不機嫌なあなた
こんなに引きずる人だとは思わなかった。
「なあ、跡部はまだ不機嫌なん?」
いつも部内の空気が怪しくなりだすと
決まって忍足が助け舟を出してくれたりしてたけど
どうやら今回は忍足でも跡部の不機嫌さを和らげることは出来ないようで、
とばっちりを受けているであろう部員を思うと私もどうにかしなくてはと思う…。
思うのだけど…。
「一応ね、謝ってはみたんだけどね。」
部誌を開いたもののまだ何も書けてないページは
二人の間に今日も会話がなかったことを表している。
私は日誌の端に、跡部は不機嫌と薄く書き入れてみた。
何が悪かったのか、いや、解ってるけど、跡部はあの日以来話しかけても来ない。
「もう一度聞くけどな、思い当たる節はないんか?」
「あー。」
「あるんか?」
「ありすぎてわかんない。」
私の言葉に忍足は机に突っ伏した。
「そうやろな。全く、いい加減にしいや?」
「・・・。」
「二人で初詣に行ったんやろ?」
私は思いっきりコクリと頷いた。
そう、初詣の話をしていた時には跡部はものすごく機嫌は良かったんだ。
「それで? 朝、跡部は迎えに来たんか?」
私はそこでふるふると首を横に振った。
*******
初詣は明治神宮と決めていた。
なんでって聞かれても理由なんてたいしてなかったけど、
強いて言うなら有名だから、って電話で伝えたら
跡部はふんと鼻で笑った。
来年は全国大会で優勝すると跡部が言ってたから
その思いを限りなく私は私の思いつく事で叶えたいと思っていた。
3年の先輩たちが成し遂げられなくて
マネージャーの先輩が泣いてるのを黙って見ていたあの夏の日。
あの時、跡部は確かに私に言ったと思う。
『俺はお前を必ず全国に連れて行ってやるからな…。』と。
だから跡部が何気なく初詣には行くのか?って聞いて来た時
私はレギュラー全員のお守り買って来るね、と答えたのに
何を思ったのか跡部は俺も行くと言って来た。
凄く混むからね、と念を押したのに
待ち合わせの場所で跡部を見つけた時、
思いっきり睨まれたのには予想していても苦笑せざるを得ない。
待ち合わせは私の趣味で原宿駅の改札を抜けた所。
半ば嫌がらせみたいに冗談で言ったのに
跡部はたまにはそれもいいかと
まるで今年は格別な年になりそうな予感を与えるかのように笑っていた。
黒のダウンにGパンという、私の期待を裏切るラフな格好にはびっくりしたけど、
彼の容姿は着るものに左右されない所で光り輝いていた。
無駄にあちこちのカップルの女の子たちの目を引き付けてる様は
普段を知ってる自分でも、世間的にも超がつくイケメンだったと実感させてくれて
なんだか元日から目の保養だと思ってしまった。
そんな風に遠巻きに見てる私の視線に気がついて
その日初めての不機嫌な顔で跡部は腕組みを解いた。
これは近寄るべきではないだろうと長年の付き合いでわかっていたけど
それを助長させてしまったのは私の遅刻に原因はあるし、
とりあえずため息を吐いてゆっくりと近づいた。
「遅せぇ。」
「ごめん。だけどわかるでしょ?」
私は曖昧に笑って見せた。
こんな事がなければ着る機会のない振袖。
普段はジャージしか着てない私でも
お正月くらいは女の子らしくみせたいと頑張ってみた。
「馬子にも衣装だな。」
横柄な態度は変わらないけれど跡部を間近で見てきた私には
彼が私の予想を超える変貌振りに少しは動揺してるのが見て取れて
それだけでも着物を着た甲斐があったと思ったのだ。
「そんなに酷いかな?」
「いや、まあまあだな。」
「普通ってこと?」
「着物が、な。」
ああ、ほんと憎たらしい。
そりゃあ跡部のうちは金持ちだし、彼はどんな分野でも目が利くから、
こんな一般的な振袖じゃあ跡部にしてみれば安物なんだろうけど。
「うちにしてみればキヨブタなのよ?」
「なんだ、それ?」
「清水の舞台から飛び込んだって事。」
「ああ?」
「もう、いいよ。
とにかくお参りしよ?」
明治神宮はものすごい人出だった。
よくニュースで全国何位の初詣場所とかって流れていた気がするけど
あれは本当に気のせいじゃなかったのね。
普段こんな混雑な場所にはその身を置くような人じゃなかったから
さぞかし機嫌が悪いだろうと跡部の横顔を何度も気にして見上げてしまった。
前も横も後ろも隙間もないほどの塊は段々ひどくなり、
こんな通勤電車並みの混雑に紛れている跡部なんてそうそう見れたものじゃないだろうな、
とそう思うだけで私の方は長い行列で社殿が見えるまでの間ひとり楽しむことが出来た。
少しだけ眉間に皺を寄せているのに
跡部の機嫌は思ったほど悪くはないらしい。
身動き取れないくらいのごった返しのくせに
一旦動き出すと眼に見えない力によって押し出される感じに
思わず足を取られそうになってよろけたら
横から跡部の手が私の腕を掴んで転ばないようにしてくれた。
当たり前のように差し出された手がその後もずっと支えてくれていて
今日の跡部は嫌に優しいなあと思ったくらい。
「あ、ありがと。」
「全く、よくこんな混んでる所にわざわざ来ようと思ったもんだ。」
「う〜、でも元旦よりはましだと思ってたんだけど。」
「甘いな。
それより、ほら。」
そう言って跡部が私の手を自分の腕に絡める。
私はびっくりして跡部の顔を下から覗き込んだ。
「ちょ、ちょっと、さすがにこれは。」
「こんなに混んでんだ。
誰も見ちゃいねーよ。」
「で、でも。」
「ごちゃごちゃうるせーな。
転んで着物汚すよりよっぽどいいだろうが?」
正論をついて来るから反論できない。
この混雑ぶりでは体を離す事もできない。
と言って腕を放したら一緒に歩く事もままならず、
目に見えない力に押し出されていつの間にか迷子になっていた、
なんて事も想定できてしまうから、
私は仕方なく跡部の腕にしがみつく格好で拝殿の順番を待つ事になった。
「ね、跡部は何、お願いするの?」
ぎゅうぎゅう押されて帯が痛まないかと不安になりながらも
密着しているのに会話のない事の方が不自然に思えて
声を低めたまま跡部に話かけてみた。
「ああ? 神様に願う事なんてある訳ねーだろう?」
「えっ? 何にもお願いしたい事ないの?」
「自分の願いは自分で叶える。
俺様が神様に頼るとでも思ってるのか?」
「あー、そうでしたね。」
初詣に誘って応じた位なのだから
そんなに素っ気無く言わなくてもいいのにと思ったけど
それは言わないで置く。
跡部が誰よりも練習に身を捧げて
誰よりも負けず嫌いなのを私は知っている。
マネの私が願わなくったって
きっと全国大会優勝を成し遂げるのは跡部自身なのだろう。
神頼みをしない跡部はらしいと言えばらしいけど、
それならなんでわざわざこんな初詣に応じたのだろうと考える。
「でもそれなら意味ないんじゃないの?」
「何の事だ?」
「初詣の意味がないって事。
だから、別に私一人だって良かったのに。」
「よく言うぜ。
お前一人だったらあそこに辿り着く前に
弾き飛ばされるのがオチだ。」
「え〜?そんな事ないよ。
跡部が来るって言わなかったら祐ちゃんと来たもの。」
私の言葉にわずかに跡部の口元がへの字になった。
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2009.1.11.