見えない記念日 Vol.2
〜The memorial day which can't be seen 〜
夏も終わって秋風が心地よくの髪を弄ぶようになった頃、
は1組の女の子からある頼まれごとをされてしまった。
それは言うまでもなく、
「嫌な時は私だって断るよ!」の部類に入るものだったのに、
はやはり、というか、
その子の必死なお願いに結局嫌とは言えなくなってしまっっていた。
その日の昼休み、
が3−6の教室前で中に入るかどうしようかと思案していると、
案の定、不二が先に声をかけてきた。
「どうしたの?」
「あ、不二君。」
「なら中にいるよ?」
「えっと、…不二君、今、ちょっといい?」
は困ったように言うと、不二を屋上へ上がる階段下に連れ出した。
ここなら、あまり人目につかないだろう。
は自分のものでもないのに、
ドキドキしながら不二に白い物を差し出した。
「これ…、受け取ってくれるかな?」
不二の顔が心なしか輝いたように見えた。
「何かな?」
「あのね、クラスの子に頼まれちゃったんだけど…。」
そう言った途端、不二の表情がさっとこわばる。
今まで不二の優しい笑顔しか見た事のなかったにとって、
不二の蒼く光るような瞳は冷たく見えた。
「君はどうしてこんな事をするの?」
「えっ?」
「頼まれたら何でもするの?」
「だって、私にできる事だったらしてあげたいと思うし。
友達だし…。」
「うん、そうだね。
君は君の友達に優しいだけなんだよね?
でも、それは僕にとってはちっとも優しくないってこと、
わからない?」
「ふ、不二君?
言ってる意味がわからないんだけど?」
「ううん。いいんだ。
君が頼まれると断れない性格は知ってるつもりだったよ。
みんなの頼み事を嫌な顔ひとつしないで引き受けてる君は
すごく微笑ましかったんだ。
でも…。」
「…。」
「ごめん、今、僕、全然余裕がない。」
そう言い残して不二はの元を離れた。
は言いようもない不安にさい悩まされた。
どうして不二君はあんな目をして私を見ていたの?
私だって本当はこんな頼まれ事は引き受けたくなかったのに。
不二君を怒らせてしまった?
私がいやいや引き受けた事だったから?
あれ以来、不二はに話しかけることはなくなっていた。
はとても悲しかった。
同じクラスではなかったけど、
一日に1回は不二と話すことができる仲になっていたのに。
その特権を自らの手で摘み取ってしまった事に気づいた時には、
秋もすでに終わりを告げようとしていた。。
「ねえ、。
は不二君のこと、好きなんでしょう?」
その日、珍しくに誘われて中庭で昼食を食べていた時だった。
冬にしては暖かい日で、唐突に聞かれた質問にはすぐには返答ができなかった。
「…。」
「私ね、不二君もの事、好きなんじゃないかなあって思ってた。
でも、最近、って手塚君と噂になってるよね?」
「えっ?」
親友の思いがけない言葉に、は口に運ぼうとしていた箸を止めた。
私と手塚君が…?
「だって、手塚君と一緒にいる事が多いし、
といる時の手塚君が殊のほか、雰囲気が柔らかいって、
1組の子達が噂していたよ。」
「だって、あれはクラス委員とか、文化祭やら何やら、
いろんな事で手塚君と一緒に仕事する事が多いだけで…。」
「うん、知ってる。でもすごく目立つんだよね〜。
大体あの手塚君と一緒にいて気詰まりにならないもすごいよ。」
にヘンな誉め方をされては苦笑した。
確かに手塚はあまりしゃべらない。
だけど、てきぱきと仕事をこなす2人にとっては何の支障もないだけで…。
「手塚君はすごい人だと思うよ。
尊敬っていう気持ちがぴったりな人だもの。
でも、私が一緒にいてドキドキするのは、
今でも不二君なの。」
は正直に打ち明けた。
「私、2年の終わりに初めて不二君と一緒に過ごせて、
あ、この人、素敵だなあって思った。
それが不二君の誕生日の前日だったの。
でも、その時の私は不二君にとっては、
ただの美化委員会に出席した子、っていうだけで、
不二君の誕生日をお祝いする事もできなかったんだ。」
は思い返すように、一言一言ゆっくりと話し始めた。
「だから、せめて不二君と仲良くなれたら、
来年のお誕生日にはおめでとうって言いたいな、って思ってた…。」
いつの間にかの目にはうっすらと涙がたまっていた。
こんなんじゃ、もうおめでとうも言えないんだ。
不二の事を思い出すと、今も胸が切なくなる。
「ねえ、。
不二君の事が好きなら、告白してみたらいいのに。」
「できないよ。」
「だってクリスマスもあるし、バレンタインだってあるし。
告白のチャンスは一杯残ってるよ?」
こらえ切れない涙は後から後からの頬を伝う。
不二に拒絶された時の事が否応なしに脳裏によみがえる。
もうあんな顔を見たくない…。
「でもさ、このまま卒業しちゃっていいの?
好きなら好きっていう気持ちを出した方がいいと思うな。
片思いを引きずったまま卒業したら、
はずっと不二君から卒業できないで誰も好きになれないんじゃないかな?」
はそんな風に心配してくれていた。
バレンタインに、不二君に告白してみようかな…?
に言われてから、は自分の気持ちに踏ん切りをつけたいと思うようになっていた。
彼女になれなくてもいい。
だた、好きっていう気持ちを伝えて、
前のように友達として受け入れてもらいたい。
そんな風に思うのであった。
そして迎えたバレンタインの当日。
は1年分の思いを込めて作ったチョコを不二に渡そうと不二の姿を探していた。
ところが、不二のあまりの人気ぶりには呆然とするしかなかった。
どこに行っても不二はファンの子達に囲まれていた。
当然と言えば当然の事だったのだが、はこんなにすごい光景を見る事になるとは
夢にも思っていなかったのである。
不二に1通の手紙を渡す、
小さなチョコを渡す…、
それがいかに大変な事であったかを当日になって思い知ったのである。
だから、あの時、あの子は私に頼んだんだ…。
まさか、自分が渡したいものがこんなに渡せないことになるとは…。
結局、その日は不二に近づく事さえできなかった。
そして、否応なしに時間だけ過ぎて行った。
2月も残すところあと1日。
去年のこの日、今日の日をぼんやり想像していた自分を、
は懐かしく思い返していた。
2005年2月28日の私。
不二君に「おめでとう」って言える自分になれたらいいな。
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2005.2.26.