最愛の第5彼女  1








その日、榊先生の用事を済ませて職員室から出ると、
ジローと一緒に談笑しながら歩く女子生徒に違和感を感じて
俺は思わずジローを呼び止めてしまった。

ジローは何?と言う顔つきで振り返った。



 「何やってんだ?」

 「何って、俺、今日日直だC〜。
  教材取りにちゃんと行って来た所。
  跡部、何か用?」


ジローの奴は今日は機嫌がいいのか、嫌にハイテンションで答えてきやがる。
なんとなくそれが癇に障ったが、
俺のイライラはジローではなくて、その横で俺に視線を合わさないのせいだった。


 「、その髪、どうしたんだよ?」


緩く波打つ柔らかな髪の毛を垂らしたままのは、
俺がいつも見ていた彼女とは全然違って見えた。

そう、口に出してなんかやらねーが、滅茶苦茶可愛い。

いつもはその漆黒の長い髪を三つ編みにキリリと結んでいて、
俺がいじる事さえ嫌がっていたのに。


 「ね、跡部もこっちの方がいいと思うよね?
  ちゃんは髪きれいだからおろすと美人さんだよね〜。
  俺と忍足で今日一日この髪型でって頼んだんだよ。」



「頼んだんだよ。」と言う所を嫌に力説するから、俺はピクリと眉をひそめる。



そうだ、こいつはちっとも俺様の言う事なんててんで聞かねーんだ。








     ********








 「おい、俺様の女になれ。」


俺がにそう言ったのは3年のクラス替えが発表された日。

俺は前からの事が気にかかっていたから、
クラスが同じにならなかったのが少なからずショックで、
取り敢えずをキープして置けとばかりに声をかけた。



 「なんで?」


あいつはクラス替えの掲示板から視線を俺に移すと、
なんの感情もこもらない口調で返してきた。


 「理由なんかいらねーんだよ。」

 「だって跡部君、第3彼女までいるじゃない?」


俺はこう言っちゃあなんだがはっきり言ってモテル。

つうか、付き合ってくれと告白してくる奴らがうざくて、
いちいち断るのも面倒だったのだが、考えようによっては結構いいように使えるから、
俺様が適当に飽きるまでそばに侍らせている。

もちろん、俺の中では彼女という立場を名義上使ってるだけで、
だから、『愛してる』とか、『好きだ』とか、そんな感情で付き合ってる訳ではない。

まあ、女たちの欲しがるものを買い与える事ぐらいはたいした事じゃないし、
女の喜ぶ顔を見るのは正直嫌じゃない。

そう、それは例えばきつい部活をやる合間の、ほんの余興に過ぎない。

だから今現在、彼女が3人いてもそれはいつものことで、
4人だろうが5人だろうが、俺にとってはどうでもいい事だった。


 「あーん? いたって別にいいだろ?
  ああ、もちろん1番がいいってんなら、お前は今この時から第1彼女でもいいんだぜ?」


俺は最大限彼女に気を使ったつもりだったんだ。

女たちの間では暗黙の了解ってのがあって、
第1彼女は何があっても優遇されてた。

で、俺が一言お払い箱だといえば、それはもうそれまでの付き合いで、
第2彼女が繰り上げ当選、ってことになってたみてーだが、
もちろん、俺様には絶対服従が原則だから、
俺がを第1彼女にしてやればそれはもう決定事項だがな。

それなのにあいつときたら…。


 「あ、私パス。」

 「パス…だと?」

 「なんか面倒くさそうだし。」

 「なんだと?」

 「見てればわかるもの。」

 「けどお前に拒否権はねーんだよ。」

 「横暴ね。」


はそう言うとむっとした様な顔をしたけど、
それでも考え考え了承したんだ。


 「5番目くらいならなってもいいよ?」と。   




俺はその言葉だけでも内心嬉しかったんだ。

たとえ5番目だとしても俺のそばにいるってことだからな。

それなのに…。







     ********









 「おい!メール見てねーのかよ?」



俺は昼休み、あいつのクラスで普通に弁当食ってるのそばで
思わず声を荒げちまった。

そんでもって普通にと一緒に弁当食ってる忍足やジローに
思いっきり睨みを効かせた。

大体俺のクラスからのクラスまでは離れすぎてるっつうのに、
この俺様が直々に出向いてきたんだ、
もう少し嬉しそうな顔は出来ねーのかよ?

というか、第5彼女の癖に、には全然俺様の彼女としての自覚が
全くないような気がしてならなかった。



 「わあ、跡部、怒ってるC〜。」

 「なんや、騒々しいなあ、跡部。」


ニタニタ笑うジローと眉間に皺寄せてため息つく忍足が大袈裟な演技に見えて、
腹の底からこいつらぶん殴ってやろうかと思ったが、
かろうじてそれをやらなかったのは、
キョトンとした目で俺を見上げるが不意打ちのように可愛かったからだ。


 「メール?」

 「ああ。昼はランチルームで待つって書いてあったろうが?」

 「そうなの?…ごめん。
  私、学校では必要ないと思ってるから電源切ってた。」

その言葉にジローがぷっと吹き出す。

 「へえ、跡部、ちゃんの事、待ってたんだ〜?
  で、待ちぼうけ食わされて怒ってんの?
  なんかめっずらC〜。」

 「なんだと?
  大体なんで俺の彼女と飯食ってんだ?」

 「いいじゃん、減るもんじゃなC〜!」


なんか最近ジローの奴がふてぶてしく思えるのは俺の気のせいか?


