君の隣 2
「ちょ、ちょっと、何?」
跡部の行動が全く予想していない事だったから
は面食らった顔をしている。
そりゃあ、そうだろう。
跡部だってなんでこんなにに構っているのかわからない。
けどずぶ濡れの女子を放っておける程冷たくもない。
冷たいのはの手の方だった。
「俺のジャージでも着てろ。
少し汗臭いが濡れた制服よりはあったかいだろ。」
「い、いいよ。」
「お前、俺の好意が受け取れねーのかよ?」
「いや、だからそんな迷惑・・・。」
「迷惑だなんて思ってねー。
つべこべ言わずに来いよ。」
優しくされてるんだ、と頭では分かっていても
乱暴にぐいぐい引っ張られてはそれが本当に好意なのか
怪しいものだと跡部の背中を見ながらついて行った。
プールの更衣室は案の定しっかりと施錠されていて
跡部は小さく舌打ちをするとその先にある体育倉庫に向かって行った。
その倉庫は壊れたハードルやら破れたネットやら
使えなくなった物を捨てるための一時保管場所みたいになっていて
鍵はついてなかった。
「ほら、ここで着替えろ!」
「えっ?」
「いいから着替えろ。
風邪でも引かれたらこっちが困るんだよ。
ただでさえマネは多くねーんだから。」
「あー、うん。
でも・・・。」
「何だよ?」
「いや、ここ鍵ないし?」
「ああん? 俺が覗きなんかする訳ねーだろうが?」
全く、どうしてそういう話になるんだか、と跡部はため息をついた。
心配しなくともお前の事なんか女だとは思ってない、と
言ってやりたかったが、ふとその言葉は躊躇われた。
跡部が手渡したジャージを受け取るとはごめん、と消え入るような声で呟いた。
本当に俺は何をやってるんだ?と自問自答する。
体育倉庫の壁に寄りかかり夕闇の中で人待ちしてる感じが
凄く不思議だった。
ごそごそとわずかに聞こえるの気配が何とも言えず
跡部の心を包み込んでいた。
誰にも話す気はないが、とこんな事をしていると話したら
岳人やジローあたりがどんな反応をするかと思うと
悪い気もしなかった。
「ねぇ?」
「なんだ?」
「これって微妙じゃない?」
振り返ってみると跡部のジャージを着たが
半分だけ戸口から体を出して跡部を呼ぶ。
背の低いが長身の跡部のジャージを着るのだから
捲り上げてもだぼだぼな感じは仕方ないとしても
その格好で夜道を歩くのは危なっかしく思えた。
「お前っ、下に何も着てねーんだから
もっと上までチャックを閉めろ。」
「やっ、跡部、どこ見てんのよ?」
「見てねーよ、見えただけだ。」
急に顔を赤くするに跡部まで反応してしまった。
事実だとしても、ジャージの下に下着をつけてないなどと
言葉にしてしまった跡部も柄にもなく赤面してしまう。
今までこんなにテニス以外のことで一緒にいた事などなかった。
に興味がなかったのではなく、接点が少なすぎただけだったのだ、
と跡部は気づいてしまった。
それも好かれない努力をしていたとは抜かした。
なぜそんな必要があるんだ?
それはつまり、は跡部に好意を持っていると思って
間違いないのではないか?
接点の少なさが好かれない努力の賜物だとしたら
と過ごす時間に比例して自分もに惹かれるのではないか、
という非理論的な直感って奴が浮かんでしまった。
そして浮かんでしまった気持ちはもうなかった事にはできなくなっていた。
「送って行く。」
「えっ、いいよ。」
「裏門に車があるんだよ。
ついでだ。」
「いいってば!」
「自分でも微妙だって言ってただろ?
そんな格好でうろつかれちゃはた迷惑だ。」
「だ、だから離れて歩けばいいでしょ?
