クリスマス・ラバー  4







 


近づいてくる忍足から逃げ出したかったのに
私の足には力が入らなくてなんとなくそばの柱の陰にもたれかかると、
諦めたように廊下の窓から外を見やった。

そんなことしたって隠れる事にはならないけど、
どんより曇った灰色の空を見上げて
クリスマスのための雪がそこに蓄えられていたらいいな、
なんて、現実逃避したい気分を込めてふと思った。

でも、クリスマスなんて関係ないけど…。




 「どうやった?」


耳に入ってきた忍足の声は今一番遭いたくなかった人の声だったけど
それはどうしたってやっぱり私の好きな人の声で、
平気なフリをしても、その言葉がどんな言葉であっても、
私は耳を傾けない訳にはいかなかった。


 「泣きそうなん?」

 「…何で?」

 「やって、跡部に振られたんやろ?」


初めて忍足の方に顔を向けてまじまじと見上げた。

そしてわかった。

跡部が誰にそそのかされたのかを。


 「なんで私が跡部君に振られなくちゃいけないの?」
 
 「そやかて、身動きが取れんかったんやろ?
  俺は印籠を渡しただけや。」

 「…何が面白くてそんな面倒なことするのよ?」

やっぱりけんか腰になってしまうのは
言いたい事も伝えたい事も胸のうちにしまわなければならない
切ない気持ちの裏返し。

 「ちょお、待て。
  俺は面白がってやったん、ちゃうで?」

 「でも泣き顔を見に来たんでしょ?」

 「いや、そんなんちゃう。
  ただ、俺は…。」

 「…もういいよ。」
  
 「!?」

 「どんなに否定したって、私がと跡部君の間に
  波風立ててるようにみんな思ってるんでしょ?
  親友の彼氏に横恋慕して振られて、可哀相にクリスマスは一人…、
  なーんてね。」

自嘲気味にお愛想笑いを浮かべて私は盛大にため息をついて見せた。

だって忍足は私がと張り合って跡部に恋してたと思ってる。

自分だって身動きできない恋をしてるくせに
私が跡部と上手くいけば良かった、なんて思ってるんだろう。

正直あの二人を見ると妬いてしまうほどだったのは否定しない。

跡部にも忍足にも想われてるが羨ましかいと思う気持ちは確かにあった。


だけどそれは跡部のせいではなくて
今私の目の前にいる忍足のせいなのに…。



 「なあ…。」

 「まだ何か?」

 「せやったら、クリスマスは俺と過ごさへん?」



思ってもみなかった忍足の言葉に私は息も出来ない。

嬉しいと言う感情と、の身代わりにされるという思いで
心は複雑だった。


 「どうせ跡部んところのパーティーには出るつもりないんやろ?
  そんなら俺も出てもしゃーないし。
  当てられるだけやもんなぁ。」

 「…。」

 「どうや?」

 

どうや?…なんて、それで私を慰めてるつもりなのだろうか?

結局は未消化の思いを抱いたまま、忍足の方がと跡部の二人を見るのが辛くて
逃げているだけなんじゃない。


 「どういうつもり?」

 「何や?」

 「私、跡部君に振られてなんてないし、落ち込んでもないし。」

 「誤魔化すなや。
  はっきり言われたんやろ?」

 「ええ、ええ、言われましたよ、の友達としか見てないって!!
  でもね、悪いけど私も跡部君の事はの彼氏としか見てないの!
  私は跡部君の事、好きでも何でもないもの。
  なのに何で振られなきゃいけないの?
  は跡部君の彼女。私はただの友達!
  それは間違えようのない事実だわ。」

 「嘘やろ?」


大きく見開かれた忍足の黒い瞳は揺れ動いていた。

私は忍足の表情を見て、しまったと思った。

は跡部の彼女…。

そんな言葉、聞きたくなかったよね?


