極上氷帝寮物語 1
「ねえ、極上寮って知ってる?
氷帝にそんな寮、あったっけ?」
は長い髪をかき上げると、頬杖をついたまま、氷帝のパンフをぱらぱらとめくった。
親友のは購買のパンを頬張ったまま、びっくりしたようにを見つめて咳き込んだ。
「なになに? って自宅通学じゃん?」
「うー、そうなんだけどさ、
親が勝手に寮を申し込んじゃってさ。」
の言葉には慌てて紙パックのコーヒーを流し込んだ。
「親が勝手にって、何それ?」
「それがさ、お父さんの転勤が急に決まっちゃって、
1年位、アメリカに行くらしいのよ。
でも私、氷帝の大学部に進学するつもりだからさ、
ひとりで残ろうかと思ったんだけど…。」
「ああ、そういうことか。
で、娘の一人暮らしが心配なわけね?」
「そーゆーこと。
で、白鷺寮に入れることになってたのに、
なんだか手違いで空きがなかったらしくて、
極上寮でいいですか?って言われちゃってさ。
なんか、極上って言う名前がうそ臭いんだけど、
ま、学校側の落ち度ってことで、格安で入れるらしいんだ。」
「へ〜、そりゃまた学校側も親切じゃん?」
「だけどさ、パンフに極上寮なんて何処にも載ってないのよ。
まさか取り壊し予定の古い建物とかじゃないよねぇ?」
「あははは。あり得るかもよぉ。
創設時からの古い寮だったりして?
極上なんて、いかにも頭の古そうな時代の人がつけそうな名前だもんね。」
は今度は涙を流さんばかりに笑い転げてる。
「ちょっと、ったら笑いすぎ!
住むのは私なのよ?
人の気も知らないで…。」
は氷帝のパンフをぱたんと閉じると、
笑いすぎの親友の頭を丸めたそれで叩こうとした。
まさに親友の頭を直撃するはずだったパンフは、
2人の会話に割り込んできた忍足によって取り上げられてしまった。
「何やってんねん?」
「あ、忍足!
聞いてよ、が寮に入るんだって。」
見上げるとクラスメートの忍足が学校案内のパンフを開いてるところだった。
「が寮生ねえ。」
なんだか含みを持たせた物言いに、はカチンときた。
「忍足には関係ないでしょ?」
どうもはこの関西弁で悠長に飄々と喋る忍足が苦手だった。
苦手…と言えば、忍足を含め、氷帝学園のテニス部レギュラー陣がみんな苦手だった。
それなのに、3年になってこのクラスになった時、
自分が理数系が強い事を皮肉にも呪わずにはいられなかった。
「へ〜、3年になってから寮生になるなんてめっずらC〜。」
の後ろの席の芥川が眠そうに欠伸をしながら会話に入ってきた。
「でしょう?寮生なんて窮屈そうだよね〜。」
人の気も知らないで、は勝手に芥川に相槌を打つ。
「で?何処の寮に入るんだ?」
なんで宍戸まで会話に加わってくるのよ…とは頭を抱えた。
そんなに私が寮に入るのが面白いわけ?
いくら理数系選抜クラスに女子が少ないからって、
なんでこういつもいつも私との周りにこいつらは集まって来るんだか…。
ただでさえ目立つこいつらと一緒にいるのは、すっごく嫌なんですけど?
はため息混じりに呟いた。
「あんたたちには教えない!」
「冷たいなあ、は。
ええよ、に聞くから。
で、は何処の寮に入るん?」
を睨むも、全く効果はなくて、
それが聞いてよ、と言わんばかりに親友は喋りだす。
「女子寮が定員オーバーで、極上寮に入るんだって。
ね、極上よ、極上!!
笑えるネーミングだと思わない?」
またもやツボを刺激したようで、は笑い出す。
は口の軽い親友に呆れながらも、
忍足や芥川、宍戸たちが一瞬固まるのを見逃さなかった。
「え?な、何?
