特別な日のためにその言葉はある
10月2日
俺たち3年は事実上引退って事になってるが、
それでも大学部でもテニスは続けるつもりだったから、
俺はほとんど毎日朝練に顔を出す。
鳳の弁だとその方が下級生たちの気合の入り方が違うらしい。
いつまでも甘ったれた事言ってんじゃねーと鳳に言ってやるものの、
それでも頼られるのは悪い気はしねぇ。
ひと汗流した後に部室でくつろぐのは、
引退した今でもやはり心地いい。
「そういや、今朝は忍足はいなかったな。」
別に強制ではないから元レギュラーが揃わなくてもどうということはないが、
あの関西弁が聞こえないのは、耳慣れたせいか、
朝から一言も聞かないと逆に静か過ぎて物足りない。
「ああ、忍足は今日は委員会だったかなんかの集まりがあるって言ってたな。
んでも、あいつがそんなの真面目に出るなんて信じらんねーけどな。」
岳人が着替えながら答えると、ジローが面倒くさそうに奥のソファーから起き上がった。
「ああ…、俺、忍足の秘密、知ってるよ〜。」
「秘密って、なんかあんのか?」
俺は何の期待もせずにジローに問い返した。
「忍足ねぇ、はまっちゃったの。」
俺は断じて気が短い方だとは言わない。
そこそこ忍耐力や相手の話を聞くマナーは人並み以上に持ち合わせてると思ってはいるが、
ジローの脈絡ない話し方はどうも癇に障る。
お前の眠ってる記憶細胞の中身を全部俺に推察させるつもりか?
「なんだよ、ジロー。
それじゃあ、わかんないだろ?」
俺の代わりに岳人が不満そうに聞く。
「あのねえ、甘くないクッキー。」
「なんだそれ?」
「え〜、岳人はもらった事ないんだぁ?
へへっ、俺は食べた事あるもんね。」
ニタッと笑うジローは幸せそうな顔をする。
「忍足もね、図書整理手伝ってるからきっともらえるよ。
ちゃんね、お菓子作りの天才なんだよ〜。」
俺のこめかみの血管がまたピキッと切れた気がした。
って、の事か?
そういや、昨日の宍戸も袋の中身はクッキーだった。
ジローも食った事があるって?
それはいつの話だ。
大体忍足もジローもクラスが違うのになんであいつのクッキーを口にするんだ?
「くっそ〜、侑士の奴、俺に内緒で独り占めする気だ。」
岳人の叫びを背中に聞きながら、俺はゆっくりと図書室を目指した。
**********
「なんや跡部。今日は本の貸し出しはできひんで?」
図書室の古めかしい扉を開くと、カウンター越しに、
と忍足が何か楽しげに喋りながら作業していたのが見えたが、
忍足は俺が入ると先に声をかけてきた。
長めの髪を括って、何やら机の上に積んである本を選り分けてる忍足は、
いつもより真面目そうに見えるが、あいつの外見に騙される訳にはいかねぇ。
「ああん? お前こそ何してるんだ?」
「ひっどいなぁ。俺、図書委員やで。
真面目に仕事してんで。
跡部こそどないしたん?
俺になんか用でもあるんかいな?」
ニヤリと笑う忍足に、俺は憮然と答える。
「んな訳ねーだろ!」
言ってしまってから気づく。
これじゃあみすみす俺の気持ちをさらけ出してるようなもんだ。
「さよか。
ほなら何の用か聞いてみよか、なあ、?」
隣に座って新刊本のインデックスを作っているにくっつく忍足が
俺を挑発してる事くらいわかっていた。
わかっていたが、いつものポーカーフェースにはなれそうにもない。
誕生日までに俺とこいつの距離を少しでも縮めたかったからだ。
「跡部君、おはよ。
…朝練、終わったんだ?」
「ああ。」
はいつも通りに話しかけてくれるが、
俺はどうにもきまりが悪い。
忍足と二人っきりって言うのが腹立たしくて思わず来てしまったが、
といって何を切り出せばいいのか考えてなかった事に今更気づく。
「なんや、跡部。
今日は歯切れ悪いなあ。」
クツクツ笑う忍足が疎ましかったが、
俺はこいつの物分りのいい分別臭さと機転の良さは嫌いじゃねぇ。
「ほんまに困った奴やな。
この貸しは高くつくで〜?
