君の隣    






「ああ? あいつに女を感じるか、普通?」


氷帝のロッカー室で忍足たちの会話に珍しく突っ込んでしまった。

 「なんや、跡部はアウトオブ眼中なん?」


部活中括っていた後ろ髪を解きながら忍足がニタニタ笑っている。

その胡散臭い表情が癪に障るが、いつもの事かとロッカーの扉を閉めた。

 「跡部はね、真面目なんだよね〜。」

 「そうかぁ? ま、は性格はさっぱりしてんからな。」

相変わらずのろのろと着替えるジローと脱いだポロでばさばさ上半身を扇ぐ岳人でさえ
どうやら跡部の言葉に同意する気はないらしい。

 「マネージャーとしてはまあそこそこ認めてやらないこともねーけどな、
  あのがさつさは女としてはいけてねーだろう?」

 「がさつねぇ…。跡部にはそう見えるんやね?」

忍足がため息つくのが分かって跡部は余計にイライラしてくる。

大体この部室だって、気の利いた女ならもう少しマメに掃除位するもんじゃないかと
跡部は思っている。

とは同じクラスになった事はないが
結構いろいろな委員会の長を務めていたりする所を見ると、
どうやらそこそこ人気があるのだろうとは思う。

部誌や各試合のスコア表を見る限りではノートのまとめ方も上手い方だし、
他校のデータ集めも青学の乾には劣るだろうが
独特の挿絵付で後輩たちには受けがいいのも一応評価はしているつもりだ。

が、本人自ら公言の如く、一般的に女が得意とする分野は
の性に合わないようで、掃除然り、洗濯然り、
縫い物なんて針に糸を通すだけで肩が凝るなんて抜かした事もあるほどだ。

人間、向き不向きはあると思っていても
の女らしさを見た事は今までに皆無だったんじゃないかと跡部は思い返す。


 「なんだよ、お前ら、に気があるみてーじゃねーか?」

ふと思いつきで口をついた言葉に
部室の中の空気がさーっと変わった事に跡部は気づいた。

 「跡部がさ、ちゃんのことマネで割り切ってんなら
  それはそれでいいけどさ〜。
  俺はちゃんのこと、マジで好きだよ〜。」

 「あっ、ジロー、てめぇ、何カミングアウトしてんだよ。」

 「だって、俺、仲いいC〜。
  ちゃんとちゃんってさ、
  結構屋上でお昼食べてんだよね〜。
  だから俺、割と一緒にお弁当食べてるし、
  いっつもちゃんにおかず分けてもらってるよ〜。」

 「へんだ、それがどうだって言うんだよ?。
  俺なんかと家が近いから、結構休みの時
  近所のコンビニとかでばったり会ったりしてさ、
  一緒にアイス買って公園で食べたりしてんだぜ。」

ジローと岳人の奴が割合の周りをべたべたとくっ付き回っていたのは知っていたが、
そんな些細な事に幸せを感じるほどの事を本気で思っていたとは気づかなかった。

 「なんや、どれも偶然のシロモノやん。
  俺はちゃんと誘ってと映画見に行ったりしてるわ。」

周りの反感を一挙に買った忍足はのんびりした口調でそう言うと悠然と笑っていた。

 「って結構涙もろいねんで?
  俺はのこと、めちゃ女の子や思うてんのやけどね。」

 「…ああ、そうかよ。」

跡部はくだらないと言った顔で自分のテニスバッグを持つと
さっさと部室を後にした。


大体、をマネにした時に、マネージャーに対して
特別な感情を持たないというルールは暗黙の了解ではなかったか。

それを今になってそれぞれが勝手に仲良くやっている様は
腹の立つ事ではないにしても何となく後味が悪い。







マネージャー希望は毎年後を絶たない。

が、長続きする奴はそうそういない。

まあ、半端な気持ちで入って来ても想像を絶する激務に
リタイアする奴が出るのは仕方ない事で
結局残ってる奴は男子と同等に渡り合えるような性格じゃなきゃ務まらない。

まして氷帝のテニス部は運動部の中でも練習量は半端ではない。

それを陰で支えてくれるマネージャーはある意味
レギュラーと同じく精神的にタフでなくてはやってられないだろう。

それだからこそ、ががさつっぽい言葉や行動をしたとしても
それが自身の性格だとは100%言い切れない。

そう客観的にの事をフォローしてやろうと思っても
今まで跡部はとテニス部以外の話をした事がなかったから、
本当のところ、彼女がどんな性格なのかあまり考えた事もなかった。

