最愛の第5彼女  2







 「おい、ジロー。
  お前、先行ってろ。」

 「なんで〜?」

 「なんでもいいだろ。」 

 「跡部さ〜、そんなんじゃ全然ダメだと思うよ。」



廊下でたまたま呼び止めたジローの視線など気にする気はなく、
俺はジローの後ろに隠れるように俯いてるをじっと見つめた。


今日も俺と顔さえも合わす気はないって事か…。



 「大体さ〜、自分のした事、わかってんの?」

 「あーん?ジロー、お前、俺に説教するつもりか?」

 「そんなつもり、ないけど。」

 「だったら邪魔すんな。 俺はと話したいんだ。」

 「だけど、跡部。 ここでする話じゃないと思うC〜。」



ジローに言われてふと気がつくと、そこかしこに俺の取り巻きだった奴らが見ている。

あれ以来、俺は第1彼女も第2彼女も新たに指名する気にはなれなかった。

大体俺の中で彼女と呼べる奴なんて初めから存在なんてしなかった訳だし、
が側にいなくなった今、他の奴で代用する気にもなれない。

俺にはだけでいいんだ。

ただそれだけをあいつに言ってやりたかった。




 「だったら、放課後、生徒会室に来い。
  絶対逃げるんじゃねーぞ。」


俺がに向かってそう言ってみてもは頷きもしなかった。


 「ちゃん、行こう。」


ジローに促されると、はやっと小さく頷いたようだったが、
俺の側を通り過ぎる時でさえ、俺の存在を無視するかのような振る舞いに、
俺は一体に何をしたんだろうか、と一抹の不安を感じずにはいられなかった。









      ********






放課後、俺は読む気もない生徒会の引継ぎ書を片手に生徒会室にいた。

もうあらかた出来上がってしまった引継ぎ内容はすでにパソコン内にも取り込んであるし、
俺が生徒会室にいる表向きの用事は何もなかった。

新役員たちにも今日は残るなと命じたおかげで、
生徒会室はやがて来るだろうのために静かだった。

そういえば、あいつは人目のあるとこでは極端に口数が少なかった。

俺と仲良くしてる姿を見られるのが恥ずかしいのかとも思っていたが、
今思えば、どんなに呼び出しても俺のクラスに来る事はしなかったし、
この生徒会室に来た事もなかった。


やがて校舎内がさらに静寂を増してきても、
生徒会室に続く廊下に足音が響く事はなかった。


俺は何度も使ってるの携帯を呼び出してみたが、
結局今まで一度たりともその番号が繋がったためしはなかった事を思い出し、
少々腹は立ったが、の教室に向かう事にした。









がらんとした教室は俺を拒絶してるかのように思える。

に頬を殴られた時のキンと響いた耳鳴りのような音が再生された気がして、
俺は思わずの机に触っていた。



俺はそこまでに嫌われたのだろうか?



教えてくれ!



あいつは俺の事をどう思ってるんだ?




いや、あの少し前、俺があいつの手の中のおにぎりを取った時に、
かすかに頬を染めて嬉しそうな表情を垣間見た時の幸福感を俺は知っている。

あいつだって、俺が側にいることを拒んだ事はなかったはずだ…。




俺は教室の後ろののロッカーを探した。

が本当に帰ってしまったのか、あいつの鞄を探すためだったが、
目当てのものはロッカーではなく教室のゴミ箱の中に突っ込まれていた。

と書かれたノート類は無残にも破られていて、
俺は初めて、俺の知らないの姿に思いを馳せた。







 「なんや、見てしもうたんや…。」




俺が拾い上げたのノートを忍足は微妙な面持ちで俺の手の中から抜き取った。

それをの鞄に突っ込むと忍足は鞄を小脇に抱え、
さも不愉快そうに俺を睨んだ。



 「いつからだ?」

 「…さあな。」

 「とぼけるな。
  は…、あいつは今どこにいる?」

 「知ってても教える義理はないわ。」

 「なんだと?」


の鞄に手を出そうとすると、忍足はおっと、とすばやく後ろに飛びのいた。


 「は、もう跡部の彼女やないんやろ?」

 「そんな事、言った覚えはねぇ。」

 「そやろなぁ。」


この噛み合わない会話は何なんだ、とこっちが不愉快になる。

前々から忍足は何を考えてるのか掴み所のない奴だとは思っていたが、
それでも俺を裏切った事は今までにない。

だから俺は辛抱強く忍足の言葉を待った。


 「跡部にしては中途半端なことした、思うで。」

 「…。」

 「大体な、本命やないのに、第1とか第2なんて序列つけるからややこしくなったんやで?」

 「だから、あいつを1番にしようとしただろうが…。」


だがそれを望まなかったのはあいつの方だったじゃないか、と言おうとしたが、
忍足の冷ややかな目に俺の言葉は声にはならなかった。


 「自分、飾りでも1番目は慎重に選ばなあかんやろ。
  この間の第1彼女、えらい評判悪いんやで。」

 「…のことか?」

 「ま、やなくとも、
  2番目も3番目も仲ようしよると思うか、普通?」

 「…。」


そう言えば、は最初、俺の彼女になるのは面倒くさそうって言いやがった。

見てればわかる、とも。


 「なんでが5番目がよかったんか、知らんやろ?
  この教室以外で跡部に冷たくせなあかんかったのも、
  全部のせいや。
  それでもは結構5番目を楽しんでたんやで。
  跡部が会いに来たんならも文句言えへんしなぁ。
  それやのに、の前でを1番にする言うし、
  はお払い箱にされて、みんなの前で恥かかされたゆうて
  に逆恨みしよるし、…えらい迷惑や。
  俺かて、かばいきれん…。」


忍足はため息をつくと、それでも俺の前にの鞄を差し出してきた。


 「けど、蒔いた種は自分で刈らんとな。
  どうにかしてみせるんやろな?」

 「ああ。もちろんだ。」


俺は鞄を受け取ると忍足の胸に自分の拳を突き出した。


 「忍足、今後あいつをかばう必要はないからな。
  は、俺が守る。」

 「よう言うわ。」



忍足の面倒見のよさが俺にもう少しあれば
こんな面倒な事にはならなかったんだろうが、
あいにく俺にはそんな甲斐性はない。

けど、ただひとつのものを
誰よりも愛しく思うこの気持ちを
今は素直にあいつに伝えたいと本気で思ったんだ。












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2006.2.12.