不機嫌なあなた 2












 「そら、あかんわ。」

忍足は片手で頬杖をつきながら軽くため息を吐いた。

 「せっかく二人や、ちゅうのに
  何で他の男の名前が出るん?」

 「でも、祐ちゃんの事は知ってるでしょ?」


跡部にも忍足にも確か試合会場で何度も顔を合わせた事がある。

1学年上の青春学園の元・部長である大和祐大は私の従兄だった。

 「いやあ、そやけどなぁ〜。
  ただの従兄やゆうても、は案外あいつの事口に出すやろ?」

 「えっ? だって・・・。」

 「の事だからどうせお兄さん的存在なんやろうけど、
  けどなあ、が大和さんの事を頼れば頼るほど
  跡部にしてみればええ気持ちはせんのとちゃうか?」

初めてテニスラケットを持たせてくれたのも大和だった。

温厚な彼は自分の大事な試合用のラケットでさえ
子供の私がおもちゃ代わりに素振りをして遊んでるのも
決して怒る事はしないような、優しいお兄ちゃんだった。

 「まあ、跡部も大人気ない所があるからなあ。
  でもあそこまで不機嫌さが続くなんて、
  他になんかあったんか?」

度の入ってない眼鏡の奥から忍足の探るような視線が突き刺さる。

 「跡部の分のお守りを買わなかったからかな。」

 「はあ?」

 「だって自分は神頼みしないって言うから
  お守りもいらないんだろうと思って他のメンバーの分は買ったんだけど。
  それとも、その後引いたおみくじが私は大吉だったのに
  跡部は末吉で、思いっきり笑ったからかな。」

 「末吉? ああ、まあ、それは笑えるなぁ。」

 「でしょう?
  それからお洒落なとこでお茶しようって跡部が言ったんだけど
  無理やりミスドで奢らせて・・・。」

 「滅茶苦茶やな。」

 「だってお参りで疲れちゃったからあんまり歩きたくなくて。
  でも・・・。」

 「でも?」

 「その後、暇か?って聞くから映画でも観ようかって言ったら
  なんかすごーく乗り気になっちゃって。」

 「何や、デートらしい事もやってるやん?」

 「前から観たかったポニョを観ちゃった!」


くすっと笑う私の顔を見て忍足は額に手を当てた。

恐らくはあの時の跡部の落胆した気持ちがわかって呆れてるのだろう。

 「なあ、
  跡部の気持ちはわかっとるんやろ?
  そない意地悪してどうするん?」

 「あはは。ポニョ観てる跡部の顔はほんと面白かったよ。」

笑ってはみたものの忍足が余りにも真面目な顔をして睨むので
私もやっと茶化すのはやめた。

 「そりゃあ、不機嫌にもなるわ。
  、お前は跡部のこと、試しとるんか?」

 「試す?」

 「そうや。
  試して愛想つかされるんを待っとるんやないやろな?」

 「え〜、何言ってるのよ!?」

 「また、そやって誤魔化そうとする。
  そんなに人に背中を押されたいん?」

この友人は本当に痒い所に手を差し出してくれる
聡い友人だ。

 「やだな、忍足。
  私、何にも言ってないじゃない。」

 「やって、眼が語ってるやん?」

 「・・・何て?」

私は度の入ってない忍足の目が面白そうに細められていくのを
少しだけ諦めた気持ちで見つめ返した。

多分もう忍足には完全にわかってるんだろうな。


 「跡部の事、好きやって。」


私はシャーペンを持ち直すと日誌の今日の出来事欄に
忍足はおせっかい、と力強く書いた。

 「跡部もお前の事、好きやろ?
  そない肩肘張らんと応えてやったらええやん。
  がわざと跡部に一線引いてるん、跡部もわかっとる。
  そんで不機嫌なんやろ?
  あいつがテニスに私情持ち込んでるのをはどう思ってるん?
  それがマネとしても最良の判断か?」

