クリスマス・ラバー  2







 

バイト先は母の友人がやってるケーキ屋だった。


今年のクリスマスは予約の注文ケーキの数が多くてね、
ちゃんが接客の方を手伝ってくれると助かるわ、と
顔見知りのおばさんに言われ、
週に数回でもいいからと店の売り子を頼まれた。

渡りに船とはこの事かもしれないと、
私は二つ返事でバイトを始めた。

ケーキ屋なら跡部んちのパーティーに出られなくても
それは仕方ないと誰もが納得してくれる。

そんな逃げ道のために始めたと言うのに…。




ショーケースを拭きながら私は何度となく外を窺った。

来るはずはないという思いと、来るかもしれないという淡い期待。

どちらにしてもそわそわする事には変わりはない。



 「ちゃん、もう今日はケーキもなくなったから上がって良いわよ?」

 「そうですか?じゃあ…。」

 「夜道は危ないから心配だったんだけどね、
  なかなか好青年ね?」

 「えっ?」


おばさんが興味しんしんで指差すドアの向こうには、
いつからそこにいたのか、白いマフラーを巻いた忍足が見えた。










店のドアを開けて私が外に出ると
忍足は待ちかねていたように軽く手を上げた。

白いマフラーは忍足にとてもよく似合ってると思った。

私には長すぎるそれも長身の忍足にはちょうど良いくらい。

それがなんだか嬉しくてぼうっと見つめていたら
忍足は怪訝な顔で私の頭をくしゃりと触った。



 「えらい繁盛してんのやな?」

 「えっ?」

 「クリスマスやからどこもそうなんやろけど。」

 「あ、う、うん。」


普通に喋ってくる忍足に対して私はと言えばどこか緊張してぎこちない。

大体二人だけで並んで歩いたことなどなかったし。


 「で、クリスマスもバイトなん?」

 「うん。」

 「さよか…。」




それっきり会話が続かない。

そう言えば忍足は話があると言った割には肝心な事は何も聞いてこない。

といって私から何を話せば良いかも分からない。

ただ黙って歩くだけなのにこの居心地の悪さはどうだろう?

駅までの道はどこまでもクリスマスカラーで眩しくて
耳障りなほどあちこちからクリスマスソングが流れてきて
ただでさえ人々の気持ちを浮かれさすにはうってつけの時期なのに、
なんだか私たちの周りは異空間のような気分だった。


 「バイト先、に聞いたの?」

 「ああ。」


聞かなくても分かることを聞いてる自分は滑稽だったけど
どうせなら忍足の片思いが不動のものであることを
ちゃんと自分の心の中にインプットすれば
もっと友達として普通に話すことが出来るようになるかもしれない。

たとえこの年末中泣く事になっても
新しい年は新しい関係で忍足と向き合うことが出来るかもしれない。

私はそう心に決めると
ちょうど駅前の大きなツリーの前で不自然にならないように足を止めると
振り返って立ち止まった忍足に無理やり笑顔を作った。


 「私、跡部んちのパーティーには行かないから。
  忍足君、誘いに来てくれたんでしょ?」

 「…。」

 「バイト、入っちゃってるしね。
  当日は忙しいと思うんだ。
  には悪い気もしたんだけど、でも私が一緒じゃなくても、ね。」

 「…。」

 「今年は彼氏とクリスマスだね、なーんてと言ってたんだけどさ。
  先、越されちゃったし。
  あ、でも私もそのうち良い人見つけるからさ。
  さっきなんて、お店のおばさん、
  忍足君の事、彼氏が迎えに来たなんて勘違いしちゃってるんだよ?
  良い迷惑だよね?」

 「なんでや?」

 「だって、忍足君、かっこいいから…」

 「そない無理に笑うことないやん!」


つらつらと喋っていたらいつの間にか忍足は下校の時のように
不機嫌な目つきで私を見下ろしていた。


 「そういう忍足君だって…。」

 「俺が何や?」

 「無駄に片思い引きずってるって…。」

 「何やて?」


こんな幕引きを想定していた訳じゃないのに
激昂してる忍足を見ていたらなんだかぷつんと何かが切れた。

玉砕するなら忍足の恋心もろとも沈めてやる!…なんて、
後で考えたら傲慢な考えも良いところだったろうけど
その時の私は抑えていた嫌な感情を見事に噴出していた。


 「向日君が言ってた。
  どうしようもない片思いだって!
  跡部君に勝てるはずないじゃない。
  それなのに無理に笑って、いい加減あきらめたらいいのにって。」

 「それはこっちの台詞や。
  こそいい加減吹っ切ったらどうや。
  たちがいちゃついてるん、見るのが嫌なんやろ?
  友達の幸せ見守るゆうのは詭弁や。
  ほんとは逃げ出したいくらい見るのが嫌になったんとちゃうん?
  どんなに待った所でどうにもならんのやで?
  いい加減気づけや!!」

 「わかってるわよ。
  わかってるけどどうにもならないんじゃない。
  でももういい。
  忍足君なんてもうどうでもいい。
  忍足君にそんな事言われるなんて思ってもみなかった。」

 「なんでそうなるん?
  ほんまのことやないか。
  俺の気ぃも知らんで…。」

 「忍足君の気持ちなんて知りたくもない。
  そういう忍足君だって
  私の気持ち、絶対わかりっこないんだから!
  もう放っておいて!!!」







終わった…。

彼の気持ちを振り向かせようなんて無理だと思ってたけど、
もう友達でもいられないと思った。

のことが忘れられない忍足となんて
もう1秒たりとも一緒にはいられない。

そう思わせる別れ方が出来てよかったんだと自分に言い聞かせて
私は忍足を残して走り去った。


頭ががんがんしてもうそれ以上のことは考えられなかった。

イルミネーションがやけにぼやけると思ったら
あふれ出る涙のせいだと気づいたけど
手の甲で何度拭ってもぼやけた視界は元に戻ることはなかった。







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