一番大事なこと








 「宍戸さん、本当ですか?」


引退したと言うのに勝手気ままに部室を占領している3年生に
強く言えない鳳でもこの件に関しては譲れぬ想いがあったようで、
今にも椅子から振り落とされかねない勢いにたじろぐ宍戸は
仕方なく雑誌から目を上げると眼鏡をはずした。


 「ああ、仕方ねーだろ。
  俺たちは引退しちまったんだから当てにすんなよ。」


最近眼鏡を掛けだした宍戸はまだ慣れないらしく
銀縁の眼鏡をたたむと胸ポケットに丁寧にしまった。

 「もちろん先輩たちを当てにしてた訳じゃないんですけど。」

 「なら、諦めるんだな。」

冷たい宍戸の言葉にそれでもまだ諦めきれない鳳は
その大きな背を丸めたまま部室の中を行ったり来たりとしていた。

 「でもほんの少しの時間でいいんですけど。
  午後の1時間位だけでも…。」

 「無理なんじゃない?
  跡部ご指名だしね〜。」

ソファに寝転がって月刊プロテニスを見ていた芥川でさえ
気のない返事をしてくる。

 「でも…。
  俺、やっぱり先輩に直に相談してみますよ。」

 「無理無理。実行委員だぜ?
  クラスの出し物だって出れないって言う位だからな、
  いくらテニス部だったと言ってもそんな暇、ないだろう?」

宍戸は両腕を真上に伸ばして大きく伸びをすると
椅子から立ち上がった。

 「長太郎、お前は知らねーだろうが
  これでも俺だって跡部に掛け合ってみたんだ。
  いくら実行委員だからってクラスの方にまるで顔を出さないなんて
  ひでーだろ? 最後の文化祭なんだぜ?」

 「うんうん、宍戸は頑張ったよね〜。」

 「準備は全部俺らがするから、当日だけでもって粘ったんだがよ。
  当日の方がもっと忙しいのに決まってんだろ、の一言だぜ?
  全く、を扱き使いやがって。」

珍しく語気の荒い宍戸に今度は鳳が面食らう。

 「跡部さ〜、今回はちょっと強引だったよね〜。
  あれさ、忍足のせいだよね、多分。」

月刊プロテニスに面白い記事がなかったのか
芥川はパタンと雑誌を閉じるとそのまま突っ伏した。

 「お、忍足先輩、何かやらかしたんですか?」

鳳は気もそぞろに眠り込みそうな芥川を揺すっていた。

宍戸は苦笑いを浮かべて話を続けてやった。

 「文化祭のミスコンにを推薦したんだとよ。
  まあ、ならミス氷帝は間違いねーだろーけど
  跡部がそれを知って偉く気分を害したんだ。」

 「先輩なら間違いなく選ばれるでしょうね。
  なんたってあれだけの美人ですし、
  頭もいいし優しいし、俺だって間違いなく先輩を推しますよ!」

やや興奮気味になってきた鳳を胡散臭げに見遣ると
宍戸はやれやれとため息をついた。

 「お前、何、脳天気な事言ってるんだよ?」

 「何でですか、宍戸先輩?」

 「ミスコンに選ばれちまったらそれこそ
  文化祭の間中、は間違いなく氷帝のアイドルだぜ?」

 「そりゃあそうですよ。
  俺、ファン1号にしてもらえるでしょうか?」

見当違いな鳳の返答に宍戸は可愛い後輩と思えど
呆れて口を利く気にもなれない気分で頭をかきむしった。

 「ああ、ああ、ファン1号でいいんならなりゃいいだろ?
  なれるもんならな。
  考えても見ろ、今まで以上にのファンが増えて
  それこそあっちこっち引っ張りだこになるんだぜ?
  学年の違うお前なんか金輪際、直に口を利くこともできなくなるんじゃねーか?」

 「え、ええっ!?」

 「ほんとだよねー。
  俺と宍戸は同じクラスだからまだ顔くらい見れるけどさ。」

 「じょ、冗談は止めてくださいよ、芥川先輩?」

 「冗談ですむかよ?
  危機感は跡部も同じ気持ちだったんだろうよ?
  実行委員になればミスコン出場の資格はないんだからよ。」

 「そ、そうなんですか?」

 「うん、跡部って頭いいよねー。
  でもはどっちにしても忙しいのは変わんないねー。」

目をつぶったままの芥川は他人事のように言うと
もうそれ以上は寝息が聞こえてくるだけだった。






        ********





旧校舎から新校舎への渡り廊下を歩きながら
は紙袋からクリームパンを取り出すと
周りに人がいないのをいいことにかぶりついた。

今日も今日とて昼休憩に食堂に行く暇もなかった。

渡り廊下の窓から着々と出来上がりつつある
いろんな部活のたて看板に思わず足を止める。

真上から見る絵は迫力があって
でも些細や場所に塗り違えなどがあって
なかなか面白いものだと覗き込む。

知った顔がいれば指摘してやろうと思っていたのに
それらしい友人は見当たらなかった。


 「何やってんねん?」

不意に声をかけられてクリームパンにかじりついたまま
無防備に振り返ってしまったら
長身のインテリ君にはそれがツボにはまった顔だったらしく
遠慮なく笑われてしまった。

