極上氷帝寮物語 2






跡部の後ろにくっついたまま、食堂と思しき部屋に入ると、
は自分がどこにいるのだろう?と軽い脳震盪を食らった気分だった。


 (…だってこれじゃあ、まるでどこかの高級レストラン?)


そんな風に思えるテーブルセッティングに面食らいながらも、
そのテーブルに見覚えある顔が並んでいるのが少々気に食わない。



 (なんで、あいつらがいるのよ?

  って、ちょっと、待った!!

  それより、なんで私、跡部と一緒にここに来たんだっけ?)




が必死に考え込んでる様子に、跡部が面白いものでも見るかのようにかすかに笑ってる。


 「突っ立ってないでさっさと座れよ。」

 「だ、だって、なんで忍足たちがいるの?
  つうか、跡部もなんでここで食べるわけ?」

が困惑してるのが面白くて仕方ないようで、
芥川が自分の隣の椅子を引くと、手招きしている。

 「あはは、ちゃん、いいから座ってよ〜。
  跡部がいる時じゃないと、こんなご馳走出ないんだからさ!」

 「そうだよ。こっちは腹減って仕方ねーんだよ。
  全く飯も忘れて寝てるなんて激ダサ!」

 「まーまー、そう言うなや。
  はここが普通の寮や、思うてたんやし。」


口々に勝手な事を言われて腹は立つものの、目の前のご馳走の誘惑は魅力的で…。

とりあえず、は芥川が引いてくれた椅子に腰掛けた。

左隣は跡部、右は芥川に向日。正面に忍足、右斜め前に宍戸。

氷帝のレギュラーたちと同席しての夕食なんて最悪、と思いながらも、
フルコース並みのご馳走はとてもその辺のレストランでも味わえない程の美味しさだった。




 「ねえ、この寮って私以外の人はいないの?」

しばらくしては戸惑いながらも先程から考えていた疑問を跡部に尋ねる。

 「まあな。」

跡部はゆっくりと器用にステーキを静かに切り分けてる。

俺様だけど、やっぱりちゃんと躾けられてるお坊ちゃまなのね、
などとは変な所に感心していた。

 「ちゃん、ここはね、テニス部の合宿所なんだよ〜。」

 「合宿所?」

 「そうや。それもレギュラー専用に跡部が特別に作ったんや。
  レギュラーは好きな時に泊まれんねん。
  ま、がおるんやったら、俺、しばらくここにおってもええなあ。」

忍足がニヤニヤ笑う。

 「ちょっと、冗談辞めてよ。
  私、あんたたちと一緒になんて…。」

 「だけど、、一人でこーんな広い所にいられるか?
  絶対夜中に怖くなるぜ?」

向日の言葉に宍戸も芥川も笑い出す。

そう言われてしまえば、この後みんなが帰ってしまったらこの広い合宿所にひとりは
ちょっと耐えられないかもしれない。

女子寮に入れると思ったからこそ、団体生活に憧れを持っていたは、
修学旅行の大部屋のようなにぎやかさを期待していたのだ。




 「ま、あの広いベッドであんなに気持ちよく寝られるんなら、
  あんまり心配ねーかもな。」

跡部の言葉にはうっと声を詰まらせると、
寝顔を見られていたんだっけ、と今更ながらに恥ずかしくなっていた。

 「ええ〜?跡部、ちゃんの寝顔見たんだ〜。
  うらやまC〜!」

 「おい、ジロー!羨ましいとかそういう事言ってる場合か?」

 「クッソ〜、跡部の奴、もう抜け駆け…。」

 「まあまあ、ええやん、俺らにもチャンスはあるんやし…。」


なんだか外野が急にうるさくなっていたけど、
の耳には入ってなかった。

思い起こすのは一緒のベッドにいた跡部の顔だけで…。








     ********





結局夕食が終わって極上寮に泊まったのは忍足と芥川の二人だった。

二人して夕食後にゲームでもしようとに持ちかけてきたが
はきっぱり断った。

学校でも一緒に顔をつき合わしてることが多いのに、
なんで夜まで彼らと一緒に過ごさなくてはならないのか。

部屋に戻ったは机の照明をつけると、
英語の教科書を開いた…。




しばらくすると、寮の外で壁打ちをしている音が
規則正しく聞こえてくるのには気づいた。

そっとベランダに出てみると、
庭の薄暗い照明の中で、忍足と芥川が交互に壁打ちをしているのがわかった。

手すりに持たれかけながらはぼんやりと彼らを見つめていた。


 (ほんとにテニスバカだよね…。

  あいつら、一体いつ勉強してるのよ?