テニス部のマネージャーとしての資質があるというか
氷帝テニス部に適応性がある、位にしか認知した事はない。

要はマネとして使えるか使えないか、それだけのことだ。


 「どこが女の子…だ。」

声に出して見ると余計可笑しく思える。

ジャージ姿で肩を怒らせて跡部に真っ向から意見してくる顔位しか思い浮かばない。

そう言えば、コートや部室以外の場所でに会った事があっただろうか?

いや、すれ違う事ぐらいあるはずなのだが
コート以外の場所でが話しかけて来たこともなければ
跡部の方も意識的に探す努力などした事がなかったから
普段同じ学校にいながら毎日どこで何をしているのか
全くと言っていいほど彼女を見かけた事がない…。

クラスは何組だ?

ああ、ジローと一緒だったか?

それにしたって同じ部活仲間の癖に
あんまりか、とも思った。


美人ではないが愛嬌がない訳でもない。

几帳面ではないくせに怠惰でもない。

良くも悪くもない。


 「普通じゃねーか?」

跡部はまた独り言を言っていた。



こうやってじっくりの事を思い出してみるなんて事もなかったから
普段のジャージ姿は思い出せても制服姿は思い出せないとは
つくづく地味な存在だとしか言いようがない。

跡部はくだらない、と心の中で呟いて歩き出した。




歩きながら跡部は携帯を取り出すと新着メールの表示に
即効でそのメールを確認した。

以前取り寄せを依頼したドイツ語の小説が入荷したという
馴染みの書店からの知らせだった。

跡部は裏門に続く小道に入るとおもむろに携帯で
迎えの運転手に車を裏手に回すよう指示をした。

夕方のこの時間では表通りを通ると渋滞に巻き込まれると判断した彼は
普段使わない裏門へと大股で歩き出した。

その近道は氷帝の水泳部が所有する屋外プールの裏を通る
どちらかというと生徒があまり使わない小道だった。

去年インターハイで数々の戦歴を塗り替えた水泳部は
その功績が認められ今は別の敷地内に立派な屋内競技用プールを有していた。

レギュラーになれない部員が屋外プールを使うのだと
いつだったかジローが昼寝の場所にはもってこいなんだ、などと
話していたことが思い出され、ふと視線を上げた時だった。