 「跡部にはぎょうさん彼女がおるやん。
  ええやん、は教室がええちゅうってんやから。」

ああ?それはどういう理屈だ?

 「跡部は第1彼女さんでも第2彼女さんでも、
  好きな方と食べたらええねん。
  なあ、。」

同意を求める忍足には小首をかしげて俺を見つめてくる。

 「うん。私は5番目だしね。
  それにお弁当あるから、跡部君におごってもらう必要はないんだけど?」


はあ、なんでそうなるんだ?

他の奴らだったら誘わなくても当然のように昼休みには俺の所へ来るっていうのに、
は絶対俺の所へ来ない。

なんなんだ? 全く…。



 「でも…。」


脱力してる俺にが言葉を続ける。


 「跡部君、お昼持ってないんだよね?
  だったら私のお弁当、食べる?」


こいつは時々、
こんな言葉を言ったら俺が喜ぶと知ってるかのように、
そんでもって普段滅多に見せないような笑顔まで見せるから、
俺は不意打ちのように固まる。

廊下ですれ違う時に見せる無表情な冷たさはどこにもなくて、
なんでこんなにが無防備に俺に優しくしてくれてるのかが正直わからない。


 「の分がなくなるんじゃねーか?」

 「ううん、大丈夫。
  余分におにぎり作って来てあるから。」

隣でジローの奴が、跡部ずるい〜とかわめいていたが、
俺は黙っての手の中にあるおにぎりの方へ手を伸ばした。

 「俺はこっちでいい。」

 「えっ?」

 「いいって言ったんだよ!」


柄にもなく照れてしまう。

だけど、このひと時が最高に嬉しいと思う。

なんだ、だって俺と一緒にいたいんじゃねーか、と心底安心する。

そうだ、俺はが本当に一番好きなんだ。









 「あ、跡部君!」

 「やだ、こんなとこにいる〜。」

 「一緒にランチするって言ってたじゃん。」


見ると教室の入り口に第1から第3までの彼女たちが愛想良く笑っている。


 「なんだ、さんも誘えばいいじゃん。
  5番目なんだからさ〜。」

 「あっ、でも抜け駆けなんて結構さんもやるもんね。
  人は見かけによらないって言うけどさ。」

 「ほんと、跡部君を独り占めしてるなんていい度胸だわ。
  でもま、新参者は大目に見てあげなくちゃ。」

 「そうね。私たちはVIPルームでランチなんですもの。
  お弁当もちのさんにはランチは必要ないでしょう?」

 「ねえ、跡部君。優先順位は私たちの方でしょう?」


自分たちは選ばれた人間だとでも言わんばかりの台詞に
俺も今までそれは当然のことだと気にも留めてなかったが、
ふとの表情が硬くこわばってるのに気づいてしまった。


 「?」

 「あ、ううん、なんでもない。
  ほら、跡部君、呼ばれてるよ。
  約束してたんなら行ってあげたら?」

 「お前は来ねーのかよ?」

 「行かない。」

 「なんでだよ?」

 「私、お弁当あるし。」

 「そんなのかまわねーだろ?」

 「いいってば。」

 「お前だって俺様の彼女なんだ。遠慮する事ねーだろうが。」

 「いいの! 私、5番目なんだし。」

 「ああん? 何言ってやがんだ。
  5番目だったらなんだっつうんだ!
  大体、5番目がいいって言ったのはお前だろう?」


の心底嫌がってる表情を見ているうちに、
俺は段々いらついてくる。


 「はん、1番がいいなら最初からそう言えばいいだろう?
  やせ我慢なんかすっから。」



俺は勝ち誇ったように口元に笑みが浮かぶのを止められなかった。

そうだ、だって俺の事が好きなんだ。

本当は第1彼女になりたがってたんだ。

なんだ、それなら話は簡単だ。

みんなの前でいつものように宣言すればいいだけの事だ。


 「おい、てめーら、全員お払い箱だ。
  もう2度と俺の彼女ヅラするんじゃねーぜ!」


今まで我侭し放題だった第1から第3彼女が真っ青になって
俺の言葉に固まっていた。


 「今日から俺の第1彼女は…」


俺が次の言葉を意気揚々と教室内の奴らに宣言する前に
俺はかなりの衝撃に思わずよろけた。

ぴりりと痛む頬よりも、
眉間に皺を寄せてじっと自分の手を見ているの顔の方が
よっぽど痛々しく見えた。

けれど不意打ちのように平手打ちをくらって
俺は制御不可能な気持ちを爆発させていた。


 「!どういうつもりだ?
  俺様がせっかく…。」

 「せっかく…って何よ?
  全員お払い箱なんでしょう?
  だったら私ももう跡部君の彼女じゃないから。
  跡部君なんて、大、大、大嫌い!!!!」



耳を疑うって言葉を俺はこの時初めて実感した。

こだまして行くの声がまとわりついて、
俺は教室を飛び出していったの後姿を
呆然と見送る事しか出来なかったんだ。








…そうだ、あれ以来、は俺と口を利いてはくれない。











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☆あとがき☆
うーん、跡部はしばらく書かないつもりだったんだけど
なんだか今年もベー様病かも…/////
こんな逼迫してる時期にベー様書いてどうする、と
自責の念もあるんですけど。
だってこのままあの日が来たらどうすれば・・・。
ああ、魔の2月がもうすぐそこに!?
って、これ、続き物になってるよ。(ヒェ〜;)
2007.1.28.