 「そんなにおかしい?」

 「いやいや、美人さんは何やってても可愛ええけどな、
  クリームついたまんまやで?」

伸ばしかけてきた忍足の指先に
慌てては、自分の中指でクリームの付いたところを探すように
口元の周りを辿ってみせた。

その様子に忍足は思わず目を細めて笑った。

 「たいした食欲やな。
  まだおやつには早いんやないか?」

 「酷いな、これ、今日の昼分なんだけど?」

は動じることなく忍足の前でも平然と大口を開ける。

 「大変やな、実行委員は?」

 「ああ、うん、まあでも後ちょっとだし。」

 「どっかゆっくり座って食べれんの?」

 「平気平気。
  あと10分位したらまたちょっと打ち合わせ会があるし。」

 「そうなん?
  なあ、しんどかったら俺にいつでも言うてーや?
  俺らのクラス、あんまたいした事せーへんから俺暇やし。
  そうや、俺んちのマンションの近くにおいしいパン屋があるんやけど
  なんなら明日は俺がサンドイッチでも差し入れしたろか?
  の好きなもん、用意しておくけど・・・。」

 「そうか、俺には生ハムとカマンベールチーズ入りを頼むぜ。」


いつの間にか忍足の背後で腕を組んでる跡部にはプッと噴出した。

忍足は眉間に皺を寄せると軽く跡部を睨んだ。

 「俺は跡部には聞いてへん。」

 「ああ、そうかよ。
  俺もてめーに用はない。
  、業者の立会いは先方の都合で明日になった。
  今日は先に体育館の照明の打ち合わせをやってしまうぞ。」

 「あっ、そうなの?」

 「なんや、跡部。
  は昼も食べてへんのやで?
  ようそないむごい事言うなぁ?」


を庇うように跡部に抗議するも
跡部は忍足の鼻先で返事をするのも面倒臭そうな顔をした。

 「ただでさえ備品が揃わなくて時間が足りねーんだよ。
  の邪魔をするんならチームメートでも容赦しないぜ?」

 「無茶苦茶言うなあ。
  あんなあ、俺がいつの邪魔をしてるっちゅうねん?
  どっちかって言うたら、跡部がを働かせすぎてるから
  俺は心配してんねん。
  それになあ、こんなん跡部んところで仕切ればものの数日で終わってまうんやないか?
  なんでいちいち業者探しからせなあかんねん?
  クラスの連中もブーブー文句言ってたで?」

 「決定事項に後から文句ばかり言うな。
  大体、お前の所の出展リストが一番遅かったんだぞ?
  実行委員の足を引っ張ってるくせにいっちょ前に文句ばかり垂れやがる。
  忍足こそもう少し自分のクラスを手伝ったらどうなんだ?」

 「ちょ、ちょっと二人とも!
  こんな所でもめないでよ?」

ここの所顔を合わせば跡部と忍足はどちらも不機嫌そうに突っかかっている。

元々趣味も考え方も違う二人ではあったけど
違うからこそいい意味でそれぞれがそれぞれなりに
お互いを認め合う理解者だったように思っていたのに、
この文化祭の準備が始まるやどうも気の合わない二人。


 「跡部、体育館に行くんでしょ?」

 「ああ、時間が勿体ねぇ。、行くぞ。」

 「あっ、うん。」

跡部が先に歩き出すとは忍足に困ったように笑った。

 「忍足、ごめんね?」

 「は何も悪い事ないやん?」

 「うん、でもほら、跡部があんな風だから。
  だけど、私、実行委員になって良かったって思ってる。
  今回の文化祭は自分たちでやってるって言う感じだし。
  やりがいがあるって言うか、傍から見るほど大変なんかじゃないからね?
  それに、跡部もああ見えて責任感強いから中途半端は嫌なんだよ。 
  だからついつい頑張っちゃうんだと思う・・・。」

 「それはわかっとるつもりなんやけどね? 
  実行委員ゆうても何やばっかり跡部が頼ってるやん?
  それがいけ好かないんや。
  ま、俺もついつい口を出したくなる性格やしね。」

 「うん、忍足、ありがとね。
  でも大丈夫。跡部の扱いは慣れてるつもりだから。
  そうだ、差し入れはいつでも歓迎だからね?」

手を振ってから跡部の後を追うを忍足はため息混じりに見送った。

跡部に代わってごめんという

その言葉は無意識に出た言葉なのだろうけど
忍足は聞きたくない言葉だと思った。

 「何で自分が謝るん?」

忍足は窓から筋雲の浮かぶ空を見上げた。








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