小さな悲鳴と派手な水音、それに被さる様な笑い声と共に
数人の女子が走り去る姿が目に入った。

普段の跡部ならやり過ごすその光景も
プールサイドのそばにぽつんと置かれた鞄に
見覚えのある人形がぶら下がっているのがわかった。

全国大会に行く前に、不器用なが作ったマスコット。

ちっともメンバーに似てなくて
わかるのは岳人の赤い髪と忍足の眼鏡と
宍戸の帽子ぐらいだな、と笑ってやったら怒ってたな。

それで自分用には女の子だからと大きなリボンが頭についていて・・・。





気づくと跡部はプールへ上がる階段を2段飛ばしで駆け上がっていた。



夕闇が迫るプールの中にいた
人魚姫が初めて人間を見た時のような
物凄く驚いた目をして跡部を見上げていた。

水の中でゆらゆらと広がっているスカートが
あまりにもプールに似合わないのに、
白い夏服姿のを初めてまじまじと見ている自分に気づき、
跡部はやっと口を開いた。





 「何、やってるんだよ?」

 「何、やってるんだろうね?」


は自嘲気味に弱々しく応えた。

その声が逆に跡部の心をぎゅっとかき乱す。

跡部はゆっくりと手を差し出してやると、は大人しく跡部の手に掴まった。


引き上げてやるとは自分の体と同じように水のしみこんだスポーツバッグを
傍らにボトンと落とすと、スカートの端を両手でまとめるやぎゅっと水分を搾り出した。

髪も制服もずぶ濡れで、さすがにこのままの状態では風邪を引きそうだった。

何より下着の透き通って見える様は跡部を動揺させていた。


こんな姿に動揺するなんてあり得ねぇ。

あいつを女と思った事なんてなかったはずだ。


跡部は自分のスポーツバッグから大判のタオルを取り出すと
それをの頭の上から無造作にかぶせてやった。



 「あいつら、何でこんな事やりやがったんだ?」

 「見てたの?」

 「走り去る後姿が見えたんだ。」

 「そっかぁ。」


頭からすっぽりかぶったタオルのせいでの表情は見えない。

跡部のタオルをぎゅっと握り締めて微動だにしないを、
まさか泣いてるんじゃないだろうな、と跡部は焦りを感じていた。

もし泣いていたら何を言ってやったらいいのか、
今の跡部には思いつく言葉がひとつもなかった。

 「おい?」

 「跡部の事が好きなんだ・・・。」

 「なっ!?」

突然の告白の言葉にさすがの跡部も不意打ちを喰らった。

いつものがいつもの風体で言った言葉なら鼻であしらえたものが、
この状況下で、初めて見るの風貌に、初めて聞く切ない声に
跡部の思考は全く対処できず、を意識している自分に自分で驚いていた。

 「あの子達。
  だから、好き過ぎて嫌なんだろうね、私の事が。」

 「なっ!?」

持ち上がって突き落とされたような気分の高揚に
跡部はとても不愉快になった。

が自分の事を言ったのではないと分かって
勘違いをさせるようなの言葉に腹が立った。

そしてそれはどうしようもなく動き出してしまった感情の波を
元に戻せるものではないと気づいて、2重に腹が立った。

イラッと来た感情をそのまま乗せた言葉に
が気がついたようで、タオルの間から顔を覗かせ跡部を見た。


 「いや、だから、多分、跡部の事が好きだから。」

 「だから、なんだよ?」

 「私が跡部のそばにいるとムカツクらしいよ。」

 「そのたんびにお前はプールに突き落とされてそれでいいのかよ?」

どんどん腹が立ってきて、段々声も大きくなる。

 「いや、それは困るよ。
  だからなるべく跡部とは話、しない様にしてるし、
  好かれない努力もしてるし。」

 「なんだと?
  好かれない努力って何だ?」

 「あっ、ごめん、何でもない。」

 「言わねーと今度は俺がプールに突き落とすぞ?」

勢い余ってそう凄んでみたら、は仕方なくため息をついた。

要するにマネージャー業は最低限必要なことはするが
後は適当に手を抜いていたらしい、それが自衛策だったとは言った。

跡部はいつもいつも片付かない部室を思って眉間に皺を寄せた。

あの居心地の悪さは作られた物だったのかと。

無能な振りをいていただと?

しかも俺限定か?


 「お前、バカだな。」

 「バカとは何よ、バカって・・・クシュン!」

大きなくしゃみをするとは濡れたスポーツバッグを拾い上げた。

 「跡部、ありがと。
  タオル、このまま借りて帰るわ。」

あっさりそう言うに跡部は心底呆れたように返す。

 「まさか、そのままの格好で帰る気じゃねーだろーな?」

 「その、まさかですけど?」

 「着替えねーのか?」

雫を滴り落としながら手にしたバッグを持ち上げて見せた。

 「ご丁寧にジャージとかも全部濡れちゃったからね。
  でも、平気。」

平気と笑ってみせるの笑顔に跡部の瞳は釘付けになっていた。

心底可笑しい訳じゃないのに
いつもだったら悪態付くところだろうに
跡部に心配かけさせまいとしている表情は正視できなかった。

こんな表情を俺は知らない。

悔しいくらいが可愛いと思ってしまった。


 「来いよ!」

跡部はの通学鞄を取り上げると、
の手を掴んで有無を言わせずにプールを後にした。






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☆あとがき☆
ベー様の誕生日月間として
我がサイトの2トップを差し置いて
書き始めました。
10月中にはなんとかしたいです。