を込めてぴしゃりと言い放つと、
ナプキンを叩きつけるようにして席をたった。
「おい、…。」
跡部の焦った顔を見ることなく、は個室のドアを思いっきり大きな音を立てて閉めた。
********
「何様のつもりよ、全く。」
あんまり腹が立ったので、は教室に戻る気にもなれず外に出た。
教室に戻ればテニス部の顔を見ることになる。
それにカフェテリアで跡部に連れ出された光景を見た子達が、
それに尾ひれをつけて脚色したドラマの話で盛り上がっているかもしれない。
そしてきっとその噂を聞いたは好奇心いっぱいの顔で駆け寄ってくるに違いない。
は予想できる事態にうんざりしていた。
中庭をしばらく歩いていたは、もう午後の授業に出る気にもなれず、
取りあえず昼休み中は人気のない所にいようと思っていた。
極上寮に戻ろうかと思いながら歩いていると、
奥の準レギュラーコートの方から小気味のいい音がするのに気がついた。
足元に転がってきた黄色のボールを拾うと、
壁打ちをしていた滝が声をかけてきた。
「?ここへ来るなんて久しぶりだね。」
サラサラの黒髪を耳元でかき上げる滝の癖に、
は思わず笑顔を向けた。
「滝も相変わらずひとり?」
くすりと笑う滝はの投げたボールをラケットで器用に受け止めた。
「何かあったの?」
「うん?」
「だって何かないとここへは来ないでしょ?君は。」
「あー、滝には悪いけどまた付き合ってくれる?
ちょっと気分転換しにね。」
「で、内緒な訳?」
「もちろん!」
は滝から別のラケットを借りるとすぐにコートに入った。
滝は面白そうにを見ながら、反対側のコートへと向かった。
「お手柔らかに!」
「滝が先に言わないでよ。」
「だってそうじゃない。
、テニス上手すぎるんだから…。」
そう言いながら滝の打ったサーブは、
準レギュラーと言えど、さすが氷帝のテニス部らしくかなり重い打球だったが、
今のにはそのくらいの重みがある方が思いっきり体を動かせて気持ちが良かった。
久しぶりだな、ほんと。
と滝は昼休みが終わっても、互いに止めるとは言い出せないくらい、
夢中になっていた。
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2006.2.25.