一番大事なこと  2









 「跡部、はい。」


跡部に追いつくとは袋の中からメロンパンを取り出した。

 「何だ?」

 「跡部にあげる。
  跡部だってお昼食べてないでしょ?
  お腹すいてるとイライラしちゃうんだよ?」

 「あぁ? お前と一緒にするな。」

そう言いながらも跡部は昇降口のそばの自販機に寄ると缶コーヒーを2本買った。

 「何?」

 「おごってやる。」

 「いいの?」

 「俺が人使いが荒いように思われてるみてーだからな。」


二人は体育館脇の外階段に腰を下ろすと
パンにかじりつきながらコーヒーを啜った。

風が心地よかった。



 「みんな、頑張ってるね。」

 「当たり前だろ?
  頑張ってくれなきゃこっちが困る。」

 「うん、そうだね。」

クリームパンを食べ終わったは跡部の横顔を見上げる。

整った顔立ちに不恰好なメロンパンは不釣合いだった。

こんな庶民的なものを頬張ってる跡部なんて
誰も見た事がないんじゃないかと思えて笑みが零れる。

 「・・・何だよ?」

 「ううん。
  ただ、跡部がメロンパン食べてるのが不思議だなあって。」

 「お前が食えって言ったんだろ?」


ぶっきら棒に呟く跡部はその視線を、向こうに見える立て看板に逸らした。

も自然に跡部の視線を辿る。

 「最後の文化祭だと思うと感慨深いね?」

 「そうか?」

 「そうだよ?
  今までいつもテニス部優先だったし。
  クラスの方を手伝えないのは残念だけど
  実行委員としていろんな学年の子と仲良くなれたし
  裏方の仕事も面白いし。
  あー、でもあれはちょっと出たかったかな?」

が膝小僧の上で頬杖をつくと
今まさに目の前を通るミスコンのたて看板を見つめて笑った。

 「あれは忍足のバカがふざけて推薦したんだろ?」

 「うん、でもそういうの、もう一生縁がないと思うし。
  馬鹿げた事やるのも今のうちだし。
  ミス氷帝なんて、卒業してもネタ的においしいでしょ?」


半分冗談で言ったつもりだったのに、
跡部の放つオーラが明らかに怒りモードに入ったのが分かった。

ピリピリとするこの空気、後輩たちが一番苦手としていた雰囲気。

その感情を押し殺そうとする彼に、でも周りの人間はいち早く察知して、
決して意味のない八つ当たりなど跡部はしない事はわかっていても
その不機嫌さを自分で消化するまでの間誰もが萎縮してしまう。

 「あんなもんに出たかったって言うのかよ?」

跡部は吐き捨てるように言うと
の横顔を睨んでいる気配がしたけど
は気づかない振りをして、真っ直ぐ前を向いたまま言葉を続けた。

 「忍足がね、出れば優勝間違いなしだって言ってた。
  そうなのかなあってあんまり実感なかったんだけど、
  昨日隣のクラスのさんがわざわざ私に言って来たの。
  今年のミス氷帝は、優勝すると後夜祭のダンパのパートナー、
  選ぶ事ができるんだって。
  さん、跡部と踊るって言ってたよ?」

 「・・・。」

 「凄い自信だなって思った。
  さん、きっと跡部の事、好きなんだね?
  最後の文化祭だから、最後くらい好きな人と踊りたいよね?
  どうする? 跡部?」

淡々と、でも茶化すように言ってみたら
頬杖をついていた手首を突然掴まれ、無理やり跡部の方に向き直された。

今は怒っていると言うより、どちらかというと困惑している表情だった。

切れ長の瞳が探るようにを貫いてくる。


 「お前は・・・どうなんだよ?」


平静を保つのも限界がある。

掴まれている手首から脈拍が異常に速くなってるってわかりそうなものなのに、
こういう時にはお得意のインサイトも使いものにならないらしい。

まあ、自分の気持ちが駄々漏れ状態だったら
跡部にこんな風に聞かれる事はないだろうけど。

選手とマネージャーという関係が長くて
家族の次に近しいポジションは居心地が良くて、
今はまた実行委員として同じ目標に向かって動いているから
なんとなくまだ居心地のいい関係が続いている。

テニス部を引退して毎日が退屈で
跡部と一緒にいる時間が永遠に続くかもなんて思っていたのに、
実行委員をしなければ秋の季節も平凡に過ぎて行ってしまう所だった。

冬が来て、あっという間に卒業して
きっと大学に入ったら何もかもなかったかのように
すまし顔でお互い通り過ぎてしまうかもしれない、
そう思う事が当たり前の未来のように思える。