  こっちはこんなに必死でやってるっていうのに。)



は学園でもトップ集団の成績だった。

だけど、首位はいつも跡部だったし、
理数系クラスでは忍足も芥川も、あの宍戸でさえと肩を並べていた。



 (テニスできる奴って、どうしてみんな頭までいいんだろう?
  
  なんかむかつく…。)


はため息をつくと部屋に戻った。










   ********







翌日。

が教室に入ると、が好奇心むき出しの顔での席に座っていた。


 「で?どうだった?」

 「な、何が?」

 「決まってるじゃない〜。極上寮よ!!」

はウッと言葉に詰まった。

まさか日頃が目の敵のように毛嫌いしてる、
氷帝レギュラーの合宿所だったなんて事がばれたら、
それこそ毎日のように面白がって根掘り葉掘り聞いてくるに違いない。

 「…まあまあかな。」

 「まあまあって?」

 「普通の寮だってば。
  それより、私、日直なんだよね。
  ちょっと日誌取りに行って来る!」

はなんとかの好奇心に油を注がないように席を立つと、
足早に廊下に出た。




 「まあまあってなんや、それ。」

廊下には忍足が不敵な笑みを浮かべて待ち構えていた。

 「何か用?」

 「なんや朝から冷たいなあ。
  昨日は一緒に寝泊りした仲やんか。」

 「そういうこと人前で口に出したら
  みぞおちに一発食らわすわよ。」

がすごんで見せても、相変わらず忍足には通用しない。

 「それにしてもちゃんと朝ご飯食べなあかんで?」

 「はぁ?」

 「明け方まで勉強するんはええけど、
  無理するから朝はなかなか起きられへんのやろ?」

 「べ、別に忍足には関係ないでしょ!」

 「まあええから、これでも食べ。」

そう言って忍足はの手に紙袋を持たせた。

袋は温かくて、香ばしい匂いが漂っていた。

 「何よ、これ?」

 「あそこの食堂のおばちゃんのパンは最高やねん。」



極上寮のコックを食堂のおばちゃん扱いするのはどうかとも思ったけど、
のためにわざわざ持って来てくれたのかと思うと、
は意外な面持ちで忍足を見上げた。

 「あ、ありがと。」

 「人間、空腹の時に食べ物もらうと素直になるんやな?」

 「前言撤回!いらない!」

がむきになって袋を突き返すと、
忍足はクスクス笑いながら歩き出した。

 「怒った顔も可愛ええんやけどな、
  俺にも寝顔、見せてくれへん?」

忍足はすっとの横を通り過ぎると、そのまま教室に入って行った。



ほの温かな袋の重みに、は正直戸惑いながらそっと袋を開けた。

そこには焼き立てらしいクロワッサンがふたつ。

はそのひとつを取り出すと、歩きながら一口かじっていた。




 (気が回るって言うか、気配り上手って言うか、
 
  ほんと食わせ者だわ。)


忍足のおせっかいには苦笑するものの、
焼きたてのパンは美味しくてありがたかった。


は職員室への階段をリズミカルに降りながら、
ふと忍足の言葉の中の単語から、
昔言われた事を思い出し、ため息をついた。






 『は寝顔は可愛いんだな。』

  








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☆あとがき☆
 不定期連載です。(笑)
連載という範疇に入れない方がいいかな、
と実際思ってるのですが、(更新確約がないため?)
気が向いたら少しずつ進むかと~~。
2006.1.22.