特別な日のためにその言葉はある
                              9月29日
 





トントンと軽くノックされたドアはなかなか開かなかった。




 「鳳、開けてやれ。」


俺の言葉に長太郎は素直に立ち上がると、部室のドアを開けた。

爽やかな秋風と共におずおずと覗かせた愛くるしい顔に、
俺がどんなに驚いたかは誰にも気づかせたりはしねぇ。

こんな所に絶対来るはずがないと思っていたから余計に驚いた訳だが、
と言って跳ね上がった心臓は別の意味でテンションを上げやがる。


 「何か?」

鳳が持ち前の爽やかな笑顔でそいつに問うと、
鳳の横からちらっと部屋の中を見渡したかと思うと静かなため息を漏らしたのがわかった。


 「あの、宍戸君は…?」

 「宍戸先輩ですか、ああ、今日は先輩、
  なかなかつかまらないと思いますけど、
  そのうちここに来ると思いますよ。」


俺は危うく椅子から落ちそうになった。

いや、そんなみっともない事を俺がするはずはないが、
気分的には恐らく奈落の底に片足くらい突っ込んだかもしれねぇ。


 「あーん? 、宍戸に何の用があるんだよ。」


俺はクラスメートのに、自分が奈落の底を垣間見た事なんて知られないように、
いつもより2割増くらいの低音で声をかけた。

 「え、えと、ちょっと…。」

下を向くの手にしっかりと握られてるかわいい袋が物語ってる。

ああ、そういう事なのか?

お前もあんな庶民くさい宍戸のために、
いつもは遠巻きにしか見に来ないテニスコートまでわざわざ足を運んだと言うのか?


 「宍戸先輩の誕生日を祝うためですよね?
  いいなあ、宍戸先輩にこんなかわいい人がいたなんて!!
  あっ、中で待ちます?
  宍戸先輩、この間の文化祭でライブに出たでしょう?
  あれで急にファンが増えちゃって…。
  今年の誕生日は大変らしいですね。
  って、ファンの子に囲まれてる宍戸先輩を見るのはやっぱりショックですか?」


なんで長太郎がそんなに嬉しそうにペラペラ喋ってんだか、
俺には理解不能だが、そんな鳳の言葉に沈んでるの顔を見る方が、
俺にとってはショックなんだよ。


 「私、やっぱり…。」

 「えっ?だめですよ。
  ここで帰しちゃったりしたら俺が先輩になんて言われるか。
  跡部先輩もそう思いますよね?」


ああ?なんで俺に振るんだよ、鳳の奴め。
俺がどんな気持ちでここに踏みとどまってるかなんて汲み取ろうともしねぇ。


 「あの、ごめん。跡部君の邪魔しちゃったよね?
  私、別に今日じゃなくてもいいんだけど…。」

 「だめですよ!!
  今日は宍戸先輩にとって特別な日なんですよ。
  負けちゃだめです!」


特別な日…か。

今日が俺の誕生日で、こんな風に予期しない訪問があったら、
俺はどんなに嬉しかったか。

宍戸にヤキモチか?

いや、そんな事は認めたくはないがな。

けどな、教室で時たま視線が合った時にふっと笑い返してくれたは、
絶対俺の事を好いてくれてると思ってたが、
俺のインサイトも引退してからガタが来たみてーだな。


 「俺は邪魔なんて言ってねーぜ。
  1年に一度の誕生日なんだ、
  なんなら宍戸と二人っきりにしてやろーか?」


俺がそう言うと、はなぜか下を向いてしまった。

泣きたいのはこっちの方だってのによ。

誕生日前に失恋だなんて激ダサってもんだろ?


 「…私、今日が宍戸君の誕生日だなんて知らなかったから。」


ポツリとそう呟いた言葉に鳳も俺も口をあんぐりと開けるしかなかった。

と、その時派手に大きな音を立てて宍戸が意気揚々と入って来た。

俺は常々宍戸は場の雰囲気が読めねー野郎だとは思っていたが、
いつもならフォローする鳳までが固まっていたから、
宍戸の陽気な声は冷え切ったその場の雰囲気に完全に浮きだっていやがった。


 「おう、長太郎。
  今年はすごいぞ!
  見るか?俺もついに今年は忍足には勝てそうな気がするぜ。」

 「し、宍戸先輩…。」

 「うん?なんだ?
  おっと、長太郎の客か?」


両手一杯の袋を抱えて上機嫌な宍戸が滑稽だったが、
の心中を思うと俺は何も言えなかった…。

が、はくるっと宍戸の方に向き直ると、
なんだか無理に明るい声を出してるように思えた。


 「宍戸君、この間はありがとう。
  あの…これ…。
  今日が誕生日だなんて知らなかったから、そういうのじゃなくて、
  でも、今日は宍戸君の誕生日なんだってね?
  あの、お誕生日、おめでとう。
  えっと、あの、これは気持ちだけで…。
  あれ、気持ちだけなんて変な言葉だよね。
  じゃなくて、お、お礼なの。
  ごめん、何言ってるかわかんなくなっちゃった。」

必死になってどもりながらあたふたして、
言うだけ言うと手に持っていた袋を宍戸に押し付けるようにして、
まるで小さなつむじ風が通った後のようには、
あっという間に宍戸の横をすり抜けると走って行ってしまった。


ポカンと突っ立ってる宍戸の顔を見ながら、
俺は冷静にの言葉を反芻した。


今のは、告白だったか?



 「宍戸…。
  俺にわかるように説明してくれねーか?」


俺は引きつるこめかみを押しながら、いまだ間抜けな表情の宍戸に詰め寄った。


 「あ、跡部先輩。俺、何か変な事言っちゃったんでしょうか?
  宍戸先輩、あの、俺のせいで上手くいかなかったんだったら…。」


真っ青になってシュンとしている鳳はこの際無視する事にして、
俺はゆっくりと立ち上がると宍戸の手の中の袋を取り上げた。

 「なあ、がお前にこれを渡した理由を
  是非聞いてみたいんだがな。」


そう、今日は9月29日。

宍戸の誕生日であっても、俺の誕生日ではない。

俺にはまだ時間があるってことだ。

、俺を脅かすのはあと1度きりにして欲しいもんだぜ。








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☆あとがき☆
 宍戸の誕生日をさりげなく出して、
実は跡部の誕生日を祝おうと言う姑息な手段!?(笑)
このパターン、去年も誰かさんで使ったような…。
さあ、10/4の跡部の誕生日までなんとか続きを考えねば!!
2006.9.29.