それが少しだけ寂しいと思った。

だから実行委員になれと強制的に跡部に言われた時、
正直な気持ち、嬉しかった。

ただ、それを少しだけ嬉しく思っていた自分が同時に可哀想に思えた。

気づいてもらえない自分の気持ち。

打ち明ける勇気のない気持ち。

ただ一緒にいたいと思う気持ちがやがて叶わぬ時期が来るなら
せめて今だけは跡部の隣にずっといたいと思う。

自分にとってそれが一番大事なこと。



 「私?
  そうだね、私だって最後のチャンスなら好きな人と踊りたいな。
  跡部は?
  さんが誘って来たら踊るの?」

 「実行委員は参加できねーだろ?」

 「えっ?」

 「お前も実行委員だろ?」

 「そ、そうだったね。」


合わさった視線がもどかしい。

大きなため息が出そうだったけどはそれを飲み込む。

そんな理由なんだ。

さんと踊る所を見なくていいのは良かったけど、
もしが誘っても同じ理由で断るんだろうな、と思うと
淡い期待は無に等しい。

いつの間にか掴まれていた手は離れ、跡部は元通り前を向いていた。


 「全く何のための実行委員だよ?
  一番忙しい時に持ち場を離れる訳にはいかねーだろ。
  よし、休憩は終わりだ。
  行くぞ。」

いつも通りの跡部に促されて、慌ててゴミやら空き缶やらを持つと
すでに跡部はに背を向けてさっさと体育館の方へ歩き出している。

はゴミ箱にそれらを捨てると跡部の横に並ぶべく
小走りで後を追った。







        ********






 「先輩!」

体育館に入った所で2年の鳳に出会った。

 「ああ、鳳君。
  テニス部のお店、凄かったね?」

 「ええ、おかげさまで。
  でも、先輩が来られなくて俺、すごく残念でした。」

 「うん、ごめんね。」


今日はこれで何度目だろう?

クラスメイトやチームメイトに会うたびはすまなさそうに手を振った。

実行委員としての大役もなんとかこなす事ができて、
跡部と一緒に各クラスの店を巡回する事はできたものの
結局店番として手伝う時間は取れなかった。

けれどどの店も盛況でその達成感に盛り上がっているクラスメイトたちの
笑顔を見るだけでも嬉しくなる。

無事に後夜祭を迎え、ダンスホールと化した体育館は
甘いムードに包まれていた。

控えめな照明に二人の影が細長く足元で揺らぐ。


 「先輩、抜けられそうだったら俺と踊りませんか?」

 「えっ? 鳳君、パートナー見つからなかったの?」

 「あはは、そうはっきり言われちゃうと形無しですけど。
  見つからなかったんじゃなくて見つけようとしなかったんです。
  俺、先輩と踊るのが去年からの夢だったので。
  先輩、もう卒業しちゃうし、せめていい思い出になればって。
  いけませんか?」