 「誰が私情、持ち込んでる、だ?」

私たちの会話に乱入してきたのは跡部だった。

全く、ノックくらいしろって言いたいけど
跡部は忍足にではなく真っ直ぐ私だけを見つめてくるから
私は驚いてうっかり上げてしまった視線をまた日誌に移した。

 「忍足、てめぇはもう帰れ。」

 「何なん? つれないこと言わんといて。
  俺は二人の事、心配してやってんで?」

 「ああ、わかってるよ。
  だが、お前に心配される事じゃねーんだよ。」

眉間に皺の寄っている跡部はかすかに笑っているような声だった。

近づく足音に私には見る勇気はなかったけど。

 「ほんまか?
  泣かしたらレギュラー全員が敵と思えよ、跡部?」

 「ああ、おせっかいだな、全く。」

広げてある日誌の落書きにトントンと跡部の長い指が音を立てる。

傍らにいた忍足はどうやら本当に帰るようで
代わりに跡部が私のすぐ傍にいる。

私は酷く緊張してしまって居心地が悪い。

跡部の不意打ちがまた来そうで怖かった。

後戻りできない熱を知ってしまってるから、
もう茶化す事も知らない振りも何の防御にもならないけれど。


 「昨日は悪かったな。」

 「・・・謝るの、跡部が?」

 「ああ、さすがに叩かれるほどの事をしたみてーだからな。」

跡部の指がシャーペンを持つ私の手にそっと重ねられて
意識しないなんて事はできなくて、結局私はバカみたいに赤面するしかない。

 「叩いてごめん、って謝ったのに。」

 「別に叩かれた事を根には持ってねーよ。
  そんなキスをしてしまった自分に腹が立っただけだ。」

映画の帰り、送ってくれる途中で跡部は私たちの関係を壊してしまった。

今までの微妙な均衡は崩れ去ってしまって
跡部が不機嫌になる理由なんてないのに、
それでも私はそれを認めたくなくていじいじと動けないでいた。

跡部を動かせてしまった卑怯な私。

そのせいで不機嫌になってる跡部に何も言えない私。

その上さらに忍足のおせっかいにまで素直になれない私。


 「まだ、書けねーのか?」

跡部は私の迷いなんて気づかない振りをしてくれる。

私を責めるでもなく、また微妙な均衡を保とうとしてくれてるのか
さっきまでの不機嫌さは影を潜めている。

 「だ、誰かさんが不機嫌だったから書けないんです。」

 「ちっ。お前が悪いんだろうが。」

 「何で? さっき、跡部、自分が悪いからって認めたじゃない?」

 「ああ、俺も悪かったがお前にも責任はあるだろ?」


ああ、だめだ。

このままでは跡部に押し切られてしまう。

けれどもう忍足が言うように、
跡部が私を好きな事も、私が跡部の事を好きな事も
お互いに解ってしまっている。

それでも私はマネージャーと言う立場を通したかっただけなのだけど。


 「俺は俺の願いを神様に叶えてもらおうとは思わない。
  なぜだかわかるか?
  俺の願いはつくづく我侭な願いだからだ。」

話し始める跡部の声は穏やかだった。

そうだ、彼を不機嫌にさせてるのは私で
彼は本当は穏やかな温もりをくれる人なんだ。

 「俺はが好きだ。
  テニスも好きだ。
  を好きな気持ちを抑えてテニスをする事はできない。
  いいか?
  俺はマネージャーを全国に連れて行きてーんじゃねぇ。
  を全国に連れて行ってやるんだ。
  意地を張るな。
  お前が一線を引くから俺がそれを超えてしまったんだ。
  俺は不機嫌になるようなキスはもうしたくねーんだよ。」

跡部はそう言うと私の手からシャーペンを抜き取って
日誌の特記事項に何やら雑に書き出した。


  は俺の女


 「ちょ、ちょっと、跡部?」

 「これでいいーだろ?
  さあ、帰るぞ。」

見上げたそこにはかっこいい我らが部長様が立っている。

恭しく引っ張られるようにして立ち上がらされた私の手は
跡部の手にしっかりと包み込まれたままだった。

 
 「ねえ、跡部?」

 「何だ?」

 「私、明日からどんな顔して部活出ればいいのよ?」

 「んなの、考えなくてもわかるだろ?
  俺の彼女でマネージャーの顔だ。
  俺はお前の彼氏で氷帝の部長だ。」

 「よく言えるね、そんな恥ずかしい事。」

 「ああ? 明日みんなの前でも言ってやるよ。」


事も無げに言う跡部は私が思う以上に自分の気持ちに正直だ。

その気持ちに眼を背けてきた私は
それが部のためだと思っていたけれど
それは取り越し苦労なのかもしれない。

誰に頼るでなく、自分の願いを自分の思いのままに叶えてしまう。


いい加減、私も今年は変わらなくては、と思う。



だから。



繋いだ手を振りほどいた私は
驚く跡部に向かってにっと笑うと
跡部の左腕に両手でぎゅっとしがみついた。


 「?」



跡部の顔が綻ぶ。


ああ、やっぱり跡部の喜ぶ顔は私の胸をどきどきさせて止まない。


けど。

不機嫌な顔の跡部もわりと好きなんだ、って
いつか教えてあげようと思う。









THE END

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☆おまけ☆

 「おい、こら、
  てめぇ、部誌に何書いたんだ。」

 「ああ、おはよ。
  何っていつも通り?」

 「榊監督に笑われたんだぞ?
  ろくでもねー事だったら・・・。」

 「笑われるような事、書いたかなぁ?」

 「何言うてんねん。
  自分が一番恥ずかしい事書いてるやん?」

 「忍足?」

 「は俺の女、なーんて。」

 「えっ?あれ、私、消してなかったっけ?」

 「!」

 「え〜、私のせい?」






☆あとがき☆
 バカップルな跡部ですみません。
2009年を迎えたわけですが
この1年もやっぱりテニスラブで
行くつもりです。
2009.1.18.