極上寮ってなんかいわくつきなの?」
聞きたい言葉を飲み込んでいたとは違って、
いかにも好奇心満々のが、
目を輝かせながら忍足の方へ身を乗り出した。
どうしてこう、はこいつらに気軽に何でも話しかけるんだか…。
「あー、極上寮ちゅうのんはな、
ほんまは寮じゃないで?」
苦笑する忍足の言葉には面食らった。
「寮じゃないって…、
寮じゃなかったらなんなのよ?」
「そやなぁ、…には教えたないわ。」
「はぁ?」
「場所はテニスコートの裏手や。
行けばすぐ分かる。
ま、ええとこやから、楽しみにしとき。」
不敵に笑う忍足に、宍戸も芥川もニヤニヤ笑ってる。
全く、知ってるんなら教えてくれてもいいじゃない…、
そう思いつつも、忍足たちに教えてもらうのはなんだか癪に障る。
ま、放課後にはわかる事だし、今日は荷物も届いてるはずだし、
場所も大体わかったし、はそれ以上詮索するのはやめる事にした。
********
放課後、委員会の仕事を済ませたはテニスコートの脇を歩いていた。
相変わらずフェンスには氷帝テニス部ファンクラブの面々が歓声を上げている。
なんでこんなにうちの学校のテニス部がアイドル化されてるのか、
には信じられない光景だった。
ま、私には関係ないけどね。
それよりも、はテニスコートの裏手の林を抜けると見えてきた、
白いコテージ風の建物に唖然としていた。
氷帝学園の施設はどれもお金が有り余ってるというように豪華な造りが多かったが、
この極上寮も例外ではなさそうだった。
いくらなんでも学校内にこんなものがあっていいのだろうか。
ロビーは高級ホテル並みに大理石の床だったし、
壁に掛けられてる絵はどれも近代的な趣味のいいものばかりだった。
ただ、誰もまだ帰って来ていないのか、寮の中はシーンとしていた。
聞こえるのはテニスコートの打ち合う音や歓声だけ。
はため息をつくと、2階の奥の部屋に足を運んだ。
通知の葉書にはたしか210号室と書かれていたっけ。
ドアを開けると、その部屋は高校の寮というよりは、
軽井沢あたりのペンションを思わせる造りに、
いくらなんでもこれはないだろう…とは驚いた。
いや、ペンションにしては部屋が広すぎる。
高級ホテルのスィート、と言っても嘘にはならないかもしれない。
は鞄を机の上に置くと、
嫌でも目に付くダブルサイズのベッドに座ってみた。
ゆっくりと心地よく沈み込むフカフカのベッド。
はそのまま仰向けに倒れてみた。
「極上か…。」
手違いとはいえ、これは棚ぼた式の幸運かもしれない。
はそのまま気持ちいい感触に包まれたくて、
いつしか意識を飛ばしていた…。
********
「おい、起きろよ!」
誰かの声。
「う…うん?」
こんなに気持ちいいのに起こさないで…。
「おい、いい加減にしろよ?」
明らかに誰かの不機嫌な声。
「お前な、能天気にもほどがあるぜ。」
でも、どこかで聞いたことがあるような?
はぼんやりしている頭で、この目の前にある見覚えのある顔をじっと見上げていた。
「……?」
「やっと起きたな。
それにしても無防備な奴。」
ちょっと小ばかにしたように喉の奥でクッと笑っているのは、
まぎれもない、氷帝学園一の金持ちで俺様な鼻持ちならない奴。
そいつがの隣に頬杖をついて寝そべっている…。
「ちょ、ちょっとなんで跡部がここに…?
じゃない、何してるのよ?」
は思わず起き上がって、
恥ずかしさのあまり赤くなる頬を両手で押さえた。
「はっ?お前が居眠りしてるから起こしてやったんだよ。
夕食食いっぱぐれても知らねーからな。」
跡部は立ち上がると、もうスタスタとそのままドアの方へ歩き出していた。
窓の外はいつの間にか真っ暗で、
はようやく自分が寝すぎていた事に気がついた。
髪を手ぐしで直すと慌てて跡部の後について部屋を出たのだが、
段々との思考回路はフルパワーで動き出していた。
「ねえ?ここって…極上寮…だよね?」
多少の不安ではぎこちなく跡部の後姿に聞いてみた。
「ああ?ま、そんな風に呼ぶ奴もいるけどな。」
「ち、違うの?」
「たいした違いはねーな。」
ぶっきらぼうに答えるくせに、
跡部はどこか楽しげに笑みを漏らすのであった。
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☆あとがき☆
あの、これなんでしょうか?という突っ込み禁止。
これって連載でしょうか?という突っ込み禁止。
更新、ちゃんとできるのでしょうか?という突っ込みも禁止。(笑)
ひたすらぼけ続ける管理人、いや、墓穴掘る管理人だな。(苦笑)
2005.11.5.