、俺、岳人に返すもんあったから、先行くわ。
あとはこいつに任せたから、適当にこき使ってやって。」
いつもなら 景ちゃん、がんばり、なんて耳元で言われたら
蹴りの一発でもお見舞いしてる所だが、今日はそういう訳にもいかねー。
「で、何をすればいいんだ?」
忍足が出て行くのを確認してから、
俺がの前に座ると、は少し顔を赤らめて俺を見る。
俺がその目に弱いだなんて、お前は知らねーだろ。
脈がないなんて、どう見たってあり得ねーだろ?
「いや、もうほとんど終わってるから…。
跡部君に手伝ってもらうなんて。」
「ああん、今まで忍足とやってたじゃねーか。」
「忍足君は図書委員だったし。」
「俺じゃあ…不服だって言うのか?」
は困ったように顔をフルフルと左右に振るが、
そんなを見ると、やっと俺らしくなれるような気がするのは悪い事か?
「大体お前、なんで他の奴らとは仲良くて、
俺には何もないんだよ?」
「えっ、な、何が?」
「宍戸にもあげたよな?
聞けばジローや忍足なんて1度や2度じゃないんだろ?
クラスも違うって言うのによ。」
自分でもばかばかしいとは思う。
こうやってに意地悪く言うのはヤキモチの裏返しなんだが、
誕生日が明後日の俺には、とにもかくにもそれがスマートな告白じゃなくったって、
もうどうでもいいことだった。
「えーっと、もしかして手作りクッキーの事?」
「…。」
「跡部君、甘いものって嫌いじゃなかった?」
「誰がんなこと言ったんだよ?」
俺は頬杖を付いてを見つめる。
「だって、それって周知の事実じゃなかった?
跡部君が甘いもの苦手っていうのと、
手作りモノは絶対受け取らないって…。」
ああ、ああ、確かに言ったよ!
別に甘いものは食べれねーことはないが、
そうやって釘を刺しておかねーと、俺の周りは菓子だらけになっちまう。
岳人やジローなら喜ぶだろうが、俺は今までそういうもんは受け取って来なかった。
なんで知りもしない奴の手作りをほいほいと口にできるんだか、
俺は岳人たちの方こそ理解できねぇんだよ。
「そんな事、俺がお前に言った事あるか?」
「えっ? そ、そりゃあ、直接聞いた訳じゃないけど…。」
はなんだかちょっとムッとしたようだった。
ああん?そこは喜ぶべきところじゃねーのか?
「だったら…、ちゃんと言えばいいじゃない!」
小さな声だったけど、俺には充分だった。
だってそうだろう? お前、俺に向かって言ってるだろう?
あげたかったのに …って!?
「ああ、じゃあ注文してもいいんだな?
10月4日に、俺のためだけに。」
俺はそう言うと立ち上がった。
の驚く顔を脳裏に焼きつかせて。
「待って、跡部君。
どうして…?」
「その答えが聞きたかったら10月4日だ。
特別な日のために その言葉はあるんだからな?」
今年の誕生日は特別だ。
なんたって俺とお前が付き合いだす日なんだからな。
この先何年経っても、絶対忘れねーだろ?
な、…。
The end
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☆あとがき☆
あ〜、すいません。
もうちょっと頑張って当日の話も作る予定だったんだけど
仕事が忙しくなっちゃって…。
やっぱりベー様は難しい〜。
私はよそ様で堪能する方がいいかも。(笑)
2004.10.3.