 「ほんまの、ほんまに跡部の事、好きやなかったって言うんか?」

 「ごめん…。」

 「何で謝るん?」

 「私、は友達だもん。
  だから忍足君の恋の応援は出来ない。」


結局私も意気地なしだ。

忍足を応援することも出来なければ
自分のために思いを伝えることも出来ない。

身動きできないからこそ、自分の心に鍵をかけてしまわねばならないのだ。

放心しているような忍足の傍をすり抜けるようにして私は教室へと戻った。

もう何も外野の声には耳を貸すまいと心に決めて
私はひたすら授業の終わるのを待った。













        ********











あれからすぐに冬休みに入って
私は頼み込んでバイトの時間を増やしてもらった。

この分なら結構バイト代が入るかもしれない。

それを何に使おうかと思いを巡らせるのが僅かな楽しみだった。


 「今日はなんだかやけに冷えるわね。」


常連さんなのか、にこやかに話しかけてくる年配のご婦人に
気を悪くされない程度に曖昧に返事をする。

どんなにウキウキするようなジングルベルのメロディーを耳にしても
自分には縁遠いもののような気がして
かろうじて張り付かせた接客用の笑顔しか向けられない。

だからケーキを選びながらもあれこれ世間話をしてくる客は
どうしても苦手だった。

 「多分、今夜あたり降るかもしれないねぇ。」

 「そうですね。」

 「駅前のツリーのあたりなんて
  ほんと若いカップルの待ち合わせで見れたものじゃないよ。」

 「はぁ。」

 「あんなとこで待ち合わせするなんて気が知れないね。」

 「そうですか?」

 「そりゃあ、あんた。
  他の女の子に目が行ってしまうものだよ、男って奴はね。
  恋人が傍にいるってわかってても
  どうしても比較しちゃうものだよ。」

 「…。」

 「それに比べれば、あそこでずっと待ってる青年は
  なんだか私は妙に好きだね。」


つい目をそちらへ向けて見ると
そこには見覚えのあるマフラーをぐるぐるに巻いた忍足が立っていた。


 「あら、あの子…。」

 「なんだい、知ってる子かい?」

 「しばらく見なかったから気がつかなかったけど、
  やっぱりクリスマスだものね。」

意味ありげに笑うおばさんは私の肩に手を置いた。

 「彼、素敵でしょ?」

 「おや、見る目が高いね。
  この子の彼氏かい?
  いいね、一途に待ってるってところが…。」

二人して私に笑みを浮かべてるその表情は
語らなくても私と彼が恋人同士だと決め付けてる。

 「いえ、私たちはそんな関係じゃ…。」

慌てて否定しようとしても
忍足の姿を見てしまった私は一人でドキドキしている。

なんで今そこにいるの?

誰を待ってるの?

期待してはいけない言葉ばかり頭に浮かんできて
それが私の頬を熱くさせていた。


 「若いっていいねぇ。」

そんな客の言葉なんて耳に入ることもなく馬鹿みたいに突っ立っていたら、
店のおばさんにそろそろ行ってあげなさいと促されてしまった。








ドアを開けるとちらちらと粉雪まがいの白い物が目に入ってきた。

こんなに寒いのに一体いつからそこにいたのだろうと思うと
なんて声を掛けていいやらわからない。

忍足が何か言いかけたけど、口元からこぼれたのは
冷え込んだ空気に溶け混む白い息だけだった。



 「私、行かないって言ったよね?」

これから跡部のクリスマスパーティーに行くのだろうと思って
そう畳み掛けたら忍足の目は優しく頷いたように見えた。


 「俺な…あれからいろいろ思ったんや。」

 「…。」

 「が跡部の事好きやないんやったら
  何でこんなに上手くいかなかったんやろって。
  何かお互いすんなりいかへん事が多すぎる。
  俺もストレートにはもの、言えへんし、
  もなんやはっきり言わへんし。
  誰かに遠慮してるみたいやんか?」

忍足はとても大人びて見えた。

それはただ単に私服のせいだったかもしれないのに
私には、頭一つ分私より先に迷路より抜け出して
さばさばとしてる風にも見えた。


 「なんかな、跡部の事好きや言われたら、ほんまは勝てへんなあって思うてたんや。
  でもそうじゃないんやったら、ちゃんと言わなあかんって思うて。」


 「あのな、俺、が好きや。」



私は思わず両手を口元に当てて息を飲み込んだ。

ほんとにほんとに私の事が好きなの?

ほんとに…?


 「俺、の気持ち、全然わからへんのや。
  勘違いしてたんもあるけど、他に好きな奴がおる言われても、
  跡部やないんやったら、俺、引く気はめっちゃないで!!」

 「そんな…///」

 「俺の事、嫌いか?」

 「えっ? で、でも…。」

 「なんやまだはっきりさせてくれへんの?」

 「だ、だって信じられなくて…。」

 「信じてや!」


忍足はふっと笑うと私の頭の雪を払ってくれた。

いつの間にか忍足の髪もしんなりと湿っぽい。


 「だって、忍足君は…、の事が好きだったでしょう?」

ついに胸のうちを吐き出した。

それをちゃんと聞かなければ私は前に進めない。

真っ赤になった顔を下に向けたら
忍足の靴が視界に入ってきて同時に抱きすくめられた感触に
息が止まりそうになって小さく悲鳴を上げた。

忍足君が私の肩に顔をうずめて喋るから
顎が動く感じがそのまま鎖骨に響いてくる。


 「誰に聞いたん?」

 「…向日君。」

ため息と共にぎゅっと抱きしめられて
私は嬉しいと思っていいのか、思考がままならない。

 「あんなぁ、それ中坊の時や。
  それも誰が好きとか可愛いとか、
  他愛もない話やったんやで。
  それを岳人の奴が、跡部もが好きや言うたから
  面白がっていつまでも俺をからかいよって。
  それ、真に受け取られたとは思うてなかったわ。」

 「だって、忍足君、私よりと話す方が…。」

 「かっこ悪いけどな、なんか緊張してとは上手く話せんかった。
  やって、は跡部の事ばかり見てる気したしな。」

 「だって…。」

 「! さっきから『だって』が多すぎや。」


クスクス笑われて私はもうそれ以上何も言い返せなかった。

すると忍足はコートのポケットからエンジ色のマフラーを取り出すと
私の首の前で丁寧に蝶々結びを始めた。



 「をあっためたるのは俺だけや。」

 「何?」

 「クリスマスプレゼントや!」

 「私…。」

 「もう、もろとるやろ?」


私が編んだマフラーをちょっと持ち上げて見せると
気に入ってるんやで、と忍足が呟いた。


もうそれだけで胸が一杯になって言いかけた言葉も声にならなくて
私は忍足の胸に飛び込んだ。


俺の片想いもこれで仕舞いやんな?と囁かれて頷いてみたけど
こんな人通りの多い所でクリスマスの恋人らしい自分たちの姿に
私はしばらく顔を上げることが出来そうになかった。







  





The end



BACK









★あとがき★
 結局年をまたいでしまいました。
年初めからこんな調子でどうする?と情けない限りですが、
今年もぼちぼち頑張ります。
 2008.1.9.