最愛の第5彼女 3
俺がノックもせずに部室のドアを開けたものだから、
が狼狽するのも無理はなかったか、と俺自身、どうも余裕のない自分に
少々呆れてはいた。
だがそれは裏を返せば、それだけあいつの事が心配だった訳で、
こんな顔をさせてしまったのが自分である事に腹も立っていた。
「…大丈夫なのか?」
俺がの鞄を持って来たのを見ると、あいつは小さくため息をついた。
「跡部君には関係ないよ。」
「関係ないって言うな。」
部室のソファーで膝を抱えたままは首を横に振る。
「どうってことないし。
それにもう少し経てば、飽きるでしょ。」
「そういう問題か?」
「だってもう私は跡部君とは何でもないし、
跡部君が新しい彼女を選べば、私は解放されるし。」
「…悪かった。」
「謝んないでよ。
こういうの、わかってて5番目になったんだから…。」
が自嘲気味に薄く笑うのを俺は黙って見るしかなかった。
「そういう意味で謝ったんじゃねぇ。」
「だから、もういいって。」
「よくねぇ、って言ってんだろ。
俺が謝ってるのは、ああいう形でお前を彼女にしたことだ。
俺たちの関係が終わったっつうなら、あの形は終わりだ。
だがな、俺はお前とは終わりにはしたくねぇ…。」
「何言ってるの?」
「俺が本当に彼女にしたいのは、っていう女だけだ。
、俺はお前が好きだ。
お前だけに愛されたいんだ。
俺と、…つき合ってくれねーか?」
こんな言葉を俺が口にするなんて誰が思っただろうか?
だけど、今までこんな簡単な言葉が素直に言えなかったんだ。
の笑顔を独り占めできるなら
俺はどんな恥ずかしい言葉だってあいつだけには言ってやれる、
今は本当にそう思う。
「つき合うって…。」
「ちゃんとつき合うんだ!!」
の黒くてつぶらな瞳が俺を捉えて離さない。
そうだ、俺はこんな風にあいつの目を俺だけに釘付けにしたかったんだ。
「一緒に登校して、休み時間も一緒に過ごす。
昼休みも放課後も、空いてる時間は丸ごと全部、
休みはちょっと遠出でもして、
会いたい時はすぐに会うし、
会えない時は声だけでも聞く。
俺の全てがお前のために、
お前の全てが俺にあるように。
これからずっとだ。」
「跡部君…。」
「俺とつき合うとまた何かしら嫌な目に遭うかもしれねぇ。
俺はお前を守るとお前だけに誓う。
けど、それでも不愉快な思いをさせてしまうだろうな。
たとえそんな目に遭っても忍足やジローを頼るな。
俺だけを頼ってくれ。
それ以外は何も望まないから…。」
「…。」
今すぐにでもを抱きしめてしまいたかった。
けど、そんなやり方で一方的にの心を引き寄せたくはなかった。
あいつは、ちゃんと考えて、俺に向き合ってくれる。
そうでなきゃ、俺たちはちゃんとはつき合えない気がする。
「少し…考えさせて。」
はそう答えると、膝を抱え込む両の手に力を込めた。
俺は黙って部室を後にするしかなかった。
********
「んで、元気がないのは返事がまだっちゅうことか。」
「でも、今日しかないでしょ。」
「ん〜、そうだよね〜。」
イライラしている俺を見て楽しんでるあいつらと
まともに会話する気にはなれないが、
それでもはきっと今日、俺に会いに来る、そう確信してる。
なんたって今日はバレンタインデー。
俺は朝から言い寄ってくる女子どものチョコは一切受け取らないと
堅く心に決めていた。
見返りを期待せず、それでも俺に渡したいって奴は、
部室の前に置かれたダンボールに入れてくれと、
もう朝から何回も繰り返した。
俺が最後に出来る精一杯の誠意だ。
そんな俺の前にあのが現れた。
俺は憮然とした面持ちであいつの手の中のチョコを一瞥した。
そんなもん、俺が食うと本気で思ってるのか?
「跡部君、これ、受け取ってくれるでしょ?
ねえ、まだ誰も第1彼女にしないなら
私をまた跡部君の彼女にしてくれない?」
は媚びる様に唇を尖らせて上目遣いに言い寄ってくる。
「俺はもう1番目だの2番目だの作る気はねぇよ。」
「じゃあ、本気で私とつき合って!
私、跡部君の事が好きなの。」
「生憎だな。
たとえ天と地がひっくり返ったとしても
俺はお前とはつき合わねぇ。」
「なんで? 私たち、上手くいってたじゃない。
ねえ、どこが気に入らないの?
跡部君が望むようにするから。
だから、お願い…。」
「俺はただでさえ、お前がにした事を
責めずに黙っているんだ。
俺の望むようにするってんなら、
今すぐ俺の前から消えてくれ。
俺は俺の好きな奴以外とつき合う気はねぇんだよ。」
俺が冷たく突き放すように言うと、
は持っていたチョコを俺に投げつけてきた。
「あの子のせいね?」
怒りと嫉妬に顔を歪ませた彼女は見るに耐えない、
そう思った時、俺はの肩越しにあいつの姿を見て愕然となった。
なんで今、あいつがここに姿を現すんだ。
そんな俺の慌てた表情に気づいたのか、
が振り返る。
俺はとっさに叫んでいた。
「、来るんじゃねぇ!!!」
立ち尽くすにが駆け出した。
「何もかもあんたのせいよ。
5番目のくせに!
私が1番なのよ!
私の方が上なのに、なんで、なんで!」
わめき散らすはを教室の壁に乱暴に押し付けたかと思うと、
その両手での首に手をかけた。
俺が立ち上がると同時に傍らにいた忍足がを羽交い絞めにするのが見え、
俺はをしっかりと俺の腕に閉じ込めた。
「、そこまでや。
これ以上に手を出したら、
お前、もうこの学園には居られへんようになるで。」
忍足の脅しともとれるドスの利いた声が教室にこだました。
********
「大丈夫か?」
俺は隣の教室にを連れ出すと優しく抱き寄せた。
「…平気。」
「ウソつけ。
怖くて震えてるじゃねえか。」
「でも、跡部君がいるから、大丈夫。」
は躊躇いがちに俺の体から離れると大きく深呼吸をした。
「跡部君が守ってくれるんでしょう?」
可憐な花がその花弁をゆっくりと開くかのように
俺に向かってはにかみながら笑いかけるが
俺の心を掴んで離さない。
「一生離さないぜ。それでもいいのか?」
「一生…かぁ。
跡部君って本当に言う事がすごすぎるよ。」
「足りねーぐらいなんだよ。」
言ってる本人だって顔から火が出るほどこっぱずかしいんだよ。
全く、好きすぎてどうにもなんねぇな。
「跡部君が照れてる。」
「笑うな、お前のせいだろ!」
「うん、私のせいだ。
だから…そんな跡部君をずっと見ていたい。」
「なっ!?」
「私と付き合ってください。」
俺の胸に差し出された小さな箱は
どう見ても普通のチョコにしか見えなかったが、
俺には今までの中で一番嬉しい贈り物だった。
「一生だからな!」
しつこいと言われてももうこの嬉しさをどうにも止められない。
なんたって俺の最愛の彼女は…
、お前だけなんだから
The end
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☆あとがき☆
滑り込みセーフ?
もう精も根も果てました…。
しばらく更新できないくらいだ〜。(笑)
2007.2.14.