クリスマス・ラバー  3







 



翌日、私は少し腫れた瞼を気にしながら登校した。

元々接点の少なかった私と忍足は
私がとつるむ事がなければそうそう出会う事もない。

には悪いと思ったけれども
私はトイレと移動教室の時以外は頑として
教室から出る事はなかった。


 「ねえ、。」

 「何?」

 「昼は学食に行かない?」

 「ごめん、私、今日お弁当。」

 「でもランチルームで一緒に食べよ?」

 「うーん、なんか朝から寒くて。
  ランチルームって意外にあったかくないから
  教室で食べる。」

 「風邪引いた?」

 「大丈夫。引き始めが肝心だから用心ってとこ。
  は跡部君と一緒でしょ?
  私の事はいいから行ってきなよ。」

 「うん、わかった。」


どうせ跡部君に奢ってもらうんだろうと思いながら
それでも可愛い財布を鞄から取り出すを微笑ましく見ていたら、
不意に顔を上げたが何かを思い出したかのように戻って来て言った。


 「そういえばさ、今日あのマフラーしてなかったね?」

 「えっ?」

 「あれ、すっごくあったかそうでいいなあって思ってたんだ。
  風邪気味なら忘れて来ちゃだめじゃない?」

 「…う、うん、そうだね。」


私は忘れていたマフラーの事を思い出した。

でも、昨日あんな別れ方をした忍足に
わざわざ返してとも言いに行けない。

いらなければ捨てるだろうし、
それともいずれ向日君あたりに託して返してくれるかもしれない。



 「マフラーって言えばね、さっきジロー君が言ってたんだけど。」


は、今日は珍しくジロー君が朝練に遅刻しなかったらしいよ、
と付け足しながら続けた。


 「なんでも忍足君が手編みのマフラーをしてたんだって。」

 「手編み?」

 「ジロー君曰く、彼女からのプレゼントじゃないかって。」

 「えっ…?」

 「驚いた?」


普段そういう話をあまりしないが振ってきた話題に
私は鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔をしたのだと思う。

の不意打ちに過敏に反応している自分は少し情けなかった。

 「お、驚くも何も…。
  忍足君ならプレゼント、もらい放題でしょ?」

 「そうかもしれないけど…。
  跡部君もそうだけど、忍足君も手作りって極端に嫌がるタイプだと思ってたから、
  なんだかすごく意外だった。」

 「…。」

 「そのマフラーくれた子が忍足君の本命なのかな?」


それを言われても今の私にはなんとも答えがたい。

忍足のしているマフラーが私のかなんてわからないけど、
もし昨日持って行ってしまったマフラーだとしたら
忍足が今日それを首に巻いて登校しているなんて絶対に信じられない。

第一、理由が思いつかない。


 「そ、それはどうかな…。」

 「何で?」

 「忍足君、好きな子がいるみたいだよ。」

 「なら…。」

 「ううん、好きな子にはすでに彼氏がいるから…。」


私はの黒く大きな瞳を覗き込んだ。

忍足君の好きな人はなんだよ、って言いたかったけど
それを言うのは私ではないってわかってるから、
だからそれ以上は言えない。

ううん、言いたくもない。


 「そうなの? 忍足君、そんな恋をしてるの?
  私、てっきり…。」


何?って聞こうと思ったら
大きな音を立てて教室に入ってくる人物に
私もも驚いてそちらの方へ興味が注がれて会話は中断した。


 「おい。」

開口一番向けられた不機嫌な表情は
それでも教室中の女の子たちを一編に惹きつけたようだ。

の顔が嬉しさで綻ぶのを羨ましいと思いながら、
跡部が一直線に私の方へ近づいてくるのを私は不審に思っていた。


 「跡部君、今、行く所だったの。」

 「ああ、それはかまわねぇ。
  その前に俺はに一言言わねぇと気が済まねぇんだ。
  少し待っててくれ。」

に向けた表情は柔らかだったのに
再度私に向けられた跡部の顔は正直怖かった。

 「!」

 「な、何?」

 「俺はの事が好きだ。」

 「…?」

 「以外は考えられねぇ。
  この先もどう転んでも他の誰かに心変わりする事はねぇ。
  絶対に、だ!!」


な、何なのだろう?

告白ではなくて、いや、告白なんだろうけど、
なんだかこれって可笑しくはないだろうか?

どう考えてもこれって…。

 「ちょ、ちょっと跡部君。
  何か誤解してない?
  私、そんな事言われる筋合いがない。」

 「ああん?なんだと?」

 「えっ!?…な、何?
  って、も跡部君のこと、好きだったの?」

 「!? 違うから!!
  全然そんな事ないから。
  私、跡部君のことなんて何とも思ってないから。」

私は慌てての言葉を押しとどめた。

 「俺だってそうだ。
  のことなんて正直、の友達でなかったらどうでもいい。
  だがな、後でごたごたするのは嫌なんだよ。
  片思いだが何だか知らねぇが、
  俺は以外の女なんて女とは思ってねーからな?
  お前こそ勘違いするなよ?」

跡部の言葉に教室中の好奇の目を向けられてる私は立つ瀬がなかったけど、
そばでおろおろするが涙目になってるのが目に入ると
私は私で怒りがこみ上げてきて、このどうしようもない濡れ衣に
思わず跡部に食って掛かった。

 「か、勘違いしてるのはどっちよ?
  大体私がいつ跡部君に片思いしてるですって?
  誰がそんな事言ったのよ?
  ばかばかしい。
  を泣かすような事、私がするとでも思ってるの?
  冗談じゃないわ!!」

さすがの跡部も私の剣幕に拍子抜けしたのか押し黙ると
を引き寄せながらしばらく何か考えてるようだった。

 「…違うんだな?」

 「あたりまえでしょ。」

 「…?」

 「心配要らないから。
  には悪いけど、私、跡部君は全然タイプじゃないから…。」


なんでこんな話になるんだろう?

それにしてもいくら跡部のことをなんでもないと思っていても
女とも思われてない言い草はなんだか酷く落ち込む。

そりゃあ、に比べれば美人でもないし、才女でもないし。

並んで歩けば多分みんなの方を好きになるんだろうな…。

考えたくもない事が頭をもたげて来て
私は酷く惨めな気分で机に突っ伏した。

最悪だ。


 「…。」

のことは大好きだけど、今は何も聞きたくない気分。

同情されるようなことは何も起きてないのだから…。


 「。」

 「ああ、跡部君、謝んなくていいよ。」

私は無理やり笑顔を顔に張り付かせると、
勢い良く立ち上がった。

 「誰に吹き込まれたか知らないけど、
  それでもそんなガセネタに引っ掛かるほど
  の事が一番大事だってわかったから。」

 「怒鳴って悪かったな。」

 「…ほんとだよ。
  とにかく跡部君との仲を裂くような不届き者は
  今回の事で出なくなるわね、きっと。
  さ、二人ともランチルームに行くんでしょ?
  時間、なくなっちゃうわよ。」

まだ何か言いたげなを跡部に押し付けるように送り出すと
私はそこかしこで囁かれてる噂話など耳に入らぬかのように
平然と教室を出た。

たちとは反対方向に踵を返すと
とたんに悔し涙が溢れ出てきそうだった。



一生懸命の恋を応援してきたつもりだったのに
周りはそんな風には見てくれなかったのだろうか?


たとえば…


私の好きな忍足も…?






立ち止まった私の向こう側に
真面目な顔をした忍足が立っていた。


ざわめく廊下で立ちつくしてしまった私は
忍足が一歩ずつ近づいてくるのを黙って見ているしかなかった。







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