恥ずかしそうに微笑む後輩の顔は
それでも勇気を搾り出して晴れ晴れとしている。

そういう彼の愚直なまでの素直さを羨ましいと思う。

若いっていいなあ、なんてたいして年も違わないくせに
そんな風に思ってしまう。

は小さくため息をつくとごめんねとまた呟いた。

 「後夜祭は最後の見せ所なの。
  音響と照明のブースに待機って言われてるから。」

 「でも最後の1曲くらいお願いしてもダメですか?」


忍足にも同じような事を言われたのを思い出した。

最後の1曲。

最後の1曲ならはその相手は跡部を選びたかった。

もちろんそんな事本人には言えないけど。

 「・・・ごめんね。」

 「はあ、やっぱりダメですか。
  そんなに跡部先輩が怖いですか?」

鳳はがっかりした表情のまま聞いてきた。

 「えっ? 怖いとかそういうんじゃなくて。
  跡部も踊らないのに私が踊るのも悪いかなって。」

 「跡部先輩も変な所で頑固ですよね?
  跡部先輩と踊りたい女の子なんていくらでもいるのに。」

 「でもね、跡部にしてみればキリがないから。
  だから実行委員長になったんだと思うよ?」

それは本当の事だと思う。

誰もが憧れて止まない跡部と踊れる機会なんて
一生に一度あるかないかだ。

ああ、でも、もうない訳だ。

そんな気持ちが顔に出てしまったのだろうか、
鳳は含み笑いしながらの耳元に顔を寄せてきた。

 「本当は先輩も跡部先輩と踊りたかったんですか?」

は驚いて口元を手で隠した。

唐突な鳳の言葉に多分顔が真っ赤になってしまったと気づいた時は遅かった。

だけど次の瞬間はもっと心臓が飛び出すんじゃないかと思うほど
驚かされた。


後ろから肩を掴まれ鳳の元から引き剥がされるように引っ張られ、
斜め後方を見上げれば跡部がそばにいた。

 「鳳、お前も諦めが悪いな。」

不機嫌そうな跡部にいつもだったら萎縮してしまう後輩君は
なぜかおもちゃを取られてがっかりしたような表情を浮かべるも
その口元は笑っていた。

 「先輩も人が悪いなあ。」

 「何言ってやがる。
  この忙しい時に実行委員にちょっかい出すなと
  あれ程言っておいただろうが?」

 「そんなに先輩を束縛したいんでしたら
  もっと他の役名をつければいいと思いますけど?」

 「うるせー!」


大きな声で吐き捨てるように叫ぶ跡部は珍しい。

相手をやり込ませる事はあっても
こんな風に捨て台詞を残して逃げるようにその場を立ち去るなんて
跡部らしくないとは思った。

思ったついでになんで自分が跡部に肩を抱かれるようにして
一緒に歩かされてるのかも分からなかった。

イライラしてる跡部が舌打ちをした。


 「どいつもこいつも全くうぜぇ!
  ごちゃごちゃ抜かしやがって・・・。」

 「あ、跡部?」

 「俺たちは実行委員なんだよ!
  特別なんだ、わかるか?
  大体お前も自覚がなさ過ぎなんだよ。」

 「えっ、な、何が?」

跡部に触れている部分が緊張を増幅させているから
跡部の言っている意味を考える暇がなかった。

 「こんな後夜祭なんてどうってことねーだろ?
  お前は誰かに誘われたら誰とでも踊るのかよ?
  そんなにダンスがしたいのかよ?」

 「ち、違う・・・。」

 「よく言うぜ。
  鳳の奴に誘われてバカみたいに赤くなってたじゃねーか。」

 「べ、別に鳳君と踊るなんて言ってないし。」

 「忍足にも宍戸にも誘われてただろ?」

 「だから、実行委員だからって断ったよ?
  何でそんなに怒られなきゃいけないの?
  跡部が踊らないんだから私だって踊らない。
  だけど、実行委員が特別だなんて思えない。
  実行委員なんて、実行委員なんて、今日で終わりじゃない!」

ほとばしる言葉と共に涙が込み上げてきた。

泣く顔なんて跡部に見せたくない、
そう思った瞬間体育館の照明が暗くなった。

静かな曲がゆっくりと体育館に溢れ
同時に場内アナウンスが後夜祭の開催を宣言していた。


 「お前、ほんとにわかってねーな。」

跡部はそう言うとをぎゅっと抱きしめてきた。

背中に回された手はをしっかりと包み込み
の肩に顔を埋める跡部の暖かな息が首元にかかる。


 「クラスの違う俺が、お前と文化祭ずっと一緒に過ごすには
  実行委員になるしかねーだろうが?
  あいつらときたら、俺の知らない所でなんとかお前を俺から離そうとするしな。
  お前はお前ですぐあいつらの頼みを聞こうとするし。
  気の休まる時がねーんだよ。」

初めて聞く跡部の気持ちにただただ驚いていた。

 「だったら言ってくれればいいのに。」

 「が誰かの事を好きでいるなんて考えたくなかった。
  聞いてがっかりするような言葉が返ってきたら
  どうしていいかわからなかった。
  実行委員でいる間はは俺のものだったからな。」

 「うそ?」

 「嘘じゃねー。」

 「じゃあ、明日からはどうするの?」

 「お前次第だな。」

跡部の顔が肩から離れ、の顔をじっと覗き込むように近付いた。

こぼれていく涙を手の甲で拭おうとしたらその手を掴まれ、
跡部の唇がの涙の跡を拭った。

そしてそのまま唇が重なった。

触れ合うだけのキスは離れてしまってからの方が熱かった。


 「、お前好きな奴と踊りたかったんだろ?
  このままセンターで俺と踊るか?」

静かな口調で言われるとますます恥ずかしさが込み上げてくる。

おまけに胸がドキドキしてとてもじゃないけど
ダンスを楽しむなんてできそうになかった。

 「い、いい。
  今日は、まだ・・・じ、実行委員だから・・・。」

口ごもると跡部が笑った。
  
 「そうだな、まだ仕事が残ってるしな。
  見せ付けるのはそれからでも遅くはねーだろう。
  つうか、このセンスのない照明を何とかしねーとな。」

照明ブースに芥川の姿が見えた。

跡部はの手を握るとわざとセンターホールを突っ切った。

会場のカップルたちが振り返るのが分かる。

そして後夜祭が終わったら鳳の言った通り
跡部との関係に新たな役職名が付けられる事になりそうだった。








End


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☆あとがき☆
 キリ番22222のうささんのリクエスト。
跡部の大好きなうささんの願いは叶ったでしょうか?
逆ハーは私も大好きな設定なのですが
書くとなると想像以上に大変な事に気づきました。(笑)
それも跡部の誕生日に絡んでないし?
ほんと申し訳ないです。
多分、跡部の誕生会でダンスを申し込まれる事になるだろうな、
そんな風に続きを妄想してくださいませ!(苦笑)

でも、いつも応援してくださっているうささんの
リクにお応えできたっていう、そこの部分だけ
温かい目で受け止めていただければ幸いです。
ありがとうございました!     管理人 キノ 
2008.10.8.