こんな所誰かに見られたら私だって困る。」
「ああ?見られたってどうって事ねーよ。
うちのマネに手を出すようなまねは2度とさせねぇ。」
跡部はと自分の鞄を持つとさっさと歩き出した。
はため息をつくと跡部の後を追った。
********
「ねえ、跡部〜。」
朝から眠そうでないジローの顔を見るのは久しぶりだった。
そう言えば朝練の間中、ジローの様子がどこか変だと思ってはいた。
間近に控えてる秋季大会に向け、少しはやる気が出てきたのかと
そういう意味では気にもしていなかった。
他校との、それも立海大との試合が近づくと
ジローは途端にやる気を出すのだ。
「なんだ?」
「昨日、誰と一緒だったの?」
跡部は不意を付かれて言葉に詰まった。
「俺、昨日跡部の車、見かけたんだよね。
跡部の家の方向じゃなかったよね?」
「なんだよ、それ。
俺だって寄り道くらいするぜ?」
「ちゃんと?」
ジローの目は嫌に真剣だった。
別にやましい事をしていた訳ではない。
しかしどこからどこまで話せばいいのかと一瞬跡部は躊躇った。
躊躇う必要などどこにもないはずなのに。
「何かの―。」
「見間違いだって言うの?
俺に嘘をつく必要がある事?」
「いいや。」
「俺、言ったよね?
ちゃんの事、好きだって。
俺、本気だよ。」
「何が言いたいんだ、ジロー。」
「跡部が本気なら俺だって何も言わないさ。
けど、跡部、あの時そんな事全然言わなかったし、
気がないんならちゃんに手を出さないでよ。」
「んなもん、出すか!?」
こいつ、頭に血が上っていつもの冷静さがない、
一体車中の俺たちをどんな風に見ていたんだと
跡部はうんざりする思いで苦笑した。
けれど珍しくジローはその激昂をストレートにぶつけてきた。
「うそだ!
跡部、俺たちにも嘘つくの?
隠れてこそこそしないでよ。
学校ではわざと気がない振りなんてしちゃって、
それこそ裏切りじゃないか。
おかしいとは思ってたんだよ。
ちゃん、変に跡部に気ぃ遣って会わないようにしてるしさ。
でもって俺たちには合わせてくれてる感じでさ。
今思うと示し合わせてたんだ?」
「だからそんなんじゃねーよ。」
「女とは思ってない、なんて言ってたくせに!」
「ああ、女だと思っちゃいねーよ。
ただのマネージャーだろ。
くだらねー事言わせるな!」
ジローのしつこさについイラついて大きな声を出してしまったら、
後ろで何かが落ちる音がした。
聞かれて困る話ではなかったが振り向いた跡部は呆然としてしまった。
そこにいたのはだった。
そしても跡部同様、放心したかのように固まっている。
面倒くせー、瞬時にそう思った。
「ちゃん?」
先に声をかけたのはジローだった。
「あ、ごめん。」
どう見たって不自然だ。
けれどその不自然さを取り直す事などできるはずもなかった。
いつもの跡部の言葉をそのまま受け入れられなかったのは
間違いなくの方だった。
そしての引き攣ったような表情だけが置き土産のように残った。
跡部は走り去る彼女の背中を黙って見ているしかできなかった。
「跡部、追いかけないの?」
「お前が行けばいいだろ?」
素っ気無く返せば、ジローは猛ダッシュでの後を追いかけて行った。
跡部は後味の悪い思いでの落として行った袋をゆっくりと拾い上げた。
思ったとおり、袋の中には跡部のジャージが丁寧に畳まれていた。
そしてそのジャージの上には小さな紙袋が乗っていた。
細めのブルーのリボンを解けば
中には数枚のクッキーが入っている。
ほのかに香ってくるのは紅茶の香りだった。
「何、らしくねー事やってんだよ。」
好かれない努力、してたんじゃねーのかよ、と跡部は胸のうちで呟いた。
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☆あとがき☆
あ、なんか好きかも?もう少し続きそうです(笑)
2008.10.19.